170話 仲間の勇気に戦士の剣はより速くより強く
丸腰のまま敵軍の前へ。
一万の魔族の兵から鋭く冷たい視線が向けられた。
動けない。どうしたものか。
敵兵の前には首筋に刃を当てられたドワーフ達がいる。
残されたビックスギアの住人だ。
老若男女関係なく、ぼろきれのような服を着せられ、その顔は疲れ果て絶望に満ちている。
数は千人ほど、どんなに速く動いても助けられるのは数人だ。
数人を救出している間に、数百人が殺される。
間に合わない。
俺の身体能力を以てしても。
グルルルル。
さらに周囲では、五体のミニ邪竜が俺を警戒している。
「これが噂の漫遊旅団か。見た目はどこにでもいるヒューマンだな」
鎧を着込んだ細身の男が近づいてじろじろ観察する。
「あんたは?」
「新たな三鬼将のマッパだ」
マッパが腕を振ると、地面から鎖が飛び出し俺の身体を縛る。
「力が、抜ける……?」
「その鎖は減力鎖と呼ばれる貴重な遺物だ。高レベル者であっても、振りほどくことはできない。対ロズウェルにルドラ様が用意した品だ」
ヤバい。力が入らないぞ。
こっちにはこんな遺物まであるのか。
「心配するな。防御力までは落ちん。我々としても簡単に死なれては困るからな。貴様のようなルドラ様に刃向かう輩は、徹底的に甚振って殺さねば、なっ!」
いきなり顔面を殴られる。
が、ほぼノーダメージだった。
「くくく、平然としていられるのも今のうちだぞ」
「…………」
「どうだっ! 効くだろっ! このレベル1521のマッパ様のパンチは!」
何度も何度も殴られるが、ぜんぜん痛くない。
「なかなか頑丈だな。よし、さらなる恐怖を与えてやろう」
マッパが電撃の魔法を使用する。
ぴりっと痺れた。
魔力の多さは魔力抵抗に直結する。
俺は馬鹿みたいに魔力が多いので、常人なら悲鳴をあげている魔法でも、ダメージが大幅に軽減されてしまう。
「苦しいだろう。もっと喰らわせてやるぞ」
「くっ……」
いつまで続けるんだ。
ずっとぴりぴりして嫌な気分。
肉体的ダメージはないが、精神的ダメージは大きい。
非常に不快だ。
「これでも悲鳴をあげないか。おい、鞭を持ってこい!」
びしっ、マッパの振り下ろす鞭が当たる。
僅かにひりひりした。
いずれ奴も効いていないことに気が付くはずだ。
そうなれば本当にダメージが入る方法を用意するだろう。
そうなる前に、人質を解放しなければ。
「さて、ここからが本番だ。このマッパ様は、精神ダメージなるスキルを有していてな、たとえば――」
「ぐうっ!?」
久しく感じなかった痛みが身体に走る。
違う。これは肉体的痛みではない。
精神的な痛みが、肉体的痛みと錯覚しているのだ。
今の俺にとって最悪のスキル。
「あぐ、うぐ、うぎ」
「このスキルの前では、いかに鍛え上げられた男でものたうち回り殺してくれと懇願する。苦しいだろう、辛いだろう、痛いだろう。無様に泣いていいぞ。笑ってやる」
痛みで考えがまとまらない。
人質さえ解放されればこんな奴ら。
どささ。
敵の兵士がばたばたと倒れる。
なんだ?
何が起きた??
だが、マッパは味方の異変に気が付いていない。
「それそれそれ、もっと激しくしてやる!」
「うぎぎっ!」
鞭が身体を激しく叩く。
ばたた。
またもや敵の兵が倒れる。
兵士達も異変に気が付きざわつき始めていた。
あれは……。
敵兵の影から尻尾のようなものが飛び出し、一瞬にして敵の頭部を貫く。
さらに他の影から犬のような生き物が次々に飛び出し、容赦なく兵士の首へと噛みついた。
瞬く間に敵軍は混乱状態。
もはや奴隷に意識を向ける余裕はなくなっていた。
「奴隷から離れるな! 元の位置に戻れ!」
「マッパ様! あれを!」
兵士の一人が遠方を指さす。
俺も振り返って確認すれば、地平線より猛然と駆ける何かがいた。
武装した人だ。
それも数え切れないほどいる。
先頭を走るのは、岩鼠に乗ったカエデとフラウ。
「ごしゅじんさま~、援軍で~す!」
マジかよ。
すげぇありがたい。助かった。
でも、事前の打ち合わせでは援軍はないって言ってたはずだが。
俺は見覚えのある面々を見つけて目を見開いた。
「あたしに続けぇ! トール殿をお助けしたと日誌に書くのだ!」
うぉおおおおおおっ!!
