167話 気合いで剣を砕く戦士


 集落のあちこちで爆発が起きる。

 炎は油に引火し、赤い蛇が這うようにして延焼範囲を拡大していた。


 通りでは黒煙がみるみる濃さを増す。


 響く悲鳴は恐怖をかきたて、死をよりリアルに想起させた。


「落ち着いて避難するんだ! 煙を吸わないように口元に布を!」

「水が足りねぇ! くそったれ魔族が!」

「魔法使いは消火を優先しろ! 家畜なんておいていけ、死んだら元も子もない!」

「上に警戒! 敵は複数、未だ攻撃継続中!!」


 悲鳴と怒号が入り乱れ、警報の鐘が鳴らされ続ける。

 俺は逃げ惑う人々の流れに逆らい、逆の方へと足を駆けていた。


 ヘンゼルのおっさんとは先ほど別れた。


 彼には軍を指揮する責任がある。


「カエデ! フラウ! パン太!」


 声を張り上げるが、仲間の声は聞こえない。


 何度も何度もワイバーンらしき影が真上を駆ける。

 見上げれば獲物を探す猛禽類のごとく、数頭が円を描いて飛翔していた。


 口を押さえて逃げる青年を、急降下したワイバーンが足で掴んで飛び去る。


 敵だ。先に敵を片付けないと。


 このままでは消火活動も満足にできない。


「ロー助、チュピ美、クラたん出ろ!」


 ロー助は出てくるやいなや、銀色の閃光となって空を駆け抜ける。

 一瞬でワイバーンの一頭を貫通して見せた。


 俺はチュピ美とクラたんに人々の避難誘導を頼む。


 チュピ美ならクラたんを使って上手くやってくれるはずだ。


「早く立ちなさい、魔族に殺されるわよ!」

「足が……!」


 母親が転んだ子供を立ち上がらせようとしていた。


 魔族の騎乗したワイバーンがすさまじい速度で急降下したかと思えば、地面すれすれの超低空飛行で親子へと迫る。


「ぎゃははは、まずはガキから――ぶへっ!?」


 俺は刹那に親子の前に出て、片手でワイバーンの頭部を地面に叩きつけた。


 地面に亀裂が走り、ワイバーンは白目を剥いて吐血する。

 騎乗していた魔族の男は急激な制動に、そのまますっ飛んで顔から地面へスライディングした。


「ぺっぺっ、邪魔しやがったのはどこのどいつだ! 今すぐぶっ殺してやる!」

「俺だ。悪かったな、狩りの最中に地べたを這いずらせて」

「なんだそのなめた口は、俺様はルドラ様の親衛隊だぞ! それともてめぇは格の違いが分からねぇほどの馬鹿なのか!?」

「あいにく俺はその馬鹿だ……二人とも、今の内に逃げろ」


 親子に声をかけ、逃げるように促す。

 二人は頷き走り去った。


 戦いに備え背中に手を回せば、大剣の柄を握れない。


 ――あ、武器屋に置いてきたのか。


 まぁいい。

 この程度の雑魚、なくても問題ない。


「ヒューマン、貴様は串刺しの刑だ。惨たらしく刺殺する」

「急いでいるんだ。前置きはいいから、さっさとかかってこい」

「下等種族が!!」


 男が動き出す寸前、俺は一気に距離を詰めて顔面に強めのデコピンをした。


 パッ、ギャ。


 聞き慣れない音と同時に、男の顔面が弾け飛ぶ。

 頭蓋骨の破片と肉片が飛び散った。


 うへぇ、あんまり気持ちの良い倒し方じゃなかったな。


「ごしゅじんさま~!」

「カエデ?」


 カエデの声が聞こえる。

 目をこらせば、ごうごうと燃えさかる炎の向こう側にいた。


 彼女は魔法で炎を吹き飛ばす。


「お怪我をされているのですか!?」

「これは敵の血だ」


 無傷であることを確認したカエデは安堵する。


「フラウは?」

「私も探しているところです。この辺りで声が聞こえた気がしたのですが」


 うんしょ、うんしょ、とどこからかフラウの声がする。

 揃って見上げればフラウとパン太がいた。


 フラウは岩鼠をぶら下げて、ふらふら飛んでいる。


 そのすぐ後ろでは、円盤状に広がったパン太が複数の子供を乗せて、なんとか高度を維持しながら飛行していた。


「おい」

「あ、主様」

「ぢゅ!?」


 ぼとん、岩鼠を地面に落とし俺の元へ飛んで来た。

 岩鼠は地面に尻を打ち付け、フラウに「ぢゅー!」と怒りの声をあげた。


「白パンと逃げ遅れた子供を助けてたの。あの鼠はついでね」

「きゅう!」

「よくやった。カエデはフラウ達に同行し、子供達を安全な場所まで連れて行ってやってくれ。俺は魔族共を片づける」

「承知しました。どうかお気を付けて」


 付いてきたそうなカエデを置いて、俺は集落の奥へと向かう。


