177話 元勇者の底辺冒険記その2


 外海に出ておよそ一日。

 今もなお僕を乗せたバーズウェルは飛び続けていた。


 あれから何度も引き返すように命令したが、言うことを聞かずひたすらどこかを目指して移動している。


 眼下に広がる海を見る。


 ――なんだあれ?


 緑色の塊が海に浮かんでいる。

 ここからだと小さく見えるが、サイズとしては相当に大きいはずだ。


 塊から突起が伸び、先がこちらへと向く。


 恐怖で鳥肌が立つ。

 寒気が全身を走った。


 アレは、ヤバい。


「避けろ、バーズウェル!」

「ギャウ?」


 すさまじい速さの水流が僕らをかすめる。


 ふざけるな、空の上だぞ。

 なんなんだあれは。


 真下から顔を出したのは、ワニに似た馬鹿でかい怪物。

 背中には突起があり、それらが上空の敵を狙い撃ちしているようだ。


 数分のインターバルの後、再び水流が僕らをかすめる。


 ひぃいいいいい! 

 死ぬ、死ぬぅうう!!


 鑑定スキルで調べる余裕もない。

 とにかく逃げの一手。


 なんとか攻撃範囲から抜け出し、振り切ることに成功する。


「た、たすかった……ひぃ!?」


 遠くで炎の柱が上がった。


 別の場所では、渦巻く黒雲から紫電が駆け、また別の場所では連続して爆発が起きる。


 異様な光景。

 自然現象、ではないのだろう。


 僕は外海の恐ろしさに泣き出した。


「あんまりじゃないか、助かったあとにこれってさ! 命がいくらあっても足りないじゃないか! お前、本当は僕を助けるフリをして苦しめているんだろっ!!」

「ぎゃぅ?」

「可愛い顔をしても無駄だ! ちくしょう!」


 死にたくない。

 頼むから陸に戻ってくれ。


 命がいくつあっても足りない。





「――これで最後か」


 最後のパンを口に入れる。

 まだ水は残っているが、それもいつまでも保つか。


 バーズウェルはここまで飲まず食わずで飛び続けている。 


 無理をしているのはすぐに分かった。

 明らかに弱っている。


「この先に何があるって言うんだ」

「…………」

「聞いても無駄か」


 所詮は獣、人である僕にワイバーンの考えなど分かるはずもない。


 これから僕の華麗な復讐劇が始まると思ったのだが、なんだこれ、復讐どころか一日を生きるだけでやっとだ。


 体力を温存する為に早々に横になる。


 ――こんなはずではなかった。


 世界は勇者の為にあり、正義とは勇者の行いを指し、勇者はあらゆる者達に愛される。


 僕は、正しい存在のはずだった。


 それこそが僕が幼き日に憧れた勇者。

 勇者になれば、何もかもが上手く行くと思っていた。


「くひっ、くひひっ」


 いくら誤魔化そうとしても無駄だってことか。


 すでに結果は出ている。


 僕は勇者であっても勇者ではなかったのだ。

 薄々分かっていたさ、ジョブは素質を見える形にしただけのもので、上手く使えるかどうかは別の素質が必要だってことくらい。


 たとえばトールみたいな奴とかね。


 出会った時から嫉妬していた。気に食わなかった。

 あいつは僕が求めていた要素を、なんの苦労もなく全て持っていたんだ。


 だから全力で否定してやった。


 全力で奪ってやった。


 言ってみれば今の僕を育てたのは、トールだ。

 君と出会わなければ、僕はもう少しマシな勇者として生きられただろう。


 ……お腹空いた。


 空腹だからなのか、余計なことばかり考える。


 いよいよ僕も終わりかな。

 飢えで死んでも生き返るのかな。


 どちらにしろ、バーズウェルの体力が尽きて海に落ちれば、怪物共に食われて一巻の終わりだ。


 のそりと上体を起こす。


「――陸地!?」


 遠くに陸地らしき影が見えた。


 近づくほどにそれは鮮明になり、ここからでも豊かな森と白い砂浜が確認できた。


 やったぁぁああ!

