169話 涙目のサムライに戦士は心躍る


 鉄の球を投げまくる。

 遠方では轟音と土煙がもうもうとあがっていた。


「悪いな、まともに戦わなくてっ!」


 レベル3000台の肩から投げられる球は、すさまじい速度で目標に到達、その威力は地面をえぐって魔族の兵を吹き飛ばす。


 土柱が上がる度に人らしき影が宙を舞っていた。


 卑怯?

 まぁ、そうかもしれない。

 

 けど、こっちはたった三人、対する敵は三千だ。


 まともに相手なんてしてられない。

 一対一は好きだが、多数相手はちょっとな。


「敵が動き出しました」

「不利だってことにようやく気が付いたみたいね」


 うぉおおおおおおおおっ!!


 ルドラ軍が猛然と駆ける。

 陣形を保つ余裕もないようで、がむしゃらに向かってきていた。


「フェアリー魔球三号! どりゃあああ!」


 フラウの投げた球が敵の左翼を削る。


 技名的なあれか。

 じゃあ俺も。


「トールスペシャル大ストレート!」


 本気で球を投げると、球は手元から離れると同時に爆発して消える。


 あー、まじか。

 粗悪だから本気の投球には耐えられないみたいだ。


 てことで引き続き手加減しての投げに戻る。


「うぉおおおお、くそがぁぁああ!」


 球を掻い潜りながら叫ぶ男がいた。

 そいつは涙目で先頭を駆ける。


 実に見事な走りだ。


「あいつは?」

「チバという名前の三鬼将のようです」


 チバは中肉中背の黒髪の男だ。

 しかもヒューマンだ。


 武器は見慣れない細い曲刀。


 もしかしてカタナって奴じゃ。


 むこうでも武器としてあったのを覚えている。


 切れ味はいいが、扱いが難しくて使い手がほとんどいなかったんだよな。

 その代わり使いこなせれば相当に強い武器でもある。


 そろそろ球も尽きそうだ。


 物理的な遠距離攻撃はここでおしまいにするか。


「カエデ」

「かしこまりました。ツイントルネード、アイスエイジ!」


 二つの鉄扇を広げたカエデは風と氷の魔法を解き放つ。


 発生した極寒の竜巻が敵を舞い上げながら凍らせた。


「ざぶぅうううううっ! こおるぅううう!」


 未だ走るチバは、歯をカタカタ鳴らしていた。


 あいつ、なかなか粘るな。

 さすが三鬼将。


 カエデは連続してツイントルネードとアイスエイジを放っていた。


 戦場はすでに地獄絵図。


 無数の竜巻が魔族の軍を容赦なく襲う。


 それでもチバ率いる数百が、ど真ん中を抜ける。

 正直、敵ながら感心してしまう。


 チバ、すごい奴なのかもしれない。


「フェアリーフラッシュ!」

「ぎゃぁああああ、目が! なんだこりゃああ!!」


 フラウの激しい閃光が敵を襲う。


 視界が効かなくなったチバ達は、明後日の方向へと走りバラバラとなる。


 だが、チバだけはまっすぐこちらへと向かっていた。

 目を閉じているにもかかわらず。


 すごい、あいつすごいぞ!


 敵ながらあっぱれだ!

 戦士として興奮してしまう!


「はぁ、はぁ、き、貴様が敵か! いざ尋常に勝負せよ!」


 俺の元へたどり着いたチバが、泣き顔でカタナを構えた。


 目が見えていないせいか、俺ではなくカエデに向かってだが。


「私が」

「いや、ここは俺がやる。二人は引き続き敵の始末を。チュピ美はロー助に指示を出し、ワイバーン部隊を片づけてくれ」

「かしこまりました」

「おーけー」

「ちゅぴぴ」


 背中の大剣を抜く。


「漫遊旅団のトールだ」

「三鬼将が一人チバ。その勇名は聞いている。幾度となくルドラ様の覇道を阻み、とうとう討ち果たしにここまで来たとな。たった三名で挑むその気概まことにあっぱれ。だがしかし、それもここまでだ」


