168話 鼠の頬袋が膨らみ戦士は玉を投げる
ヘンゼルのおっさんが木箱を置く。
現在は蛮族スタイルをやめ、鎧を着込んだ将軍らしい恰好だ。
「いでで」
「無理すんなおっさん」
「このくらいどうってことない。ドワーフの身体はヒューマンよりも頑丈にできているって知らないのか」
「知らん。つーか、あんまり動くと傷口が開くぞ」
「そんときはあのビーストのお嬢さんに頼むさ」
彼は腹部に包帯を巻いていた。
カエデのスキルで塞いではいるが、まだ完治したとは言えずダメージは残っている。
タフなのは認めるが今は安静にするべきじゃないだろうか。
「じっとしていると余計なことを考えてしまう。頼むから放っておいてくれ」
「分かったよ」
おっさんの真剣な目に俺は頷くしかできない。
先ほどの戦いで少なくない犠牲者を生んだ。
集落の場所も知られ、のんびりしていられない状況。
国王は最後となるだろう、祖国奪還作戦を命じた。
そして、現在。
王都の近くへ物資を運び込み、着々と突入の準備を進めている。
「おい、若いの。注文されたとおりの品を作ったぞ」
「サンキュウ」
武器屋の店主が馬車で運び込む。
俺は荷台へと回り、木箱の中身を確認した。
「注文通り鉄の球を三百個ほど作った。しかし、こんなのが本当に役に立つのかね」
「立つんだよ。俺みたいな奴にはさ」
木箱に入った鉄の球を確認しつつ、店主に返事をする。
質は下の下、作りも雑。
だが、これでいい。
「皆さ~ん、お食事ができましたよ~」
カエデが俺達へ声をかける。
五十人の兵は鼻の下を伸ばしてデレっとした。
相変わらずウチの奴隷はどこに行ってもモテモテだ。
「――漫遊旅団には囮を頼みたい」
「派手に暴れろってことか」
パンをちぎりつつ俺はヘンゼルの言葉へ応じる。
王都へ攻め込む部隊は二つ。
堂々と真正面から王都へ攻め込む部隊と、密かに内部へと攻め込む部隊だ。
あくまでも俺達は保険であり、本命はヘンゼルの率いる討伐部隊。
「おっさんらだけで勝てるのか。魔王に」
「その為にガルバランへ遠出までして、遺物をこつこつと集めてきた」
おっさんは袋をひっくり返し、テーブルに遺物をぶちまける。
が、俺には何が何だかさっぱりだ。
傍で控えていたエプロン姿のカエデが、鑑定で一つずつ効果を確認する。
「マジックシールドのスクロール、魔力封じの鎖、粘着玉、閃光玉、身体強化薬、魔力増強薬、それからスキル封じのスクロール」
マジックシールドのスクロールは、一定時間魔法を防ぐ膜を作り出す。
魔力封じの鎖は、縛った者の魔力を封じ込めることができる。
粘着玉はべたべたした粘液が飛び出す玉で、閃光玉は破裂すると眩い閃光を発する玉だ。
身体強化薬と魔力増強薬はその名の通り、筋力と魔力を一時的に増強するわけだが、副作用として肉体にかなりの負荷がかかる。
二つ同時に使えばしばらく動けなくなるだろう。
最後のスクロールはよく知っているので割愛する。
「よくこれだけ集めたな。金なんてほとんどなかっただろ」
「陛下の私物を少々売り払ってな。結婚指輪まで売っていただいたのだ、この作戦は必ず成功させなくてはいけない」
「本気なんだな」
「もう後はない」
俺はマジックストレージを広げ、今まで集めた遺物をそれらに追加する。
ハイポーション。
最上級解毒薬。
最上級解呪薬。
身体強化薬。
魔力増強薬。
煙玉。
速度上昇の指輪などなど。
どうせ売っても大した金額にはならないものばかり。
今の俺達には使いどころなくて死蔵していた。
道具だって真に必要とする者に使われたいだろう。
「いいのか……こんなに」
