172話 戦士と帰還した元親友


 ジグに剣を突き刺したままエイドが笑う。


「返せ、僕の顔を!」

「コピーしただけじゃないか。と言っても、奪ったのはそれだけじゃないんだけどね」


 彼はジグの耳元で「ちゅーちゅー」と囁く。


 それだけでジグは激しく動揺したようだった。


「それは!? いや、でも!」

「ステータスもちゃーんといただいたよ。君はただの夢みたいに思ってたけど」

「でも何も変わって――」

「君は錯覚したんだよ。ステータスを見たと思い込んでいた。でも実際は、ほら開いてみてごらん」


 ジグはステータスを開いて確認する。

 直後に彼は小さく悲鳴をあげた。


「レベルが10になってる!? スキルも全て消えた!?」

「消えたんじゃなくて僕が奪ったんだよ。ちなみにだけど、経験値をほんの少し残したのは僕の優しさだ。哀れみとも言うけど」


 部屋にエイドの笑い声が響いた。


 状況は掴みきれないが、明らかにエイドが悪であることは分かる。

 ジグを助けてやりたいが、人質にとられているような状態で迂闊に動くことができない。


「君のスキル意識誘導は優秀だよ。上手く使えばこうやって、錯覚させることもできるのだから。おかげで僕はより強くなれた」

「ち゛くしょう、ち゛くしょう」

「あれれ、泣いちゃった。こう見えて君のことは気に入っていたんだ。君は僕によく似ている。トールに翻弄されるところとか特にね。だから客観的に冷静に、以前の自分を深く反省することができた。感謝しているんだ」

「お前は、何者なんだ! 僕のステータスを返せよ!」

「だめぇええ、かえさなぁぁい。あっはははは!」


 エイドは楽しそうに会話をしながらも、ずっと俺の方に意識を向けていた。


 『動けばこいつを殺す』と無言で警告をしていた。


 どうすればいい。

 どうすればジグを助けられる。


 じり。僅かに足を動かす。


「動くなよ。お人好しの君がこいつを助けようとすることは計算の内だ」

「くっ」


 釘を刺されてしまった。

 やっぱり俺を警戒していたか。


「トール、僕はとても反省したんだ。以前の僕は無駄なプライドと欲に囚われ、現実がよく見えていなかった。あのような状態では思考が狭まり、短絡的な行動をとるのも仕方がない」

「やっぱりお前」

「ほんと、どうでもいいところで察しがいいよね。トールは」


 エイドの顔がぐにゃりと変わる。


 現れたのは死んだはずの、セインだった。


「死んだと思った? 思うよね、実際に死んだしさ」

「処刑されたはずだ! どうやって!?」

「こいつさ」


 セインは漆黒の鎧を叩く。


「リサは知らなかったみたいだが、この鎧とこのはセットだったんだ。二つ合わせることで解放されたのが『六花蘇生』だ」

「殺しても生き返る……?」

「リサには心の底から感謝しているよ、こんな素晴らしい装備をくれたことに。僕はたった一度のはずの人生を、六回も享受することができるのだから」


 お前らはどこまで俺達を苦しめるつもりだ。


 俺の中で眠っていた激しい怒りが沸々と湧き出す。


「そうそうその顔。ずっと見たかった」

「セィィィンン!!」

「僕はね、捨てたんだよ。勇者であることを。己に正直になり、邪悪に生きようって決めた。するとどうだろう、驚くほど晴れやかな気持ちになった。誰かのために身を粉にするなんて本当に愚かな行為だよ」


 セインから邪悪なオーラが噴き出す。


 冷たく、どす黒く、禍々しい空気。

 呼吸をするのも苦しい。


「これは改めての宣戦布告だ。君だけは僕の手で殺す。寝取りなんて回りくどいやり方はしない。正面から堂々とすりつぶしてやる。僕が今、最も望んでいるのは君の命を奪うことだ」

