180話 元勇者の底辺冒険記その5
日々を過ごすごとに、僕はジグとセルティーナからの信用を深めていた。
だが、その反面、ジグからステータスを奪う機会は逃し続ける。
その理由が彼の女癖の悪さだ。
彼は勇者らしく高いレベルを有している、そのせいで正面から堂々と吸収することができなかった。なので夜に少しずつ吸ってやろうと企んでいたのだが、部屋へいついっても誰かがいて、ぎしぎしベッドが鳴っている。
なんなんだこいつ。
種馬なのか?
下半身軽すぎやしないか?
しかしなががら、冷静になって思い返せば僕も似たようなことをしていた。
むしろもっとひどかったように思う。
若気の至り、と片づけるほどには時間が経っていない。
彼を見るほどに、自分の反省点が見つかってなんとも言えない気分となった。
「今夜は宮殿で泊まる」
ジグの屋敷の応接間で、そのような話を聞かされる。
僕はナイフの手入れをしながら、横にいるセルティーナへそれとなく目を向けた。
「またぁ☆ ミーはこんなにジグを愛しているのに☆」
「お前の気持ちはどうだっていい。とにかく、今夜はここにいないってことだけ覚えておけ」
「……明日は早朝から依頼があるが?」
「それまでには戻る」
ジグは細かい説明もなく部屋を出た。
残された僕とセルティーナ。
僕は顔を動かさず、目だけで横を観察する。
「辛い☆ いつになればこの気持ちを分かってくれるの☆」
「……彼が、宮殿へ行く理由は?」
「知らないっ☆ エイドの馬鹿☆」
セルティーナは部屋を飛び出した。
なんなんだ。
僕は理由を聞いただけなんだが。
だがしかし、あの様子だと宮殿になにかあるのは確かだ。
勇者ジグの秘密か。
面白い、興味が湧く。
調べてやろうじゃないか。
て、ことで、僕はジグをさらに調べることにした。
◇
僕は建物の屋根から屋根へ飛び移る。
すぐ下では、夜だというのに昼間のように住人が行き交っている。
異大陸では照明機器が発達しており、どの家でも安価に安全で長持ちする明かりを手に入れることができる。
宮殿に近づくと、適当な路地に降りて闇から闇へ移動する。
エルフは耳が良い。
細心の注意を払わなければ。
入り口近くまでやってくると身を潜める。
宮殿の城壁はそれほど高くないが、こういう場所は多くが遺物や魔法的な結界で守られている。
迂闊に入れば兵が集まってきて大騒ぎだ。
あの馬車……宮殿に向かっている?
僕は宮殿へ向かっているだろう馬車を見つける。
どうせジグが乗っているのだろう。
せっかくだ、ここは利用させてもらおう。
すれ違う瞬間を狙い、触手を伸ばし、素早く馬車の屋根に上がる。
やっぱりこの力は使える。
長さに限界はあるが、そこそこ強度もあってロープ代わりになる。
何より手足のように操れて便利だ。
これをベッドの上で使えば、なかなか楽しめるだろうな。くひっ。
入り口にいる兵は僕に気づかずスルー。
馬車が敷地に入ったところで、飛び降りて素早く身を隠す。
僕は地面を猛スピードで這いずって、人の目がない宮殿の裏側へと移動した。
「この辺りなら問題ないか。さて、届くかな」
二階の窓が開いているので、そこへ触手を伸ばした。
難なく先が縁にかかり、ゆっくりと身体を引き上げて窓から内部を覗く。
人気はない。侵入するには絶好のポイントだ。
宮殿内へ入ると、僕は鑑定を発動し、ジグを探す。
おっと。
慌てて身を隠した。
通路の先でジグが兵に案内され、どこかへと移動していたのだ。
ん~? こんな時間に宮殿に何の用かな、ジグ。
もしかして知られると不味いことが、これから行われるのかなぁ?
