174話 戦士、新たな称号を授かる


 夜の帳がおりた王都。

 通りでは至る所で飲酒が行われ、夜とは思えないほど騒がしさがあった。


 各店では昼間のように煌々と明かりが灯り、顔を赤くしてどんちゃん騒ぎをする兵士の姿を度々目撃する。


 かくいう俺達も小さな酒場で、ささやかな食事会を開いていた。


 メンバーは俺を含めた漫遊旅団の三人に、マリアンヌ、ルブエ、副団長、モニカだ。


 ナオミンも誘ったが、王女として顔を出すところがあるらしく断られてしまった。

 ああ見えてきっちり仕事をこなす有能なお姫様らしい。


 やっぱ何かの冗談だよな。


「――マリアンヌは転移に巻き込まれずに済んだのか」

「ええ、不幸中の幸いでしたわ。ただ、素直に喜べる状況でもありませんの。ルーナさんを除いた五人が、未だ行方知れずであることを思えば」

「元気を出してくださいマリアンヌさん。私達も捜索を頑張りますから」

「カエデさんはお優しいですわね。少し救われた気分ですわ」


 落ち込むマリアンヌを、肉を頬張るフラウが励ます。


「心配いらないわよ。フラウ達が全員見つけるから。それに案外、異大陸を満喫してるかもよ。ソアラとか特に」

「ソアラさんは……そうですわね。あの方は図太いですから、必ず生きていらっしゃるでしょうね。一山当てて高笑いしている気がいたしますわ」


 あ、やっぱマリアンヌもそう思うのか。

 俺もソアラだけは、死んでいる姿が全く想像できない。


 今もどこかで『神に愛された者とは私のこと。さぁ、ひれ伏しなさい』なんて言ってそうだ。


 というか絶対言ってる。


「憧れのトール殿と同じテーブルを囲めるなんて。これが世に言うデートってやつだな。本日の調査日誌は書くことが多そうだ」

「恐れながら申し上げますと、これはただの食事会でございます。デートのデの字もございませんよ」

「デート、じゃないだと?」

「驚かれていることに驚きます」


 向かいの席に座るルブエと副団長は相変わらずだ。

 マイペースな姿に安心する。


 二人の隣にはモニカがいて、カエデと楽しそうに会話をしていた。


「カエデさんは変わらず白くてすべすべで羨ましいデース。それからこのふわふわの尻尾デース。吸うと一瞬で極楽デース。すはすは」

「モニカさん、あまり尻尾をイジらないでください。デリケートな部分ですので……んんっ!」


 尻尾に顔を埋めてすはすはするモニカ。


 両手で顔を隠して恥ずかしそうにするカエデに反し、モニカは長い耳をパタパタさせて、恍惚とした表情となっていた。


「なぁモニカ、俺にも尻尾を」

「まだだめデース。カエデさんの尻尾を堪能できてないデース」

「少しくらいいいだろ」

「だめデース。久しぶりに会えたのだから、もっとカエデさんといちゃいちゃしたいデース」

「モニカさん……」

「それならわたくしも同意見ですわ。カエデさんの尻尾を存分に愛でませんと」

「ひぇ、マリアンヌさんもですか!?」


 カエデはモテモテだな。

 羨ましい限りだ。


 俺は茹でた豆を口に入れる。


 うん、これいけるな。

 程よい塩気がちょうどいい。


「ドワーフの酒もなかなかいけるわね」

「きゅう」

「え? 飲み過ぎるなって? 心配しすぎよ。フラウがお酒で失敗したことなんてないでしょ」


 自信満々に言い放つフラウ。


 俺は『本気で言っているのか』と言葉が喉から出かかった。

 パン太も同じことを思ったらしく、やれやれと呆れた顔で困っている様子だ。


 明日は二日酔い決定だな。





「――ふぅ」


 ベッドの端へと座る。

 今日は久々に羽目を外してはしゃいでしまった。


 普段ならもう少し抑えて飲むのだが。


 原因は、セインだ。


 再び生きて顔を合わすとは考えもしなかった。

 まだ終わっていなかったんだ。


 俺とあいつの戦いは、まだ続いていた。


「ご主人様……起きていらっしゃいますか」


 カエデがドアを開けて部屋へと入る。

 俺は上体を起こした。


「どうした?」

「心配でしたので様子を見に来ました」


 彼女は辛そうな表情を浮かべていた。


 敏感な彼女には俺の心の中はお見通しだったらしい。

 不安にさせないように振る舞っていたんだが。


「隣に座っても構いませんか」

「お、おお……」


 カエデは静かに隣に腰を下ろした。


 じっと、大きな目が至近距離から見つめる。


 なんだか恥ずかしいな。


