175話 戦士、いつものアレに頭を抱える
ビックスギアのとある屋敷に看板がかけられた。
ピカピカ輝く『調査団本部』の文字。
団長であるルブエが、これを見よと看板をバシバシ叩く。
「夢にまで見た我が調査団の本格拠点だぞ。ここから広大な異大陸の謎解きが始まるのだ。副団長、記念すべき今日を日誌にきっちり記しておけ!」
「こうして腰を据えて調査に励むことができるのも、漫遊旅団の皆様のおかげです。団長に代わって深く感謝を申し上げたい」
「おい、副団長、無視をするな」
「我々もお仲間の捜索にできる限り協力する所存。もちろん、こちらのことも気に掛けていただけるとありがたいですが」
副団長は眼鏡を押し上げながら淡々と話をする。
涙目のルブエは、彼の周りをぐるぐる回りながら無視するなと訴えていた。
だんだんと力関係が変わってきている気がする。
「トール殿?」
「あ、悪い。それじゃあ俺は行くから、後のことは頼んだぞ」
「承知いたしました。ご武運を」
ルブエと副団長に手を振り、俺はその場を後にした。
◇
ビックスギアの王都を出てしばらく。
三つ叉の道にさしかかり、俺達は足を止める。
「わたくし達はお伝えしたとおり、北へと向かいますわ」
「付いて行かなくて本当に大丈夫なのか」
「問題ないデース。ビックスギア国王直筆の書簡がありますデース。ここに来るまでにレベルアップもしましたし、一郎も付いてるから怖い物なしデースよ」
現在の二人のレベルは1500台だ。
念の為にと時間をかけて経験値を積ませたのだが、正直まだ不安はある。
だが、仲間を探すなら人手は多いに越したことはないのは確かだ。
ただでさえ異大陸は広大。
俺達だけでは一生かかっても見つけられないかもしれない。
「俺達は噂になっている漫遊旅団を追うつもりだ」
「トール様の偽物ですか。気になりますね。ずいぶんと活躍されているようですし」
そう、偽の漫遊旅団は俺達よりも有名なのだ。
ビックスギアの連中が耳にした噂も、俺達ではなく偽物の方である。
現在、西方では漫遊旅団なる冒険者パーティーが、次々と名のある魔物を狩っているそうだ。
構成メンバーは三人ともそれ以上とも言われている。
唯一はっきりしているのは、リーダーがトールである点だけだ。
「そうでしたわ。これを」
マリアンヌが胸の谷間から何かを取り出す。
それは鍵のような何か。
表面は金色だが、光の当たり具合で虹色に輝いていた。
握るとまだ温かい。
「これは?」
「トール様のお母様が遺されたものらしいですわ。詳しいことはわたくしにも分かりませんが、ケイオス様がトール様にと」
「伯父さんが……ありがとう。確かに受け取ったよ」
「どうかご武運を。カエデさん、フラウさん、トール様をよろしくお願いいたします」
「この命にかえても、必ずご主人様をお守りいたします」
「ちゃんと生きて戻りなさいよね。その時はフラウの美声を聞かせてあげるんだから」
モニカの乗った一郎が、寂しさから一鳴きする。
馬に乗ったマリアンヌは、モニカと共に北へと走り去る。
さて、俺達も旅を再開しないとな。
「ごしゅじんさま~」
「な、なんだよ、どうして泣きそうな顔なんだ」
「ご主人様が鍵を嬉しそうに握りしめて……」
「仕方ないわよカエデ。だって谷間から取り出したのよ、そりゃあおっぱい好きの主様ならヘラヘラして握りしめるわよ」
「違うからな。全然ヘラヘラして――してたな」
無意識にニヤけ顔になっていたらしい。
「ほら、行くぞ」
二人を連れて道を進む。
「――反応はないか」
導きの針を見ながら、昼食のベーコンを囓る。
この辺りにも仲間はいないらしい。
なんだかなぁ、思うのだがこのスクロール、本当に仲間を見つけてくれるのだろうか。
ヤツフサのじいさんにケチを付けたいわけじゃないが、こうもまったく反応がないと、そんな効果はないのではないかと疑ってしまう。
そういやこれって、別に人探しだけに使う物でもないんだよな。
