181話 元勇者の底辺冒険記その6
このペタダウス国では邪竜と呼ばれる存在が猛威を振るい、各地をその配下が荒らしているそうだ。
邪竜自体は、聖地と呼ばれる場所で居座っているそうだが、未だ討伐に向けての戦力が整っておらず放置されている。
勇者ジグの存在意義とは、この邪竜と配下を討伐することにある。
そして、この邪竜を討伐した暁には、ジグの地位は確固たるものとして歴史に名を刻むこととなっていた。
「セルティーナ、牽制しろ」
「オケッ☆ フレイムシューティング☆」
高威力の火球が巨大なミミズに直撃する。
爆炎と黒煙に包み込まれる上部、しかし、敵は平然と黒煙から顔を出し、触手のような無数の目でこちらを睨む。
……まだ倒せないのか。
これで配下というのだからゾッとする。
邪竜とはどれほどの化け物。
「ぐぉおおおおお」
「きゃあ!?」
「セルティーナ、ちっ!」
配下が一番弱いセルティーナを狙って突進する。
すかさずジグが、意識誘導を発動し、敵の攻撃軌道を逸らして見せた。
配下は明後日の方向に突進した後、動きを止めてキョロキョロする。
意識誘導は操るなど複雑なことはできない。
しかし、それでも使い方次第では強力な力となり得る。
ジグが強くなれたのもこのスキルがあったおかげだろう。
「ふっ」
僕は彼女の前に出ると、配下の胴体へ刃を走らせる。
緑色の体液が傷口より噴き出し、敵は痛みに身体をくねらせた。
さすがは魔剣、相変わらず恐ろしいまでの切れ味だ。
「よくやったエイド、とどめは僕が! はぁああっ!!」
すれ違い様にジグが、配下の頭部を切り落とした。
◇
宿に戻ったジグは、ロビーの椅子に座りだらける。
僕もその隣の椅子に腰を下ろし、セルティーナは向かい側の椅子に座った。
高級宿と言うだけあってロビーは広々としており、カフェのサービスまで行っているようだった。
「君が加入してくれたおかげで、配下を簡単に倒せるようになったよ」
「……自分は給金分働いただけだ」
「ジグってばツンデレ~☆ 本当はすっごく喜んでいるくせに☆」
「五月蠅いぞセルティーナ」
ジグはテーブルに足を乗せ「一時間経ったら起こせ」と瞼を閉じる。
不意に訪れるチャンス。
吸収するには絶好のタイミングだ。
ただ、向かいのセルティーナが邪魔だ。
どこかへ行ってくれればありがたいのだが。
「……彼は自分が見る。好きな場所へ行っていいぞ」
「いいよぉ☆ ミーもやりたいことないし、夕食までここで時間を潰すから☆」
舌打ちする。
邪魔だと言っているのが分からないのか。
僕は彼と二人きりになりたいんだよ。
「そうだ、これ見て☆」
彼女は一冊の本を取り出して僕に渡した。
料理の本?
知らない材料が多いな。
ぱらぱらめくり、内容を軽く確認して彼女に返した。
「これでジグの胃袋を掴むのだ☆」
「……レパートリーは多いに越したことはない。いいんじゃないか」
「でね、またエイドに試食を頼もうかなって☆」
「ひぃ」
「エイド?」
しまった、悲鳴が漏れてしまった。
彼女の作る料理はとにかく辛い。
信じられないほど香辛料をドバドバ入れるのだ。
おかげで次の日は、お腹とお尻が悲惨な有様となった。
ここ最近の一番の恐怖体験だ。
「……好みの押しつけは嫌われる原因になると思うが」
「そうだよね☆ じゃあ香辛料はほどほどにしておこうかな☆」
彼女は本を開いて次は何を作るか悩み始める。
注意が逸れたことで、僕はフルフェイスの下でほくそ笑んだ。
腕から触手を伸ばし、隣にいるジグへ管を突き刺す。
ここで一気に大半を奪いたい衝動に駆られるが、それでは楽しみを得ることはできない。
信頼を作りながら、じわじわ時間をかけて奪って行くのがいいんだ。その方が、彼をより深く絶望に落とすことができる。
それから彼には、誘惑の魔眼の封印を解いてもらわないといけない。
ここで悟られて追い出されるのだけは避けなくては。
そんなわけで奪うものは一つ。
意識誘導スキルだ。
これがあれば、ほとんどのトラブルは解決する。
万が一追い出されても、充分な収穫と呼べるだろう。くくく。
「これなんか作れば喜びそうじゃない☆」
「あ、ああ、そうだな」
セルティーナがこちらを向く前に、僕は素早く触手を引っ込めた。
本を受け取り、内容に目を通す。
「……悪くない。ジグも喜ぶと思う」
「決まり☆ これを練習して、ジグのお嫁さんになるゾ☆」
「何度も言うが、香辛料は」
「入れないってば☆ その代わり試食よろしくだぞ☆」
また食わされるのか。
しかし、これも必要経費だと思えば。
くっ、赤い料理を思い出して震えが。
大丈夫だ。
今度は普通の料理が出てくる。
耐えろセイン。僕なら乗り切れる。
「そだ、今から材料を買ってくるから、ジグのことみててくれる☆」
「……了解した」
セルティーナは宿を出て行く。
背中を見送った後、僕はステータスを開いて確認。
そこには意識誘導の文字があった。
ごちそうさま、ジグ。
くひ、くひゃひゃひゃひゃ!