「私にはこれくらいしかできませんが……」


 彼女の放つ癒やしの波動が心を癒やしてくれる。


 思っていたよりも精神的ダメージを受けていたようだ。

 カエデの方が、俺よりも俺のことをよく分かっている感じがして恥ずかしい。


「責任を感じてらっしゃるのですね」

「そう、だな。たぶんそうだ」


 けじめをつけたはずが、奴はまんまと逃げおおせていた。


 思えばあいつは昔から悪運が強かった。

 だからこそSランクにまで上り詰めたのだ。


 冒険者にとって運は最重要とも言える要素の一つ、どんなに強くても運が悪ければあっさり天に召される。


 それでも死刑から蘇ってくるなんて予想外もいいところだが。


「だいぶ楽になった。ありがとう」

「お一人で抱え込まないでください。私が、傍にいますから」


 俺はカエデを抱きしめた。


「そ、そろそろ行きますねっ」


 顔を真っ赤にしたカエデは部屋を飛び出す。


 すぐにほんの少しドアが開けられ、カエデがぴょこっと顔を出した。


「おやすみなさい、ご主人様」

「うん」


 ドアは閉められた。



 ◇



 翌日、俺とカエデは宮殿に呼び出される。

 そこでは集まった各国の代表が顔をそろえていた。


 ちなみにだが、案の定フラウは二日酔いでダウン中である。


『ささ、漫遊旅団。席についてください』


 何故かいる風の精霊王エロフに促され、俺は適当な席に腰を下ろした。


 ここにいるのは以下の者達。


 ビックスギア国王。

 ガルバラン国王。

 ヨーネルン女王。

 アイノワ国王代理。


 先に声を発したのはビックスギア国王だ。


「遠方よりご足労いただきまことに感謝いたす。それでは第一回漫遊友好の会を始めるとしよう」


 俺はギョッとする。


 なんだその名称。

 観光でも行きそうな雰囲気じゃないか。


 各国の防衛に関する重大な話し合いの場、なんだよな?


「その前に少しいいかしら。記念すべき第一回なのにも関わらず、アイノワは代理だしペタダウスに至っては代理すらいないじゃないの」

『アイノワの国王は現在、病の為に外出することができません。ペタダウスは……他国、いえ、他種族が主とする会議には強い拒否感があるようで、説得を試みたのですが上手く行かず』

「崇拝する精霊王の言葉すら蹴るなんて、とびっきりのお馬鹿さんね。今後の各国の立場を決める重要な場なのに。フェアリーの方はよく分からないから、まぁいいわ」


 ヨーネルンの女王はハートのクッションを抱いてクスクス笑う。

 彼女の背後には、見覚えのある男性が控えていた。


 ビックスギア王がわざとらしく咳をし、再び注視するよう促す。


「さっそくだが本題に移ろう。我々は魔王ルドラによって多くの不幸を被った。すでにそうなった理由は各々の知るところだろう。今こそ我らは結束する時である。第二、第三のルドラに備えて」

「無論、そのつもりできた。で、例のアレにするのはそこの者達でいいのか」


 ガルバラン王の言葉で、無数の視線が俺達に集まる。


 な、なんなんだ。

 どうしてこっちを見る。


「あー、先日は褒美について考えると話をしたな」

「まさか」

「我々で話し合った結果、漫遊旅団には英雄や勇者を超える『漫遊』の称号を与えることとなった」


 ひぇ、なにそれ。

 カエデはどうしてニコニコしているんだ。


「意味が分かんないのだけれど」

「新しい称号を作ったのだ」

「ひぃい」

「複数の国家が認める英傑に贈る新しい称号、それが漫遊だ」


 いや、いやだ。

 だから目立つのは嫌だって。


「称号は嫌だって言っただろ」

「知るか。余は是が非でも贈りたいのだ。文句があるなら死刑にするぞ」

「無茶苦茶だ」


 称号なんてごめんだ。

 俺にはそんなもの重荷でしかない。


 ましてや新しい称号なんて。


「とにかく受け取れ。返上したら死刑にするぞ」

「怖すぎるんだが」


 目の前に四つの宝石がはめ込まれた腕輪が置かれる。


「これは我らの感謝の印だ。近隣諸国には称号について通達を出しておく。広まるには多少時間のかかるが、必ず漫遊の称号が貴殿らを助けるだろう」


 国王に説き伏せられ、大人しく腕輪を受け取る。


 パーティーの名前が付いた称号。

 今夜は悪夢でうなされそうな予感がする。


 はぁぁ、参ったなぁ。 




 ぱきっ。




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