くひっ。
僕は触手を使って部屋と部屋の隙間に入ることに成功し、なんとかジグの入った部屋の上へ行くことができた。
穴を開けて部屋の中を覗く。
そこで見えたのは、ジグが女王を抱いている光景だった。
「お前は僕の物だ! 全てを僕に差し出せ!」
「差し出す、差し出すわ! 全部貴方の物よ!」
なるほどねぇ。
そういうことか。
やるじゃないか、ジグ。
女王を落として揺るぎない権力を手に入れようとしているのか。
僕では思いついてもできなかったやり方だ。
嫌いじゃない。
君は邪悪の才能があるよ。
欲しいなぁ。君の全てが欲しくなってきた。
生まれも、才能も、姿形、人間関係も、何もかもが欲しい。
これほど奪い甲斐のある人間はいない。
今はまだ、手を出せないけど。
いずれ方法を見つけ出して、君の全てをいただくよ。
あー、楽しみだなぁ。どんな顔をしてくれるんだろう。
くひひ。
◇
このペタダウスでは、知識を国民に向けて広く開放している。
ギルドでも本が置かれ、気軽に調べ物ができるのだ。
そこで僕は足繁くギルドへと通った。
「ねぇ、エイド☆ ねえってば☆」
「……セルティーナ、暇ならジグに会いに行けばいいだろう」
「他の女と部屋に籠もってる☆ 近くにこんな良い女がいるって言うのに、ジグってば浮気しすぎ! 許せない! あああもう、そんなにミーって魅力ないかな!?」
ウザい。
早くどこかへ消えてくれ。
僕は今、勉強しているんだ。
向かいの席に座るセルティーナは突っ伏して、そのほどほどのサイズの胸をぐにゅりと潰す。
「……彼はいずれ気づくだろう。君の健気さを」
「ほんとうかな☆」
「男は総じて女心には疎いものだ。今はまだ真の魅力に気が付いていないが、いずれ君の優しさや美しさを身をもって知ることとなるだろう」
ほら、自信を取り戻しただろ。
どうでもいいからどこかへ消えてくれ。
「じゃあ証拠を見せて☆」
「…………」
無視して本へ目を落とす。
関わるべきじゃなかったな。
時間の無駄だ。
「エイドォオ、どうにかして☆ ミーはジグのお嫁さんになりたいのぉ☆」
立ち上がって横へ来たと思えば、腕を掴んで激しく揺らす。
ここまで観察してきたが、彼女は完全にお手軽女として認識されている。
惚れた弱み、とでも言うべきなのだろう。僕からすれば愚かとしか思えないが、だからといって笑うつもりはない。
一途故にそのような状況に陥ってしまうのだから。
僕は一途な女が好きだ。
その方が奪い甲斐があるし、後々裏切られる心配も少ない。
「……一つ聞くが、ジグのどこが好きなんだ」
「顔に、身分に、お金もあって、勇者で、時々優しいところ☆ 助けて貰った時に、結婚するならジグって決めたの☆」
「つまり君は、ジグという殻が好きなんだな」
僕はちょうど【姿変え】の項目を読んでいた。
姿変えは、容姿、体型、種族、を変える事のできるレアスキル。
変化できる範囲に制限はあるものの、他人になりすますには最高の能力だ。
「深く考えたことなかったけど、そうなのかな☆ うん、そうかも☆」
「……なるほど。君は、なかなか恐ろしい女だ」
「恐ろしくないぞ☆ こんなにミーはキュートで一途なのに☆」
そんなことをさらりと言ってのける君は、悪女の才能があるよ。
しかし、その方が僕には好都合だ。
セルティーナ、君は僕のものになるべきだ。
容姿、スタイル、能力、いずれも非常に優秀。
こんな彼女を持て余しているなんて、ジグには呆れる。
「でね、どうやればジグから愛されるかな☆」
「……君は料理はできるか?」
「少しくらいなら☆」
「ふむ……それではダメだな。もっと本格的な腕を身につけるべきだ。本気で落としたいなら胃袋を掴め。相手に心地の良い結婚生活を想像させるんだ」
「な、なーるほど☆ 勉強になります師匠☆」
馬鹿め。
こんなのは基本中の基本だろ。
こいつ、ジグ以外と付き合ったことないのか。
「善は急げ☆ さっそく練習しよっ☆」
「え」
セルティーナに引っ張られて、僕は席を立った。
「ふぐぅううううっ!?」
「自信作だぞ☆」
僕は激辛の料理に悶える。
しまった。
こいつ激辛好きだった。
初めから教えなければ。
その前に、水。
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