178話 元勇者の底辺冒険記その3


 森の中を死に物狂いで走る。

 後方からはゴブリンの群れが追いかけていた。


「ぐぎゃぎゃ!」

「これは僕のだ!」


 腕一杯に抱える果実。

 これらは奴らの縄張りから得た物。


 どうせ肉ばかり食べてていらないだろ。


 これは僕が大切に食べてやるよ。

 だから見逃せ。


 しかし、ゴブリン共の速度は一向に落ちない。


 いいさ、海岸まで出られればこちらのもの。

 お前らは海には近づけないんだよな。


 砂浜へ出ると、ゴブリン共は森の境目で足を止めた。


 あっはは、ざまぁみろ。

 僕を捕まえられなくて残念だったな。


 しゃくしゃくと果実を囓って見せてやる。


「ぐぎゃぎゃ!」

「いで、やめろ、ぶち殺すぞ!」


 ゴブリン共は石を投げた。


 どすん。

 大木が飛んで来て地面に刺さる。


 僕は落とした果実を急いで拾い上げ、住居へと逃げた。



 ◇



 この地へ来て一週間。

 砂浜にある自作の小屋から海を眺める。


 ぐぎゅるるる。


 ひもじい。


 レベルさえあれば、いくらでも肉が得られるのに。


 ここに生息する魔物は全てが僕より強かった。

 それも桁違いに。


 スライムでさえ僕を餌として襲う。


 笑えない冗談だ。


 もちろん地道にレベル上げはしている。

 スライム程度なら、今の僕でも頑張れば倒せるのだ。


 そのおかげでレベルは170台に入っていた。


 でも足りない。


 せめて200にならないと。

 200になればゴブリン共も倒せる、はず。


 ごろんと転がる。


 ふと、部屋の隅に見慣れないものがあるのに気が付く。


 キノコだ。

 しかも薄茶色でつやつやしている。


 鑑定で確かめると『食用可』と書いてある。


 僕はそれを火で炙って食べることにした。




「――いけるじゃないか。うん」


 キノコは炙っただけでも美味しかった。

 歯触りも悪くない。


 も、もう少し食べておこうかな。


 キノコはまだ数本生えている。

 よく見れば小さいキノコも無数にあった。


 こいつらを育てて定期的に収穫すれば、ここでも食いつないで行くことができる。


 二本抜いて火で炙る。


 ん、この一本少し色が濃いな。

 まぁ大丈夫だろう。


 ぱくり。



 ◇



「う゛う゛ぅ゛」


 猛烈にお腹が痛い。

 腸がぎゅるぎゅる音を立てて動く。


 どうしてだ。ちゃんと食用のキノコだったんだぞ。


 それともその前に食べた果実が腐っていたのか。


 鑑定でキノコを見ると、恐ろしい事実を知ることとなる。


 食用と、よく似た毒キノコが一緒に生えているのだ。


 僕を騙したな!

 キノコのくせにふざけやがって!!