「こんなところにいたのか、ビックスギアの元国王さんよ」

「近づくな。近づけば、余の剣が貴様らを殺す」

「そりゃあ愉快な話だなぁ。親衛隊の俺達に勝てるだなんて幻想、聞いているだけで噴き出しちまう。もうバレてんだよ、てめぇがクソ雑魚ってことは」

「それでも貴様の首を掻ききるくらいはできる。余を舐めるな!」


 国王が五人の男に壁際に追い詰められていた。

 付近には守ろうとして殺されたドワーフの兵が十人ほど横たわっている。


 その中に、ヘンゼルの姿もあった。


 おっさんは僅かにだが指が動いている。

 まだ生きていることが分かって俺は安堵した。


「へい、か、お逃げください」

「ヘンゼル! すまぬ、このようなところにまで付いて来てもらっておきおながら、祖国を取り戻すこともできず!」

「貴方さえ生きてくれれば、そこが俺達の国、どうか――ぐあっ!?」


 ヘンゼルの傷口を若い魔族が踏みつける。


「てめぇらは逆賊だ。今やビックスギアはルドラ様のもの、国民だって認めている。いくら正当性を主張しようが無駄なんだよ」

「ならばなぜ我らを狙う。余は分かっているぞ。その王座になんら正当性はなく、誰も国主として認めようとしないからであろう」

「てめぇの首と王冠さえ手に入れば、そんな問題即座に解決だ。王冠はどこにある。素直に渡せば見逃してやるよ」


 剣と剣がぶつかる。

 国王が男の剣撃を弾いたからだ。


「渡さぬ。あれだけは」

「あくまで拒否するか。だったら殺して奪う」


「待て」

 

 俺は声を発し、全員の意識をこちらに向けさせる。


「なんだてめぇ」

「彼らに雇われた冒険者だ」

「冒険者ねぇ、にしては武器を持ってねぇみてぇだが?」

「お前ら相手に武器なんて必要ない。それとも俺が怖いか」


 若い男は僅かの間、目を点にした。


 それから笑い出した。


「ぶふっ、マジって言ってんのか。面白ぇなてめぇ。隊長、あいつと遊んでもいいよな」

「余り時間がない。一分で片づけろ」

「充分、勘違い野郎をぶっ殺してもお釣りが出る」


 体格のいい男が返事をする。

 あれが部隊のリーダーだろう。


 若い男は剣を鞘に戻し、ニヤけ顔で拳を構えた。


「合わせてやるよ。その方がゲームは楽しい」

「後悔するぞ?」

「おいおい、マジで実力差が分かんねぇんだな。どこの田舎者だ?」

「外海の向こうだ」


 拳と拳がぶつかる。


 ぱんっ、衝撃波が駆け抜け相手の左腕が弾け消えた。

 数拍の間をおいて男は悲鳴をあげた。


「お、おれの、おりぇのうでが!?」


 男は尻餅をつき、左腕を懸命に振る。


 しかし、上腕の中程から消えた腕は、びゅびゅと血液を噴き出すだけ。


 だから言った。

 後悔すると。


「馬鹿な、リュカの腕が!? 貴様何者だ!」


 男達が俺を取り囲む。


「漫遊旅団のトールだ」

「そうか、ルドラ様がお探しになっていた冒険者か。これは好都合。主を邪魔する輩は排除する」


 リーダーの命令により、三人が同時に攻撃を行う。


 俺は空気を吸い込み、刃が触れる瞬間に一気に息を吐き出し筋肉を硬直させた。


 はぁあああ!!

 ベギンっ。


 三つの剣は、筋肉の膨張により砕ける。


「だぁ!」


 次の瞬間、俺の拳により三人の頭部は消し飛んだ。


「この力まさか、勇者……」

「いいや、ただの戦士だ」

「くっ、撤退だ! あんな化け物相手できるか!」


 リーダーは待機していたワイバーンへと飛び乗る。


「隊長、俺も連れて行って!」

「ふざけるな! 元はと言えば貴様が遊びに興じたことが原因だろう! 精々私の為にそいつを足止めするんだな!」

「たいちょぉおおお!!」


 飛翔するワイバーン。


 しかし、銀色の閃光が駆け抜け、リーダーの胸を丸くえぐった。


 リーダーはぐらりと体勢を崩し、ワイバーンより落下する。

 たぶん即死だろう。


「しゃ!」

「よくやった」


 ロー助がご機嫌な様子で戻ってきた。


 どうやら他のワイバーンも始末したようだ。

 こいつらが最後だったのだろう。


「ひぃ、いやだ、死にたくない」


 這いずって逃げる若い男。


 確か、リュハ? リュソ?

 名前は分からんが、見逃すことはできない。 


「あいつも楽にしてやれ」

「しゃあ」


 銀色の閃光が駆け抜けた。

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