173話 戦士とエルフ勇者
俺はとある部屋へと訪れる。
部屋の入り口にはビックスギアの兵士が警備をしており、俺を見るなり敬礼をしてすんなりと通してくれた。
部屋の中は簡素だ。
ベッドとテーブルと椅子、それから白いカーテンの揺れる窓があるだけ。
差し込む陽光を、ベッドにいるジグはぼんやりと眺めていた。
「調子はどうだ?」
「見ての通り」
あの戦い以来、彼は魂が抜けたように生きる気力を失っていた。
治療としてカエデの癒やしの波動を与えてはいるが、それもどこまで効いているのか判然としない。
それほどまでに受けた心の傷は深かった。
「ここを知る者は限られている。だから安心してくれ」
「……そうか」
「あいつには二度と手出しはさせない。どこに行こうと必ず探し出して殺す」
「できるのか。殺しても蘇るんだぞ」
彼はこちらへは向かず、声だけで反応した。
「五回殺せばいいだけだろ。簡単だ」
「口だけなら、なんとでも言える。今のエイドは自由に姿を変えることができるんだぞ。逃げようと思えばどこまででも逃げられる」
「いいや、あいつは逃げない。元親友だから分かるんだ。ああ見えて頑固で負けず嫌いだからな。お荷物だった俺にやられっぱなしなのは、我慢できないはずだ」
相づちもなくただただ話を聞いているだけのようだった。
今の彼には怒り狂うほどのエネルギーもない。
胸に空いた大きな穴が、巨大な喪失感が、感情を凍らせ停止させている。
穴の空いた器のごとく、気力が流れ出ていた。
支えにしていた全てが奪われたのだからこうなるのは当然だ。
「国に戻るのはしばらくやめておいた方がいい。生きていることを知られれば、再び命が狙われる危険がある」
「僕に成り代わろうとしているんだ。オリジナルが生きてちゃ不味いだろうね」
ジグは光の消えた目で、俺をちらりと覗いた。
彼には今後、このビックスギアに身へ寄せてもらい、心身の回復をしてもらう予定だ。
ただ、それがどのくらいかかるのかはまだ不明である。
とにかく彼には時間が必要だった。
「必要な物があれば外の兵に言ってくれ。すぐにそろえさせる」
「どうして、そこまで僕に構う」
再び視線は窓の外に向く。
「少し前の自分を重ねているからだろうな。俺もあいつに裏切られた」
「そうか」
「ああ」
ジグは会った時から好きではなかった。
正直、最初はセインに似ていると思っていた。
けれど、大切なものを奪われ絶望する姿を見て、彼は俺にそっくりだと感じた。
たまたまそう思っただけかもしれない。
たとえそうだとしても、俺はもう彼を放っておくことはできなかった。
「僕は、人を愛することを知らなかった。奪われる痛みを知らなかった」
その言葉は俺ではなく、自身に向けているようだった。
俺はそっと立ち上がり部屋を出る。
警備を兵士に任せ、光の差し込む廊下を進んだ。
それから中庭に出て一息つく。
脳裏によぎるのはセインの顔。
生き延びていただけでなく、異大陸にまで来ていたとは。
どうやったんだ。
あいつも転移で飛ばされたのか。
それとも別の方法があるのか。
ジグのステータスを奪った方法だって不明だ。
「あー、くそっ!」
がしがし頭を掻いた。
考えても分からん。
とにかく今はやるべきことを優先しよう。
いくつも同時にこなせるほど俺は賢くないんだ。
「ちゅぴぴ」
ぱたぱた。
チュピ美が木の枝に止まる。
どうやらカエデから伝言のようだ。
『ご主人様、国王が宮殿にお入りになりました。至急お戻りください』
伝言を伝えたチュピ美は、枝を揺らし飛び去った。
◇
王の間へとやってきた俺は、玉座を前にして未だ座ろうとしない国王を見つけた。
「陛下、どうかお座りください。そして、我らにそのお姿を」
「分かっておる。思いだしておるのだ。数えきれぬ臣下が散っていったこと、苦しい生活を民に強いたこと。ようやく取り戻せたのだな」
国王は玉座にゆっくりと腰を下ろす。
彼は目を閉じて座り心地を実感。
これまでの道のりを思い出しているのか長い沈黙があった。
「民よ、余は帰還した」
「国王陛下万歳!」
十数人の臣下が帰還を祝う。
皆ボロボロでその目に涙を浮かべ、国王も拳をぐっと握りしめ、何かを我慢するように唇をかみしめていた。