「だったら今すぐやってやる」

「それは遠慮するよ。3000クラスとやり合えるほどの力はまだないからね」


 セインは「出よ、グウェイル」と呟いた。


 奴の右手の刻印が輝き、俺達の前に黒い生き物が出現する。


 見た目はパン太そっくりだが、漆黒の毛に覆われ大きな一つ目がこちらをじっと見ていた。


「僕の、眷獣が!?」

「すごいだろ。この鎧――【簒奪さんだつ者の鎧】の力は。他者のレベルやスキルや眷獣を奪い取ることができる。ジョブを奪えない点については残念ではあったけど、それでも驚嘆すべき性能だよ」


 グウェイルはその目から一筋の光を放つ。


 光はいともたやすく俺の左大腿部を貫いた。

 痛みに膝を折る。


「追ってこられると面倒だからね。片足を封じさせてもらった」

「逃げるつもりか! 俺と戦え!」

「嫌だね。今やり合うのは自殺行為だ。本当、恐ろしい奴だよトールは。お荷物だったはずが、すっかり立場を逆転されてしまった。認めるよ、君は僕の人生最大の敵だ。出よ、シルクビア」


 セルティーナが魔法で背後の壁を破壊。

 奴はさらなる眷獣を呼び出す。


「逃げる前に、ジグ君にはもう一つ言っておかないとね」

「エイド、僕の物を返せ! 絶対に許さない!」

「おっと、暴れない暴れない。実はもう一人いただいちゃったんだよね」

「――ま、まさか、そんな」


「君の大好きなターニャちゃん、僕にベタ惚れなんだよ?」


 ジグの顔が絶望に染まる。

 セインは唾を飛ばして彼を笑った。


 ようやくジグの胸から剣が抜かれる。


 ジグは、魂が抜けたように床に身体を横たえる。


 今だ。

 セインを仕留める。


 動け、俺の足!


 立ち上がろうとしたところで、奴は煙玉を数個投げる。


 くそっ、煙幕のつもりか。

 ふざけやがって。


「ご主人様!」

「あいつは!? セインはどこだ!?」


 カエデが魔法で煙を吹き飛ばしたが、すでにセイン達の姿はなかった。


 やられた。

 まさか生きていたなんて。


「大丈夫ですかご主人様! すぐに手当を!」

「俺のことはいい。大した怪我じゃない」


 今はジグが心配だ。

 他の負傷者はカエデとフラウに任せ、俺は単身でジグに駆け寄った。


 そっとジグを抱き上げる。


 これは、ハイポーションでは治癒しきれない。


 エリクサーを使うしかないか。

 貴重な遺物を使うんだ、こんなことで死ぬなよ。


「回復薬だ。飲め」

「ごふっ、いらない。このまま死なせてくれ……」

「しっかりしろ。なに弱気になっているんだ」

「ターニャが、僕は、彼女のことが好きだったんだ。この旅が終わったら魔王を倒した勇者として、彼女を迎えに行こうと」


 彼は突然、俺の胸ぐらを掴んだ。


「あいつを、殺してくれ! 貴様のことは大嫌いだ、でも、これだけは頭を下げて頼む! 僕から全てを奪ったあいつだけは、絶対に許さない!!」


 ジグの気持ちが俺にはよく理解できた。


 その奪われる痛みを、俺も味わったからだ。


 彼は、俺だ。


 あの日の俺。


「セインは今度こそ俺が殺す。約束する」

「誓え」

「ああ、誓う」


 ジグはエリクサーに口を付けた。


 これで傷は塞がる。

 それでも念の為にしばらくは安静にした方が良い。


「歩けるか?」

「誰に言っている。僕は勇者だぞ」


 生意気に返事をするが、ジグの目は生気を失ったように暗い。


 その態度がただの空元気であることは明らかだ。

 俺に肩を借りて歩きつつ、ぽたぽたと床に滴が落ちていた。


「ありがとう、君がいてくれてほんとうに良かった。僕は、間違ってた、なにもかも、間違ってたんだ」


 ジグは鼻水を垂らしながら、勇者とは思えないような顔で泣いていた。

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