三郎に乗るルブエが、ガルバラン軍を率いて敵の左翼に襲いかかる。
ちなみにガルバラン軍はカエデLoveの旗を掲げていた。
勢いも援軍の中で一番だ。
「ガンガン攻めるデース! エルフとダークエルフの連係攻撃に戦慄するのデース!」
次郎に乗るモニカが指示を出す。
ダークエルフを乗せた白黒模様の大蛇が敵に牙を突き立てる。
同様に大蛇の胴体に乗ったエルフが、精霊魔法を行使し、魔族を遠距離から攻撃する。
あの大蛇は召喚魔法で呼び出したのだろうか。
「ここらでいいっしょ! 鬼活躍して来るじゃん!」
「がるっ!」
地面に大きな影が落ちる。
見上げればフェアリーが群を成し、大きな塊を放り投げていた。
塊は目の前で着地。
その重量から大地を揺らす。
巨躯を目の前にして、マッパは歯をカタカタ鳴らしながら尻餅を突いた。
「ベ、ベヒーモス、がなんでここに」
「ぐるわぁああああ!!」
「ひぃいいいい」
マッパは咆哮にさらに震える。
一郎に乗るのはよく知った人物だった。
ロアーヌ伯爵の娘マリアンヌ。
「ああ、トール様、ようやく会えましたわ。わたくし達、間に合ったのですわね」
一郎から降りた彼女は、俺を縛っていた鎖を解く。
「とりあえず詳しい話は後で聞くよ」
「承知しましたわ」
俺は首を鳴らし、なんとか立ち上がったマッパに目を向ける。
「なんだか形勢逆転だな」
「卑怯だぞ、援軍を呼ぶなんて!」
「お前が言うな」
マッパは鞭で激しく俺を叩く。
三十回ほど叩いたところで、平然とする俺にガクガクと震えた。
「効いて、なかった?」
「言い忘れていたが、俺さ、レベル3000台なんだ」
「――え、あ、やべ」
デコピンでマッパの頭部を消し飛ばした。
指揮官を片づけたところでカエデ達が合流する。
「ご主人様! ご主人様、ご主人様、ご主人様!!」
「おいおい、泣くなって」
「あるじさまー! うわーん!」
「俺の服で鼻水を拭くな」
泣きながら抱きつく二人の奴隷に、つい安心して頬が緩む。
あんな奴に殺されるつもりはなかった。
ただ、人質を見捨てる覚悟がなかなか決まらなかっただけだ。
助けられるなら助けたい、そう考えていたのだが。
「グォオオオオオオオ!」
「フェアリーの怖さ、鬼知るじゃん」
ミニ邪竜を無数のフェアリーがとりついて攻撃する。
巨体をくねらせ痛みに藻掻いていた。
残りの四体も援軍が攻撃を行い、俺達に近づけないように牽制している。
「カエデ、フラウ、さっさと戦いを終わらせるぞ」
「はいっ!」
「りょーかいよ!」
チュピ美達にも命令し、援軍の手助けを命令する。
カエデから大剣を受け取り、俺は一郎にまたがって一気に駆ける。
「一匹目!」
一郎のジャンプに合わせ、大剣で一閃。
邪竜の胴体を真っ二つに。
邪竜には驚異的な再生能力があるが、一時的にでも戦闘不能にしまえば、あとは援軍がきっちり始末してくれる。
焼いてしまえば再生もできないだろ。
「二匹目! 三匹目!」
二匹のミニ邪竜を斬る。
いいぞ一郎、俺と呼吸がぴったりだな。
残りは二匹だ。
「四!」
四匹目を両断。
俺と一郎は縦に割れた邪竜の間を通り抜け、着地と同時に最後の一匹目指して駆ける。
「グォオオオオオ!」
粘液の垂れる大口を開け、最後の一匹が俺を飲み込もうとしていた。
ふと思う。
邪竜の体内はある意味では絶景ではないだろうか。
少なくとも普段見られる光景ではない。
「そのまま飛び込め!」
一郎は大口へ入る。
おお、これが中身か。
グロいな。
刹那に大剣を振る。
みじん切りだ。
邪竜の肉がばらけ、一郎と俺は血と肉片を浴びながら、邪竜の向こう側へと抜ける。
一郎は滑るようにして地面へ着地。
頭部を失った邪竜は横たわった。
「このまま魔王の元へ行く」
「付いて行きます!」
「フラウも!」
一郎は街の門を体当たりでぶち破り、街の中を勢いよく駆けた。
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