第六章

183話 戦士は偽物と出会う


 奇妙な石像の並ぶ丘を越え、苔の生えたドラゴンの骨を超え、さらに森の中に沈む遺跡群を超えて俺達は先へと進み続けた。


 進むほどに魔物の強さは上がり、異大陸固有の魔物もよく見かけた。


 何度か人とすれ違い言葉も交わす。


 彼らの話はとても面白く、強く俺達の興味を引いた。


 古より存在するドラゴンの王がいるとか。

 精霊王は四人いるが、内一人は行方知れずだとか。

 古の魔王には常にノーパンの美女がいるとか。

 十二人の勇者がいる大国があるとか。

 各地を転々とする泣く悪霊がいるとか。

 地下深くに古代の知識を収めた巨大図書館が眠っているとか。

 魔王も恐れる金遣いの荒い聖女がいるとか。

 海底には今も手つかずの遺跡が山のようにあるとか。


 世界は広い。


 ロマンに溢れている。




「――あれが次の街か」


 朽ちた現代ゴーレムの上から先を眺める。

 荒野の遙か先には、大きな街があった。


 よっと。


 飛び降りて着地。


「お水です、どうぞ」

「サンキュウ」


 カエデから水筒を受け取り喉を潤す。

 この辺りは乾燥していて異様なほどに暑い。


 真上から降り注ぐ日光も針のようだ。


「あづ~い゛~」

「ぎゅ~」


 フラウとパン太はぐでっとして、今にも溶けてしまいそうだ。


 日よけとしてフード付きマントを羽織っているから、まだマシだが、それでも暑いことに変わりはない。

 俺もこの暑さには参っている。


「カエデ~、涼しくして~」

「仕方ありませんね」


 カエデの魔法でフラウ達を冷やす。


「あ゛ぁぁ、生き返るぅう」

「だらけてないで行くぞ」

「主様はよく平気よね。カエデも。実は二人だけ遺物で涼んでいるんじゃないの」

「じゃあマントの中に入ってみるか?」

「やた!」

「きゅう!」


 隙間を空けてやると、フラウとパン太が喜んで飛び込む。


「あつ゛ぅう!」

「きゅぅう!」


 が、すぐに泣きそうな表情で飛び出した。


 そんな快適な物、俺達にはないんだよ。

 俺もカエデも暑さを我慢しているだけだ。


 さ、行くぞ。


「置いてかないで~、動けないの~」

「きゅう~」


 俺とカエデはすたすた先を進む。


「とけるぅう」

「きゅ~」


 ……世話の焼ける奴らだ。


 戻ってフラウを拾う。

 パン太は刻印に戻した。



 ◇



「ま~ち~!」


 元気と取り戻したフラウが、叫びながら飛んで行く。


 ここはノックスフッド領ビープスと呼ばれる辺境の街だ。

 古の魔王ベルティナが支配する地域である。


 いかにも強そうな名前だ。


 きっと厳つい大男に違いない。


 街は思ったよりも整っていて、荒野のど真ん中にあるとは思えないほど。

 至る所に水路があって、地下水なのか綺麗な水が流れていた。


 暮らしている住人は主にビースト族だ。


 他にもドワーフやリザードマンを見かける。


 意外にも魔族はほとんど見なかった。


「うげ、トカゲの丸焼きとか売ってるじゃない」

「美味そうだよな」

「ご主人様!?」


 屋台のおっさんに声をかけ、トカゲの丸焼きを一つもらう。


 ちゃんと処理しているみたいだ。

 肉もきちんと火を通しているみたいだし。


 一口囓ってみる。


 うん、いける。

 ほどよく脂がのってて美味だ。


「どうだ?」

「い、いただきます」


 受け取ったカエデも一口。


「美味しい!」


 だろ。

 意外に美味いんだよ。


 フラウは「おえっ」と拒絶反応を示す。


 お前には絶対にやらないからな!





「生き返るぅうううう!」

「きゅう!」


 冷たい飲み物を飲んだフラウが満面の笑みとなる。


 適当なカフェに入ったのだが、当たりだったようだ。

 テラス席も良い眺めで、冷たいコーヒーも仄かに甘く実に美味い。


 なにより屋根があるのがいい。


「ふぅ、汗と砂埃でべとべとです」


 ――!??