「ひぎっ」


 不味い。

 漏れそうだ。


 僕は立ち上がって、海でするか森でするか砂浜でウロウロする。


 砂浜でするのはさすがに恥ずかしい。

 他人の目がないとしても、オープンすぎるのはちょっと……。


 森は襲われる可能性が高い。よし、海だ。


 限界が近づいている為、足を大きく開いて歩くことができない。


 波打ち際に着いて、僕はあることに思い至る。


 このままだと服が濡れる。

 でも、脱いでいる余裕もない。


 どうする。どうする。


 やっぱり止めよう。森に変更だ。


 引き返して森に入った。




 あああああああああああああああ。



 ◇



 ゴブリンを斬る。

 残りの三匹は後ずさりした。


 ようやく倒せるところまでレベルを上げた。


 今の僕はLv200台、ゴブリンなら余裕で殺せる。


 ははは、ざまぁみろ。

 僕に仲間をやられて悔しいだろ。


「ぐぎゃ!」

「ひぃ」


 逃げるのかと思いきや、ゴブリンの一匹が隙を突いて飛びかかる。


 首を絞められ呼吸ができなくなった。


 や、ばい。

 死ぬ。


 ……。


 …………。


 ………………。


「が、はっ!?」


 遠のいた意識が一気に戻る。


 あー、くそ、目の前がクラクラする。

 視界がぼやけてて、何がなんだか――。


 ぼやけていた輪郭がはっきりし始め、目の前にまだゴブリンがいることを知る。


 だが、ゴブリンは青白い顔でぴくぴく痙攣していて、体中に黒い触手のようなものがまとわりつき、先にある管のような物が無数に刺さっていた。


 触手は簒奪の鎧から出ていて、どくんどくんと何かを吸い取っているようだった。


《報告:六花蘇生が発動しました。残り四回》


 目の前に表示がされる。


 絞め殺されてしまったのか。

 一回、無駄に死んでしまった。


 しかし、この状況はどうなっている。


 数分後にゴブリンから管が抜け、黒い触手は鎧の内部へと引き戻される。


「レベルが上がった!?」


 ステータスを見ると、レベルが上昇していた。

 もしかしてもしかすると、今のは経験値を奪ったってことなのか。


 くひっ、くひひ。


 簒奪者の鎧、最高じゃないか。


 この日より僕は、この森の最上位捕食者となった。



 ◇



 それは森の中で獲物を探している時だった。


 僕は妙な気配を感じ取り、木陰へと身を隠した。


「この辺りは穴場で、レベル上げにちょうどいいんだよ。ほどほどに強い雑魚がいて、死の森みたいにベヒーモスとかいないからな」

「盲点だったぜ。こんなところがあったなんて」


 声が聞こえ、そっと先を覗く。


 二人の男が草を掻き分け歩いていた。

 冒険者だろうか、一人は革製の軽装備を身につけ、もう一人は漆黒のフルアーマーを身につけている。


 片方はエルフだとすぐに分かったが、もう片方はフルフェイスで容姿は確認できなかった。


 恰好から冒険者のように見えるが、正確なところは不明。

 とりあえず冒険者としておこう。


 情報を聞き出すにはうってつけの相手、どうにか生け捕りにいたいが。


「――誰かいるのか?」

「!?」


 エルフが長い耳をピクリとさせて、僕の方へと話しかけた。


 やはりエルフの耳は誤魔化せないか。

 彼らは聴覚だけならビースト族にも引けを取らない。


 ここは大人しく姿を現そう。


「すまない。魔物と勘違いしたんだ」

「なんだ、ヒューマンかよ。無駄に脅かせやがって」


 二人の男は安堵したのか僅かに警戒を緩めた。


 その隙に鑑定スキルでどの程度やるのか調べる。


 ふーん、エルフはLv202、黒い方は312か。

 対して僕の方は330。剣と鎧で底上げしなくとも余裕で勝てそうだ。


 ジョブもスキルは警戒に値するものはないが、装備はどうだろう。


 ……普通だな。はっきり言って敵じゃない。


「こいつ顔が良いな。捕まえて奴隷商に売れば、良い金になりそうだ」

「そうか? 金貨十枚が関の山だろ」

「ばっきゃろー、十枚は充分大金だろ。早く捕まえろよ」

「へいへい」


 エルフがニヤニヤしながら剣を抜く。

 僕はその瞬間、強い風が吹いたことを見逃さなかった。


 こいつ、精霊を使う。それも風だ。


 以前に精霊魔法を使うハイエルフを見たおかげだな。

 いち早く違和感に気が付くことができた。


 僕も剣を抜いて構える。


「ヒューマンとまともに戦う訳ねぇーだろ! 精霊!」


 びゅ、鋭い風が吹く。


 ――が、それよりも速く、僕は地面を蹴って距離を詰めていた。


「びゃっ」

「このセイン相手に、だまし討ちは悪手だ」


 切っ先が敵の喉元を斬る。


「ま、まじかよ」

「遅い」


 間髪入れずフルアーマーの男に肉薄し、鎧から触手を伸ばし、隙間から突き刺す。


「ひぎぃいい!?」


 この触手の先にある管に刺されると、全身が弛緩し、大型の魔物でも動けなくなる。

 僕に近づいた時点で君の敗北は決定していた。


 う~ん、おいちい。君のステータスは美味だ。


 現時点で判明しているのは以下になる。


 吸収できるのは経験値とスキル。

 ステータスの吸収速度は、突き刺す管の数によって上下する。

 擦り傷程度なら吸収の際に跡形もなく治癒する。


 もちろん欠点も存在する。


 吸収できる経験値は半分程度。

 出せる触手は最大十本。

 吸収にはかなりの体力を使う(触手を動かすだけなら平気)

 ステータスの消化吸収にはしばらく時間がかかる。


 しかしながら、得られる大きなメリットに比べれば微々たるものだ。


 からん。地面に男のフルフェイスが落ちる。


「君もエルフだったのか」

「たすけて、みのがして……」

「ここが異大陸なのは間違いないようだけど、どうもヒューマンには生きにくい場所のようだ。当分の間、種族は隠蔽で隠しておかなきゃね」


 フルフェイスを拾い上げてかぶる。


 セインって名前も伏せておくべきかな。

 代わりの名前を考えないと。


「君の名前は?」

「え、いど」

「それにしよう。今日から僕はエイドだ」


 さぁて、エルフ君。

 ステータスを吸いながら、じっくり話を聞かせてもらおうじゃないか。


 君達の国の話を。


 きひっ。

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