 彼は「この者は拙者が相手する。残りの二人を片付けておけ」といない仲間へ指示を出した。


 未だ視覚は麻痺しており、背後に仲間がいると思い込んでいるようだ。

 離れた場所でカエデとフラウに、ばたばた倒されていることを伝えるべきだろうか。


「目が戻るまで待ってもいいんだぞ」

「ふははは、いらぬ心配。拙者には貴様の動きなど、見えていなくとも手に取るように分かる。正々堂々に戦うその姿勢は褒めておくがな」

「そうか」

「いくぞ、戦の開始だ!」


 チバがカタナを構え、間合いをはかる。


 読みがいいのか特殊な訓練を積んでいるのか、はたまた気配を読むことのできるスキルを有しているのか。

 目の見えない状態でも俺を認識しているようだ。


「だぁっ!」

「ふっ」


 ぎぃぃん。

 剣とカタナがぶつかる。


 打ち込みの力が逃がされた感触があった。


 細身の武器なだけに、武器破壊を警戒しているのか。


 チバは素早く次の攻撃を繰り出す。


 無駄な動きがなく流れるように連続攻撃へと繋げる。


 決して驚くほど速いわけではない。

 むしろ遅いくらいだ。


 なのに気が付けば刃がすぐ近くまで迫っている。


 なんだこいつ。


「受けばかりでは勝利にはほど遠いぞ漫遊! この程度まだまだ小手調べぞ!」


 攻撃の速度が上がり、苛烈さが増す。


 目が見えなくてこれだ。

 もしかしたら三鬼将の中で一番強いのかも。


「顔も見ぬまま殺すことになろうとはな。だが、これも運命。我が主君の為に死んでもらう」


 俺は受けに徹しながら、模倣師で動きを学んでいた。


 こいつは技術で俺より上だ。

 ムゲンのじいさんとは違う強さがある。


 カタナを扱う技術が大剣で使えるのかは微妙だが。


「おお、目が戻り始めた。これで貴様と――」

「ご主人様!」


 カエデの声が聞こえた後、すぐ近くで爆発が起きる。


 俺とチバは衝撃で吹き飛ばされた。


「なんだ、いったい……」


 身体を起こしひとまず状況を確認する。


 戦場に無数の爆発が起きていた。


 どうやら魔法攻撃のようだ。

 王都から放たれた魔法が雨のように降り注いでいる。


 味方がいるのに大規模攻撃かよ。


 チバはどうした、と周囲を確認。

 奴は倒れたままだ。


 気絶したのか、死んだのか、どちらにしろ仕えた主君が悪かったとしか言いようがない。


「ちゅぴぴ!」

「くら~」


 チュピ美はロー助を戻し、クラたんに傘の役割を命じた。


 戻ってきたカエデとフラウは、俺と同じくクラたんの傘の下に逃げ込んだ。


「無茶苦茶よ。味方も殺すなんて」

「私達が囮であったように、彼らも足止め役だったのでしょう」

「あれが本隊か」


 遺物の双眼鏡で王都の入り口を確認。


 続々と本隊が隊列を組んでおり、その数はざっと一万余り。

 やはり三人に向ける戦力じゃない。


 さらに兵達は別の何かを街より連れ出す。


 あれは、奴隷?


 首輪をはめられたドワーフ達が兵の前に並べられた。


 遠方より声が聞こえる。


『ただちに降伏せよ。抵抗すれば、ここにいる罪なき民が血を流すこととなるだろう』


 人質のつもりか。

 やってくれる。


『貴様らが勇者であることはすでに把握済みだ。なぁ、漫遊旅団』


 話は続く。


『どこの誰に頼まれたかは知らんが、このルドラを倒そうなどと片腹痛い。勇者など敵ではないわ。我が配下を見て震えるがいい』


 ずどぉおおおおおお。


 地面から五体の邪竜が顔を出した。


 サイズは以前見たものより何倍も小さいが、それでも充分にデカい。


『武器を捨て前に出ろ。貴様が犠牲になれば仲間は見逃してやる』


 なるほど。取引ってわけか。

 俺が死ぬ代わりにカエデとフラウは殺さないと。


 下手に動けば人質が殺される。


 ここはひとまず従うしかない。


「ご主人様!」

「主様!?」

「二人とも動くな。俺がなんとかする」

「ですが!」


 大剣を捨て、俺は丸腰で敵軍へと向かった。


 さて、どうするかな。

 地味にピンチだ。

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