182話 元勇者の底辺冒険記その7
激辛料理を食べた翌日。
ジグより新しい依頼が伝えられる。
「……霧に包まれた街?」
「ああ、次の仕事はそこで行う」
街を含めたその一帯では、数日前より濃霧が発生しており、住人とは音信不通の状態だそうだ。加えて様子を見に行った者も誰一人として戻らず、国は勇者ジグに原因究明とその解決を求めた。
「十中八九ミストメイカーだ」
「だね☆」
「……そのミストメイカーとは?」
「知らないのか? まぁ珍しい魔物だから仕方ないのかもな。水場に生息する軟体の魔物で、身体から濃霧を発生させて人や魔物を操るんだ」
それは厄介極まりない。
似たようなのは向こうでも見たことはあるが、霧を発生させるのは初めてだ。
「……操られている住人と遭遇した際は?」
「必要なら皆殺しにしてもいいと命令を受けている。どうせ非公認のヒューマンの街。何人死のうが被害者ゼロだ」
なるほど、それはいい。
この国の人間がどうなろうが興味はない。
殺したところで痛む心もない。
蟻を踏み潰すのと同じだ。
「それから霧には眠りの魔法が付与されている。魔力抵抗が強ければさして問題にならないが、弱いと数分で眠りに落ちて操られることになる」
ジグは僕へ小さな物を投げ渡した。
それはどこにでもありそうなブローチ。
「……これは?」
「眠り避けのブローチだ。身につけていれば目が冴える」
これを使って防げと。
ありがたく使わせてもらうとしよう。
レベル上昇で魔力の総量も増えているが、ここは魔物のレベルも高い。その眠りの魔法に僕がかからない保証はない。
「前もって言っておくが、この依頼の目的はレベル上げだ。そろそろ本格的に邪竜討伐の準備を行わなくてはならないからな。レベルの高そうなヒューマンがいたら、逃さず経験値にしろ」
ジグの問いかけに、セルティーナも僕も黙って頷く。
◇
森へ入るほどに霧が濃くなる。
昼間だというのにすでに道の先が見えない状態だった。
馬の乗って先を行くジグは、苛立ったように何度も舌打ちする。
「だからこの魔物の討伐は嫌いなんだ。濃霧で何もかも真っ白だ」
「……落ち着け、ジグ」
「はっ、この僕に説教するつもりか。だったらどうにかしろよ。今すぐこの霧を消して見せろよ。もしできたら倍の報酬を支払ってやるよ」
「ジグ」
「ふん」
視界の効かない状況でかなり苛立っているようだ。
まだまだ青臭いガキだな。
魔物の討伐で都合の良い環境なんてそうはない。
多くの場合、相手の得意とする場へ赴くのだから、不利なのは考えるまでもないこと。
彼にはトールを見習ってもらいたいよ。
あの馬鹿は、どんなときだって呑気に構えていたからね。
そう、ああいう強さは僕にも必要だ。
「エイドって大人だね☆ いっつも冷静☆」
「……君達より経験が豊富なだけだ」
「もしかしてエイドって、おじさん?」
「そこまで歳はとっていないが、君達よりは上で――!?」
突然、乗っていた馬が速度を緩める。
ほどなくして地面に座り込んで寝てしまった。
「ここからは歩きだ。行くぞ」
「シルクビアで飛んでいこうよ☆」
「上から見つけられるのならそうしてる。道を辿らないと街に入ることすら困難なんだ」
「……ジグの言う通りだ」
濃霧は広範囲に広がっている。
すでに上空からでは街を見つけられない状態だ。
おまけにこの魔物、方向感覚を鈍らせる魔法まで同時に使用している。
迷子になりたくなければ、大人しく道を進むしかない。
「ジグ、一緒に歩こ☆」
「ウザい。魔法使いらしく後ろでいろ」
「エイド~、ジグが冷たい~☆」
「……そうだな」
絡んでくるセルティーナが面倒なので、適当に返事をした。
◇
二時間ほど歩くと、濃霧の中に街の入り口が出現する。
だが、衛兵の姿はなく、門は閉じられることなく開け放たれたままだった。
明らかに不自然だ。
門を越えて街の中へ入っても、人気はなく静まりかえっている。
「気味が悪い☆ いっそのこと全部吹き飛ばしちゃおうよ☆」
「おい、痕跡を増やせば誤魔化せなくなるだろ。あくまでもヒューマン殺しは魔物の犯行だ。心優しい僕らは助けに来たが間に合わなかった、ちゃんと覚えておけ」
――!?