「――ひぎゃああああああっ!」
僕は床を転がり悶える。
話が違う、めちゃくちゃ辛いじゃないか!!
口の中が燃えるように熱い!
「あれ☆ ちゃんと辛くないように作ったんだけど☆」
「水を!」
「あ、うん、ほら☆」
グラスを受け取り、一心不乱に飲み干す。
ひとまず落ち着いた。
僕としたことが取り乱すとは。
唇がひりひりして舌が痺れている。
「おっかしいな☆ 書いてある通りに作ったんだぞ☆」
セルティーナは本を開いて唸る。
どこが書いてある通りだ。
食べる前から気づいてたよ、うっすら赤いことに。
この女、性懲りもなく香辛料を振りかけやがった。
「……なぜ香辛料を入れた」
「あ、分かった? アクセントとしてほんの少し入れたのに☆」
馬鹿か。アクセント言うのはつまむ程度だ。
これのどこがつまんだ程度だ?
僕はフォークで料理の内側をめくる。
そこには真っ赤な香辛料がたっぷり入っていた。
食べ過ぎて基準がぶっ壊れているのか?
少しと言えば少しだろ。
それとも僕への嫌がらせか。
「とりあえず作ったから全部食べてよ☆」
「いや、その」
「早く席に戻って☆」
椅子に腰を下ろせば、身体が震え始める。
いやだ。
もう食べたくない。
本能が拒絶している。
「はい、もう一度フォークを握って☆」
「ああああ」
強引にフォークを握らされた。
これは拷問だ。
もうやめて。
死ぬ。
「エイドって良い人だよね☆ エイドがジグだったら良かったのにな☆」
「……これを食べたら、デートをしないか」
「へぇ、エイドって意外に誘い上手なんだぁ☆ そだね、考えておくよ☆ もちろんちゃんと食べてくれたらの話だぞ☆」
「努力しよう」
僕は料理を前に冷や汗が噴き出す。
う、奪うのも楽じゃないな。
だが、この地獄も必要経費と思えば。
恐る恐る、料理を口に入れる。
ひぎっ!
なんとか食べきり、僕は今すぐ泣きたい気分になっていた。
「……どうだ。食べきったぞ」
「お粗末様でした☆ けど、これでもジグにはまだだめかぁ☆」
「何度も言うが、辛いのは万人受けしない。特にジグはどちらかと言えば甘党だ。好みを考えるなら、下手なアレンジは止めておくべきだ」
「そっかそっか☆ メモメモっと☆」
セルティーナは真剣な顔で言ったことをメモに記載する。
あのさ、これ前も言ったんだが。
ヤル気あるのか。
ふざけんな。
今すぐぶち犯すぞクソ女。
ふー、落ち着け。もう終わったんだ。
これで香辛料地獄は終了だ。
「近いうちにデート、行こっか☆」
「……感謝する」
「いいよ☆ 相談に乗ってもらったお礼もしたかったから☆ そだそだ、お勧めの激辛料理店があるからエイドに紹介してあげるね☆」
ひぃ!?
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