探している物を示すスクロールって話しだし。
てことで『好きな相手』と条件を変えると、針はカエデを指し示し、それからフラウとパン太を指した。
……まぁ、ちゃんと機能はしてるみたいだ。
大雑把ではあるが。
「あむあむっ! おかわり!」
「急がなくてもまだありますよ」
「きゅう!」
「パン太さんも」
「ぢゅ」
「ふふ、鼠さんも……え?」
食事の場にいつの間にか岩鼠がいた。
そいつはきょとんとした顔となる。
「ん~、こいつ前に見た鼠と違うわね」
「きゅう」
「言われてみれば……野生の子でしょうか」
「ぢゅ?」
首を傾げたと思えば、勝手に果物を掴んで囓り出す。
敵意はないようで妙に人なつっこい。
触れてみるとふわふわしてて気持ちよかった。
「可愛いですね」
「誰かが飼ってたのかな。ずいぶんと人に慣れている」
「カエデも主様も、近づかない方がいいわよ。そいつらはフラウ達をベタベタにするんだから」
「きゅ!」
草むらから複数の鼠が顔を出した。
しばらく様子を窺い、安全だと分かると俺達の方へと一斉に駆け寄ってくる。
「ぢゅ」
「ぢゅう!」
「ぢゅ、ぢゅ」
「ちゅう~」
餌を求めているようだ。
甘えるように俺やカエデに顔を擦り付ける。
おおお、四方からのモフモフとは、ある意味では絶景だな。
これもロマン。
得がたい体験だ。
「ちょっと、前はあんなにしつこく追いかけてたじゃない! どうしてこっちには一匹も来ないの!?」
「きゅ、きゅう!」
「ぢゅ?」
訴えるフラウに、一匹の鼠が首を傾げた
ぱきっ。
例の音が俺の中から響いた。
それだけで俺は身体をビクンとさせる。
――貯蓄系の壊れる音。
最初の頃はなんだかんだ言いつつ嬉しかったのだが、今ではそれも恐怖でしかない。
望む望まず関係なく、スキルは俺をどこまでも強くしようとする。
俺はほどほどでいいんだ。
親しい人達を守れるくらいの力があればそれでいい。
ぱきぱきぱきっ。
《報告:スキル貯蓄のLvが上限に達しましたのでランクアップとなって支払われます》
《報告:スキル効果UPの効果によって支払いがランクアップとなりました》
《報告:スキル貯蓄が破損しました。修復にしばらくかかります》
《報告:痛覚完全遮断を取得しました》
《報告:金剛壁を取得しました》
《報告:自由自在投擲を取得しました》
《報告:ノーモーション瞬間最速を取得しました》
《報告:声援エナジーを取得しました》
ひぇ、ひぇええええ!?
聞いたこともないスキルばかりなんですけどぉおおお!?
と、とりあえず一つずつ確認しよう……。
痛覚完全遮断――文字通り痛覚を遮断する。オンオフはできるようで、常時痛みを感じないってことはなさそうだ。
金剛壁――戦士のスキル【鉄壁】の上位だろう。防御力が格段に上がり、下手な攻撃は全て弾いてくれるようだ。
自由自在投擲――竜騎士のスキルだと思われる。投げた物を自由に操作することができ、地面に落下するまでコントロールは続く。
ノーモーション瞬間最速――予備動作を行うことなく動くことができ、なおかつ一気に最高速度まで加速することができるようだ。ただ、肉体に相当の負荷をかけるようで、使用後は全身が痛かった。多用はできないようだ。
声援エナジー――これについては不明。使用しても効果は分からなかった。不明なスキルは慣れているので、これもいずれ効果が判明するだろうと考え放置することに。
また一歩、人外へと進んでしまった。
贅沢な悩みなのだろうが、やっぱりこれはこれで辛い。
そろそろ化け物と呼ばれて石を投げられるのではないだろうか。
いや、大丈夫だ。
この大陸にはヤバい奴らがわんさかいる。
俺程度、まだまだ小物。
てか、小物でいさせてくれ。
「俺は変哲もないどこにでもいるただの戦士なんだ。うん、まだ大丈夫」
「ぢゅ?」
鼠が首を傾げた。
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