発動している鑑定に反応があった。
「……敵のようだ」
「セルティーナ、エイド、片付けるぞ」
「オケオケッ☆」
わらわらゾンビのように集まる街の住人。
そのどれもが睡眠状態で操られていた。
僕とジグで前方の敵を片付けている間に、後方からも集まり逃げ道を塞がれる。
だが、雑魚なので包囲されても問題はない。
あるとすれば長時間を覚悟しなければならない点か。
住人の数は想定よりも多い。
家畜や魔物も混じっていて、三人で相手するには少々骨が折れる数だ。
「邪魔だ! 汚い手で僕の足に触れるな!」
群がる住人をジグが蹴る。
すかさず首を切り飛ばして血を浴びた。
ここまでのストレスをぶつけているのか。
僕はほどほどに立ち回り、二人の動きを阻害しないように敵を片付けていた。
「フィニッシュバースト☆ キラッ☆」
一際大きな爆発が起きる。
セルティーナの魔法は相変わらず遠慮がない。
発生した爆風によって、家が吹き飛び、住人も吹き飛ばされる。
「ぜんぜん減らないじゃん☆」
「……そろそろ大本を叩いた方が良さそうだ」
「ミストメイカーって水棲の魔物だよね☆ ここに来るまでに水場なんてあった?」
「……記憶にないな」
水場……水場……水場。
井戸に潜んでいるとは考えにくい。
近くに池か湖があると考えるのが妥当か。
数が多いな。大本を叩くにしても、動きがとりづらい。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!」
ジグはヒューマン殺しに夢中で、指示を出せるような状態ではない。
「これ、どうすんの? きりがないけど☆」
「……ジグに聞け。こっちはただの雇われの身だ」
「エイドって愛想がないわよねぇ☆ 輝きがないし、キラッ」
「…………」
余計なお世話だ。
セルティーナが魔法を行使し、敵を吹き飛ばす。
僕は彼女に背後を任せ、ジグの様子を窺いながら剣を振るい続けていた。
雑魚も集まれば強敵。
少し侮り過ぎたかな。
住人の壁は厚く、すでに逃げられる道もない。
予想よりもこの魔物は知恵が回るようだ。
そろそろ後退も視野に入れるべきか。
「誰だ貴様、邪魔をするなっ!」
「聞け。ここの住人はただ操られているだけだ。排除すべきは状況を作り出した原因だ」
声が聞こえ、ジグの方へ目を向ける。
――ええっ!??
ジグの剣を止めるトールの姿が。
僕は恐怖に腕が震えた。
奥歯がカタカタ鳴る。
どうしてトールが!?
あり得ない!
異大陸だぞ!?
幻覚か?
いや、現実だ。
本物のトールだ。
ひぃいいいいい。
おまけにあの狐部族の奴隷とフェアリーの奴隷までいるじゃないか。
ひぃいいいいいいいいいいいっ。
そ、そうだ、顔を隠しているじゃないか。
大丈夫だ。バレやしない。
焦る必要はない。
知らないフリ。お前らのことなんて僕は知らない。
初めてですね。
ずいぶん素敵な大剣じゃないですか。
よし、いける。
ほんの少し足が震えているが、誤魔化し通せる自信がある。
あ。
ジグがトールにやられてしまった。
やはり彼では勝てないか。
「……引き時か」
声をいつも以上に低めに出して、僕じゃないことをトールに印象づける。
ジグは続行不可能と判断し、シルクビアを出した。
僕は上昇する眷獣から、再会した元親友を見下ろす。
はぁぁ、やっべ。マジあいつやっべ。
死ぬかと思った。
チラリと見たが、レベル3000台とか頭おかしいだろ。
まだ手が震えてる……。
「ぐっ!?」
「どうしたの、エイド☆」
「……なんでもない」
なんだろう、今の痛みは。
なぜかとても不吉な痛みに思えた。
びきっ。びきびきびきっ。
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