「トール殿よ、前に」
陛下の声に従い、俺は進み出る。
「此度の働き誠に素晴らしいものであった。魔王討伐に祖国の奪還、どちらも漫遊旅団抜きでは成すことはできなかった」
「大げさな。ちょっと手伝っただけだよ」
「謙遜などするな。その力はこの場にいる誰もが認めるところだ」
照れくさくて頬を掻く。
目立つのは好きではないが、認められるのは悪い気分じゃない。
「さて、漫遊旅団には報酬とは別に褒美を渡さねばならぬのだが、望みがあるならば遠慮なく申すがいい。できる限り希望に添う形にするとしよう」
「それなんだけど……最初に提示された報酬さえもらえればそれでいいかな」
俺の一言で、国王が声を荒げた。
「何を申すか! これだけのことをしておいて、金だけもらって逃げるつもりか! そのようなことは許さんぞ、ヘンゼルもそう思うであろう!」
「陛下のおっしゃる通り。この国の全ての民が漫遊旅団に感謝している。何か渡さねば気持ちが収まらん。この際なんでも良いから申すのだ」
そう言われてもな。
欲しい物なんてないんだよなぁ。
強いて言うなら早く飯を食って休みたいってこと。
色々あって精神的に疲れている。
そうだ、いっそのことそれをご褒美にしてもらうか。
ナイスアイデア、俺。
「美味い飯と美味い酒を用意してくれ。もちろん俺達だけじゃなく、街の外にいる他国の兵士にもだ」
「よかろう。もとよりそのつもりだった。だがしかし、まだまだ足りん。もっと欲を掻け。我が儘を言え。無欲では余が困るのだ」
国王もヘンゼルもしかめっ面で『そのくらい褒美でなくても用意する』と言いたそうだった。
困った。本当に困った。
マジでないんだよ。
普通の奴なら領地とか爵位とか欲しがるのだろうけど、俺の場合、流れの冒険者で目立つのは嫌いだからそういうのは全部アウト。
称号とかもっとない。
「ではこうしよう。トール殿に辺境伯の爵位を与え、充分な領地も与えることとする」
「待った! それは遠慮させてもらう!」
「なぜだ。良い提案だと思うのだが」
「俺はここに定住するつもりはないし、もらっても持て余すだけだ。何より目立ちすぎる。そういうのは柄じゃない」
「ふぅむ、ならば勇者の称号を授けるというのはどうだ?」
「それも断る」
国王とヘンゼルは『なんなんだこいつ』とばかりにあきれ顔となる。
分かる、そう思う気持ちはよく分かる。
けど、それらを受け取るわけにはいかないんだ。
貴族なんてものになるつもりはさらさらない。
「爵位も領地も称号も受け取らぬとは。仕方がない、しばし考える時間を設け、後ほど改めて褒美を授けるとしよう。良いな」
「それでいいいよ」
適当に返事をして部屋を出た。
「ご主人様!」
「悪い、待たせたな」
外に出れば、俺を待っていたカエデが駆け寄る。
フラウとパン太は、再会したナオミンと楽しそうに会話をしていた。
大部分のフェアリー軍はすでに帰還したようだが、まだナオミン率いる一部の部隊はビックスギアに駐留している。
ちなみにナオミンはアイノワのお姫様だそうだ。
事実を知った今でも、何かの冗談じゃないかと疑っている。
「マリアンヌ達は?」
「調査団の拠点となる建物を下見に行っています。今後はビックスギアを主としつつ、調査の手を広げる計画のようですから」
今後はこの国を足場に旅を続ければいいってことか。
ようやく帰る場所ができたって感じだな。
不意にフラウ達の会話が耳に入る。
「そうそう、白パンの黒バージョンをみたのよ」
「ウチのベッドに欲しいじゃん」
「ま、フカフカ具合なら圧倒的にこっちが上だったけどね。あいつ目から光を出してたけど、白パンも本当はああいうのできるんじゃない」
「きゅう!」
パン太はくわっと目を見開き力を込める。
が、一向に光線の出る気配はない。
すっかり落ち込んだパン太はカエデに泣きついた。
「攻撃できなくても、パン太さんには素晴らしい力があります。元気を出して」
「きゅ~」
「そうそう、フラウのベッドという大いなる力があるの」
「きゅうっ!」
キレたパン太がフラウに体当たりした。
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