 カエデが胸元を濡れタオルで拭いている。


 盛り上がった二つの丘と深い谷間。

 滴る汗は谷間へと流れる。


 おおお、これは。


 くっ、止めるんだトール。

 見てはいけない。


 久々に現れる欲望のドラゴン、理性の俺は歴戦の戦士として鼻の下を指で擦る。


『久しぶりだな、本能』

『今度こそ勝つ。負けぬぞ理性よ』

『馬鹿野郎。お前に出番なんてねぇょ』

『木っ端がほざきよるわ』


 戦いが開始される。


 本能と理性の激闘、理性の腕が折れるが、本能も片目を斬られる。

 長い長い戦い。どちらが勝ってもおかしくない状況。


 最後の最後に勝利を収めたのは、理性だった。


『まだまだてめぇには譲らねぇよ!』

『くそぉ……おっぱい……』


 カエデがハッとする。


 それから顔を赤くして腕で隠してしまった。


「あの、できれば見ないでください……恥ずかしいので……」

「悪い!」


 慌てて顔を逸らす。


 脳裏で本能のドラゴンが『今回はこれで満足してやろう』といい笑顔だった。


「で、ここからどうするの?」

「とりあえず数日滞在して発つつもりだ」


 この街での主な目的は情報収集。

 偽の漫遊旅団について探る。


 それと観光&補給だな。


 この先も荒野が続く、食料と水を大量に確保しておきたいところだ。



 ◇



 紙袋を抱えて市場を回る。

 先を歩くカエデは尻尾を揺らしながらご機嫌だ。


「ご主人様、このお野菜初めて見ます」

「面白い形をしてるな」


 彼女は店主のおばさんに調理方法を聞き、数個手に取って購入する。


 俺の持つ紙袋がまた膨れる。


「やはり私に持たせてください。ご主人様にそのようなことをさせては、奴隷として申し訳ないです」

「いいって。これくらい」

「しかし」

「俺には食材の目利きとかできないし、なによりカエデの買い物を楽しむ姿を見ていたいんだよ」


 そう言うと、カエデは「ごしゅじんしゃま……」と涙目になる。


 それくらいで泣くなよ。

 いつでもどこでも俺の奴隷は可愛いな。


「はぁぁ、漫遊旅団!? あんた達が!??」


 この声は、フラウか?


 騒ぎは市場の先で起きているようだ。

 俺とカエデは急いで向かうことに。


 通りのど真ん中で、フラウと数人の男女がにらみ合っていた。


「あんた達が漫遊旅団なんて冗談でしょ!?」

「なんだこのフェアリー、いちゃもんつける気か!」

「つけるわよ! 本物なんだから!」

「お前が本物? ぶふぅ! それこそ冗談だろ!」


 無精髭を生やした男とフラウが「あーん?」とメンチを切る。


 フラウには情報収集を任せていたのだが。


「きゅう!」

「あ、パン太さん」


 ようやく見つけたとばかりに、パン太が俺とカエデの方へ飛んできた。


 カエデの前で説明らしき鳴き声をあげるが、さっぱり理解できない。


 まぁ、だいたいの事情は見れば分かるが。


「あんた名前は何よ」

「俺はトールだ。漫遊旅団のトール」

「ぶふぅうう! そのツラとナリで主様のフリ? じゃあカエデとフラウはどこよ。ちゃんといるんでしょ」

「はぁ? 誰だそれ。漫遊旅団って言えばトールだろ。あとは知らん」

「あんたよくそれで漫遊を名乗れるわね」


 だんだんと男とフラウだけの喧嘩になる。

 言い合いはヒートアップし、周囲の人々は足を止めて見物していた。


 そろそろ止めないと不味いかもな。


 彼が死んでしまう。


「はいはい分かりました。じゃあどっちが本物か勝負しましょ」

「その喧嘩、乗ってやるよ生意気フェアリー」


 フラウがハンマーを抜き、男が剣を抜く。


 戦いが始まるその刹那、俺は素早く二人の間に割って入った。


「カエデも止めてくれたのか」

「ご主人様ならこうすると思いましたので」


 俺はフラウのハンマーを手で受け止め、カエデは男の剣を鉄扇で受け止めていた。


「ひぃ、主様!?」

「な、なんだお前ら!?」


 青ざめた顔でガクガク震えるフラウ。


 言わなくても分かるよな?


 ニコッ。

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