171話 戦士と魔王と勇者と
ビックスギアの宮殿に到着。
俺達は異様な静けさに警戒する。
宮殿内部には魔族の死体がいくつもあり、激しく争った形跡が確認できた。
ヘンゼルのおっさんの仕業だろう。
「こちらからヘンゼルさんの臭いがいたします。それと血の臭いも」
「急いだ方がいいんじゃない?」
カエデの嗅覚を頼りに宮殿内を進む。
目的地に近づくほどに血の臭いが濃くなり、武器と打ち合う音が大きくなっていた。
俺達は戦いの場へと飛び込む。
「ヘンゼル!」
「来たか、漫遊旅団!」
ヘンゼルは見た目では想像できない素早い動きで、敵の曲剣を躱し続ける。
盛り上がった筋肉に、見上げるような身長と凶悪な面構え。
彼に攻撃を続ける男こそが魔王ルドラ。
部屋の中には同行した兵士が倒れている。
死んでいる者もいれば、負傷して動けない者も見受けられた。
「ぬぐっ!?」
ヘンゼルは槍で防御するも曲刀に込められた力はすさまじく、彼は背中から壁へと叩きつけられる。
「おっさん! 大丈夫か!」
「頼む、あいつを倒してくれ、もうあんたらだけが頼りなんだ……」
「カエデ、おっさんの手当を!」
「承知しました」
俺とフラウは武器を抜いてルドラと相対した。
奴は薄ら笑いを浮かべ曲剣を構える。
「待っていたぞ勇者よ。親衛隊が戻らぬ時点で、貴様らがここへ来ることは予想していた」
「勇者じゃなくて、ただの戦士だけどな」
「これでこのルドラを追い詰めたつもりか勇者よ。笑止。我は今までのような半端な者共とは違うぞ。いかに貴様が強くとも決して我に勝つことはできん」
「ただの戦士って言ってるだろ」
「だが、正直貴様らには驚嘆した。中央部より遠く離れたこの地で、ロズウェル以外に注意を払うべき存在はいないと思い込んでいた。貴様のような勇者がいたとは誤算だったぞ」
「ただの戦士だって」
「ええい、この期に及んでまだ隠すとは! すでに貴様が勇者だと割れている!」
だから、ただの戦士なんだって。
勇者なんて言ったの誰だよ。
それともジグと俺を勘違いしてる?
あ、こいつ勝手に納得しやがった。
「戦う前に一つ良いことを教えてやろう。我が纏いしこれは【闇のマント】と呼ばれている希少な遺物でな、勇者のジョブが起こすレベル低下を防ぐ効果がある」
「ふーん、そうなのか」
「平静を装わなくともよい。我には貴様の動揺が手に取るように分かるぞ」
いや、全然驚いていないのだが。
それよりもこいつのレベルやスキルが気になる。
勝ち目があると踏んでここまで来たが、間近で見てみないとはっきりしないことも多い。
振り返ってカエデに質問する。
「こいつのレベルは?」
「2472ですね。特別注意するようなスキルは持っていないようですが」
「主様!」
前方に視線を戻せば、ルドラの身体からミミズのような生き物が湧き出していた。
それらはぼとぼと床に落ち、みるみる膨れ上がる。
これが邪竜の正体か。
言葉を解することができたのもこいつが生み出したからなのだろう。
「これは禁忌の魔法により生み出された我が使い魔。どうだ、実に美しい姿をしているだろう? 魂と肉と魔力を分けたこのルドラの分身は――」
「気持ち悪っ、気持ち悪っ」
フラウがハンマーで、三十㎝ほどのミミズをばしばし潰す。
「我が、使い魔が……よくも!」
大剣と曲刀がぶつかる。
至近距離で魔王が頭突きをかますが、即座に反応した俺も頭突きをする。
「ぐあっ!? なんだその石頭!?」
「石頭で悪かったな」
「ぬぐぁぁっ!?」
マントの裾を足で踏みつけ、ルドラを転ばせた。
長い布をひらひらさせてるからだ。
奴は咄嗟に炎の魔法を使うが、俺は片手で受け止め握りつぶす。
「ばかなぁぁああ!? 魔王の魔法だぞ!??」
「リサの魔法の方が強力だったかもな」
「やめて、やめてくれ」
「じゃあな」
切っ先をルドラの心臓に突き立てた。
俺は付着した血を振り払い、大剣を背中に戻す。
これでビックスギア国王の依頼は達成された。
「魔王が! 僕の魔王が!」
声に振り返る。
そこにいたのはペタダウスの勇者ジグ。
二人の仲間もいた。
「漫遊旅団、また貴様らか! そいつは僕の獲物だったんだぞ!」
「後から来て横取り呼ばわりかよ」
「どけ! こいつは僕が倒したことにしなければ!」
ジグは俺を押し退け魔王の元へ。
それから剣を抜いて胸を何度も突く。
「ちょっとあんた、主様に謝りなさいよ!」
フラウがぷんぷん怒る。
手当を行っているカエデも黙っているが不機嫌な様子だ。
「ははははっ、魔王を倒したのはこの僕だ。こいつはまだ息があった。たった今、この僕が殺したんだ」
「手柄が欲しいなら譲ってやるさ。どうしても報酬が欲しいってわけじゃないからな」
「なんだその態度、勇者である僕を侮辱する気か」
「そういうわけじゃ……相変わらず話の通じない奴だな」
関わり合いになりたくないので、さっさと負傷者を手当てして退散しよう。
振り返った瞬間、肉を割くような嫌な音が聞こえた。
「え、あ? これなんだ?」
「ジグ!?」
ジグの胸から、刃が突き出ていた。
ごぼり、とジグの口から血液が流れ出る。
「君はもう用済みだ。今までご苦労だったね」
「エイド、貴様、なんのつもりだ……」
ジグを刺したのは、仲間であるはずの漆黒のフルアーマーを付けた男だった。
「なぜって、決まっているじゃないか。裏切りだよ。頼れる良い仲間を演じていたから油断しちゃったかな」
「どうして、まさか、封印を解いてやらなかったから?」
「違う違う。そっちは結構前に諦めて、もうどうでも良くなったんだ。それにあれは思ったほど奪う喜びを得られなかった。やっぱり便利な物に頼ってはダメだね」
エイドは以前とは違って、口調が変わり妙に口が軽い。
その声色や話し方は、まるでアイツのようだ。
あり得ないことだ。
アイツは死刑になった。
こんなところにいるはずないんだ。
「セルティーナ、助けてくれ、エイドが、エイドが、裏切った……」
ジグはもう一人の仲間へ手を伸ばす。
「悲しいねジグ☆ だけど大丈夫、エイドがジグの全てを引き継いでくれるから☆」
「何を、言っているんだ?」
「ジグはもう一番のジグじゃないの☆ ずばり二番目だぞ☆」
エイドが床に兜を脱ぎ捨てる。
部屋の中で、堅い音が反響した。
兜の下から現れたのは、ジグの顔だった。
「ありがとう。君の顔をもらったよ」
「貴様、貴様! やっぱり僕の顔をコピーしていたのか!!」
「あはは、怒ると出血が増えるよ」
「ふざけるな! どうやって、どうやって顔を変えたんだ! あの時は、違う顔だったのに!」
「これのことかな?」
エイドの顔がぐにゃりと変化し、全くの別人になってしまう。
彼は好青年の顔で舌を出して笑った。
「ごちそうさま」
「……なんのこと、だ?」
「とても美味しくいただいたよ」
「セル、ティーナか」
「そうそう、その顔! きもちいいいい!」
ジグは憤怒の顔となった。
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