179話 元勇者の底辺冒険記その4


 僕は森を出てエイドとして情報を集めた。


 予想通りここは外海を超えた先にある異大陸だったようだ。

 この地で暮らす者達は、ざっと見ただけでもレベルが高く、向こうよりも平均値が高い印象だった。


 おまけにヒューマンが奴隷として扱われている。


 同じヒューマンとして決して気分の良い光景ではないが、考えてみれば多くの点で上を行く他種族に、支配されていない向こうがおかしいのだ。

 本来の形、と思えば辛うじて納得できた。


 何より気分の問題で、僕にはどうでもいい話だった。





「なぁ、あんた噂のエイドってやつだろ?」


 酒場で一杯やっている僕に、見知らぬ男が声をかける。


 最近ではよくあること。

 今の僕はソロ冒険者としてちょっとした有名人だった。


「……用はなんだ」

「ウチに少しの間、雇われてくれないか」

「……メンバーは?」

「そこにいる」


 カウンターから振り返って、テーブル席を確認する。

 そこには四人の男女がいた。


 どいつもレベル200台で、大したスキルもない。


 クソ雑魚だ。


 まぁ、少し前の僕なら腰を抜かすほど驚いただろうが、今ではすっかり慣れてしまっている。

 慣れとは怖いものだ。


「……興味ないな」

「俺の誘いを断らねぇ方が身のためだぜ。知っているんだよ、その剣の秘密を」


 男は僕の剣へ目を落とす。


 正体を隠す目的で包帯を巻いているが、逆にそれが彼ら冒険者の興味を強く引いてしまっていた。だが。だからといって解く気はない、この地で魔剣がどのような存在なのかまだ分からないのだ。


 ここは未知の土地、警戒するに越したことはない。


「ほう、君に俄然興味が湧いた。聞かせてもらおう」

「そいつは魔剣だろ。しかもとびっきりの。あんた中央部から流れてきたんだろ」

「中央部?」

「魔剣使いってこと黙っててやるよ」


 男は僕の反応から推測は当たったと判断したようだ。

 そして、僕は男の言葉から、魔剣使いは警戒すべき対象であることを知る。


 ちっ、面倒だな。


 こいつに言いふらされるとここで動きづらくなる。

 かといってすぐに消してしまうのも不味い。


 ――気に食わないが、話を受けるべきか。


 思案しているところに、身なりの良い青年剣士が割り込んできた。


「お前知っているぞ。でまかせばかり並べて、同業者を相手に詐欺行為を働いている輩だろう。衛兵に突き出されたくなければ、さっさと失せるんだな」

「げ、勇者ジグ。あはは、そういや用事があったんだった。じゃ、またな」


 男は話を切り上げ、仲間と共に酒場から逃げ出す。


 勇者ジグと呼ばれた青年は、それを見送ってから僕の横に座った。


「……礼を言うべきかな」

「そんなのはどうだっていい。邪魔だったから追い払っただけだ。それより君は噂になっているソロ冒険者だよな」

「……だから?」

「君をスカウトしようと考えている。もちろん実力を見てからだけどね」


 僕は鑑定で彼のステータスを確認する。


 レベル500台にジョブは勇者。

 スキルは特段目立つようなのは――いや、二つほどいいものがある。


 意識誘導と封印破り。


 意識誘導はほんの一瞬だが、対象者の表層意識を変えることができる。とは言っても錯覚程度だ。意識を逸らすなどの些細な力。一般的にはそこそこ使えるレアスキルとして認識されている。


 封印破りは文字通り封印を解いてしまうスキルだ。

 これの注目すべきところは、スキル封じを解けるところだ。かなり貴重なスキルであり、所持者と出会えるのは本当に希だ。

 ただ、欠点もあって、所持者自身は効果範囲外となっている。


 誘惑の魔眼を解放するならこれは奪えないな。


 それから、こいつ眷獣使いなのか?