 助かったぞ!


 おい、バーズウェル?


 徐々に高度が下がる。

 声をかけても返事はなく、風に乗ってただ滑空しているように思えた。


 まさか力尽きたのか。

 頼む、しっかりしてくれ。


 ぐんぐん陸に近づく。そろそろ勢いを殺さなければ激突する。


 いくらレベル150台でも、即死は免れない。


 死んでも生き返る?

 冗談じゃない。こんなことで命を散らしてなるものか。


 六花蘇生は、たった六回しか生き返れないんだ。


 この命の数こそが僕の切り札。


 一つも無駄にできない。


「バーズウェル!」

「ぎゃう!!」


 今度は返事があった。


 バーズウェルは陸地を目の前にして旋回し、ぐるぐると螺旋を描きながら徐々に地上へと降りる。


 どすん、胴体から砂浜へ着地した。

 衝撃で僕は投げ出され、顔面から砂へと突っ込む。


「……ふぅ、助かった」


 九死に一生を得た。


 あいつには今後、厳しく当たらないとな。

 まずは命令を聞くように教育しないと。


 立ち上がって辺りを見回す。


「戻ってきた、ってことはないか。ここは外海を越えた先なんだよな」


 実感が湧かない。

 一目で分かる違いがないからだろう。


 振り返ってバーズウェルを確認する。


 黒いワイバーンは動かない。


 目を閉じたまま動く気配がなかった。


「おい、バーズウェル。冗談だよな」


 駆け寄って顔を叩く。


 死ぬなんて許さないぞ。

 お前はこれから僕の足となって、働かなければならないんだぞ。


 僕の騎獣として歴史に名を残したくないのか。


 起きろ。

 早く目を覚ませ。


「ぐるぅ」

「なんだ生きているじゃないか」


 うっすら目を開ける。

 心底ほっとした。


 君が僕をここへ連れて来た。最後まで責任をとれ。


「そうか、腹を空かせているんだな。全くお前って奴は、大人しく引き返していればこんな状態にならずに済んだのに。世話を焼かせる」


 僕は森に入り、獲物を獲ることにした。


 目の前に海があるのだけれど、内陸で育った僕には漁なんて経験はない。

 それに僕は海産物は嫌いだ。バーズウェルだってそう思っているに違いない。


 森に入って早々に、数匹のスライムを見つける。


 この際、スライムでもいい。


 ワイバーンならスライムでも食べられるだろう。


「ぷきゅう」

「ぶげっ!?」


 スライムが鳩尾にめり込む。


 僕は地面に膝を付け、粘度の高い唾液を吐いた。


 馬鹿な。

 僕がスライムごときに。


「ぷきゅう」

「ぐぇ!」


 今度は横っ面にスライムがめり込む。


 そのまま弾き飛ばされ、砂浜へ逆戻りした。





「……うわぁ!?」


 スライムの恐怖が思い出され、僕は暗闇で飛び起きる。


 がささささ。

 身体にまとわりついていた小さな生き物が、一斉に逃げ出した。


 くそっ、身体が痒い。


 至る所に囓られた後がある。


 そうだ、バーズウェル!


 立ち上がって騎獣のいる場所へ視線を向けた。


「バーズウェル? おい、なんの冗談だ」


 いるはずの黒いワイバーンが消えていた。


 あいつ、僕を置き去りにしたのか。

 ふざけるな。許さないぞ。


「バーズウェル! どこだ、戻ってこい!」


 夜の砂浜で騎獣を探し続ける。


 置いて行くな。

 僕はお前の主人だぞ。


 僕が見限ることはあっても、お前が見限るなんて許容できない。


 ちゃんと傍にいろ。


 今ならまだ、短めの説教で許してやる。

 嘘だ。心配させたのだから、みっちり怒鳴り散らしてやる。


 いくら呼ぼうとも騎獣は姿を見せなかった。




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