「死なれたら目覚めが悪いだろ。俺は明日も明後日も、美味い飯を食って美味い酒を飲みたい」
「すまんな。恩に着る」
「無理だと判断したならすぐにでも煙玉をあげろ」
ヘンゼルの部隊が失敗した場合、赤い煙玉をあげることになっている。
その後、彼らは撤退し、表にいる俺達にルドラ討伐の任が移る。
ま、おっさんらが宮殿へ着く頃には、俺達も敵の軍を壊滅させてるかもな。
よほど強い敵が出ない限り。
「そう言えば、フラウはどうした。パン太も」
「おかしいですね。先ほどまでこの辺りにいたのですが」
「ぢゅ」
岩鼠が両頬を膨らませていた。
……まさかな。
しかし、フラウ&パン太とよく遊んでいるのはこの鼠だ。
一応聞いてみるか。
「お前、フラウとパン太を知らないか?」
「ここよ、主様フラウはここよ!」
「きゅ!」
「ぢゅう?」
鼠の頬がモコモコ動き、中から声が聞こえる。
鼠がぺっ、と吐き出したのは一人と一匹だった。
「あんた、助けてあげたのに恩を仇で返すなんて!」
「きゅう、きゅきゅ!」
「ぢゅ~?」
鼠は露骨に馬鹿にしたような表情を浮かべ、俺の方へと近づき顔を擦り付ける。
こいつふわふわしてて気持ちいいな。
顔つきも鼠よりも太ったリスに近い感じだしさ。
「可愛らしいですね」
「だな」
「ぢゅ」
カエデと一緒に頭や背中をさすってやる。
鼠は顔を前足でくしくししてリラックスしていた。
「だまされないで、そいつは敵よ!」
「きゅう、きゅう!」
フラウとパン太がなにやら訴えていたが、食事会は滞りなく進んだ。
◇
俺達は足を止める。
前方には目的地のビックスギアの王都があった。
だが、ルドラの兵が横に展開し行く手を阻む。
兵数はおよそ三千。
たった三人に向けて放つ数ではない。
待ち構えている点には引っかかり覚える。
こちらの動きが読まれていたか。
「ずいぶん警戒しているみたいね」
「ご主人様へ敵意を向けるなんて、とても正気とは思えません。本来ならば即時降伏し投降するべきなのです」
「そうよね、投降すれば生き延びることもできるのに」
「何をおっしゃっているのですかフラウさん。ご主人様に刃向かった時点で万死に値する愚行です。たとえ降伏しても死は免れませんよ?」
「あんた時々、怖いわよね」
フラウもカエデも戦いを前にして緊張はしていないようだ。
いい意味でリラックスしている。
魔王と戦うのはこれが初めてではない。だからだろう。
「きゅう!」
「お前は戻れ」
「きゅう、きゅう!」
パン太がいやいやと身体を横に振り、自分も戦う的な訴えをする。
気持ちは嬉しいが人には向き不向きがある。
特に眷獣は明確な目的があって作られた存在、戦闘用ではないパン太では荷が重すぎる。
頭を撫でて「分かってくれ」と強引に刻印に戻した。
「ロー助、チュピ美、クラたん出ろ」
「しゃ!」
「ちゅぴぴ!」
「くら~」
三体の眷獣が出現し、即座に戦闘態勢へと移行する。
まだ敵とは距離があるが、すでに向こうはこちらに気が付いているだろう。
王都から続々とワイバーンが飛び立っている。
向こうも油断はない、ということか。
「じゃあ始めるか」
「はい」
「りょーかい」
よっこらしょ、とマジックストレージから鉄の球が収められた木箱を持ち出す。
俺達はそれぞれ球を掴んだ。
球は三百個ある。
これだけあればそこそこ数を減らせる。
「せーのっ」
俺はかるーく球を敵へと投げた。
どぉおおん。
敵のど真ん中で土煙があがった。
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