 鑑定でのみ確認できる項目に、三体の眷獣の名があった。


 へぇ、なかなか面白いじゃないか。

 眷獣も吸収できるか、是非とも試してみたい。


 僕はフルフェイスの内側でほくそ笑んだ。


「……安くないぞ」

「僕を誰だと思っている。使える奴なら満足できる額を払ってやるさ」


 すごい自信じゃないか。

 もしかして彼はこの国の貴族でもあるのだろうか。


 ずいぶんと身なりも良いし、口と態度は悪いが、ちょっとした動きに育ちの良さを感じる。


 ムカつく。気に入らない。

 容姿にも能力にも恵まれ、さらに勇者だ。その上、貴族のお坊ちゃんなんて、こんなことが許されて良いのだろうか。本来ならそこは僕の立ち位置だろう。僕が受けるべき境遇だ。実に気に入らない。


 こいつの全てを奪ってやる。


「……よろしく頼む」

「ああ」


 僕らは握手をした。



 ◇



 一呼吸で敵の守りの内側へと入り、刃を走らせる。

 適度に弱らせたところで、ジグの一撃が入って終わりだ。


 熊系の魔物が倒れる。


「エイドいいじゃん☆ 連携も良いし煌めいてるネ☆」

「そうだな。力量も充分で、パーティー内の動きもよく分かっている。もしかしてどこかの有名パーティーに所属していたのか」

「……昔にちょっとな」


 ジグとセルティーナにべた褒めされ、僕は良い気分だった。


 かつてはSランクパーティーのリーダー。

 ジグが求めている動きは手に取るように分かった。


 それに僕の方が年上で経験は豊富だ。


 まだ荒さが残る彼らより、魔物との戦い方は分かっていた。





「――エイドの加入を祝して乾杯☆」

「五月蠅いぞセルティーナ」

「こういうのは騒がしい方がいいんだぞ☆ お祝いなんだから☆」

「……感謝する」


 三人で酒場のテーブルを囲む。

 この『|聖なる森の英剣(フォレストアンセム)』に入って数日が経過していた。


 今さらのお祝いに僕は苦笑いする。


「エイド、笑ってる☆」


 セルティーナの言葉にドキリとした。


 表情は見えないはず。

 考えているよりもこの女は鋭い。


 しかし、彼女は実に僕の好みだ。


 どこかリサを彷彿とさせ、その瞳は輝きに満ちながら、裏には深い闇が感じられる。


 容姿もスタイルも好み。

 誘惑の魔眼が使えるようになれば、真っ先にこの女を手に入れたい。


「ねぇ、ジグ、そう言えばエイドってエルフなのかな☆」

「この国にいるくらいだから、エルフじゃないのか」

「どうなのエイド☆」


 くそっ、面倒な質問をするな。

 このクソ女。


「……その情報は必要か?」

「別にないな。正直なところ、僕には君がエルフだろうがビーストだろうが興味ない。エルフであることが最も望ましいけど、顔を見せないのならどうだっていい」

「それもそうだね☆ エイドはエイドだもんね☆」


 ほっとした。

 いま追い出されるのは好ましくない。


 ジグにはスキルの封印を解いてもらわなければならないのだ。


 しかし、このセルティーナという女は注意しないと。

 どうも一言多い印象だ。


 僕は料理を食べる為に口元の覆いを収納する。


 この兜は目元を覆ったまま口元を開く機構があるので、顔をさらす心配がなく助かっている。向こうにはない技術だ。


「「…………」」

「なんだ?」

「「別に」」


 二人がじっと見ていたので、睨んでやった。


 ふん、そんなに僕の顔が気になるのか。

 見せてやらないけどな。


 ぱくり、と赤い香辛料のかかった肉を口に入れる。


「んぐぐっ!??」

「あれ、もしかしてエイドって辛いもの苦手かな☆」

「たぶんその料理はセルティーナが注文した奴だ。いつも黙って注文するなと言っているんだが、運が悪かったな」


 からひぃいいい!

 なんだこの辛さ!!


 舌と唇がヒリヒリする!?


「ジグも辛いの苦手なんだよね☆ 汗が足りないぞ☆」

「言っておくが、このレベルは僕でなくとも苦手だろ。それから食事に汗は必要ない。これだから下民の食べるものは」


 二人はどうでもいい会話を繰り広げている。


 水、水水!

 嘘だろ、飲んでもひりひりがとれない!?


「ミーは激辛料理を流行らそうと思ってるの☆ エイドにはこの辺りから始めてもらいたいな☆」


 セルティーナはうっすら赤い料理を差し出す。

 見た目は美味しそうだが、香辛料の臭いがぷんぷんしている。


 ひぃ。無理だって。


「ミーはエイドを仲間だと思ってる☆ だから食べて☆」

「……頑張るとしよう」


 信頼を得るには、いくつかの壁を越えなければならない。

 これもその一つだろう。


 耐えるんだセイン。奪う為に。





「ひぎいいいいいいいいいっ!! お尻が!!」


 翌日、僕はトイレで悲鳴をあげた。

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