166話 大剣を舐められる戦士


 三日が経過。

 未だ依頼を受ける決断を下せないまま、俺達は集落で過ごしていた。


「気をつけろ、そっちに倒れるぞ」


 めきめき、巨大なキノコがゆっくりと傾く。

 キノコ専用の大斧を片手に、俺は逃げる住人を見ていた。


 程なくしてキノコは倒れる。


 すぐさま籠を持った住人が集まり、キノコをナイフで切り分けていた。


 その中にカエデの姿も。


「ご主人様~、今夜は美味しいキノコ汁をお作りいたしますからね~」

「楽しみにしてるよ」


 俺を見つけた可愛い奴隷は、満面の笑みで手を振っている。


 周囲にいる主婦達は揃って「若いっていいわね」「初々しいじゃない」などとニヤニヤしていた。


 なんなのだろう、あの人達は。


 この集落ではキノコは貴重な食料だ。

 どこにでも生えてて食用可能、素材自体の味は世辞にも美味とは言えないが、調理次第でかなり美味くなる。


 なにより歯ごたえが良い。


「なんでフラウを狙うのよ!」

「ぢゅ~」

「きゅう、きゅ、きゅう」

「美味しそうだから、じゃないわよ! 見てないで助けなさいよ!」


 集落の中を逃げ回るフラウ。

 その背後からは、岩鼠と呼ばれる大型の鼠が追いかけていた。


 岩鼠はこの集落で運搬用の生き物として飼われている。


 外見は丸々としていて愛らしく、両手で器用に果実を食べる姿は癒やされる。


 臆病で人見知りするそうだが、フラウにだけは積極的に関わり、小さかろうが大きかろうが、べろべろ舐めまくって唾液まみれにしていた。


 好かれているのだと思うが、見ての通りフラウの方はかなり嫌がっている。


「しまった、壁際に!」

「ぢゅ~」

「やめて、舐めないで」

「ぢゅ!」

「ぬぐわあああああああああ」


 壁際に追い詰められ、フラウはのしかかられて舐められる。


「きゅ、きゅ、きゅ」

「ぢゅ~」

「きゅう!?」


 岩鼠が振り返って、笑うパン太をじっと見つめる。


 ちなみにパン太もフラウと同様によく舐められている。

 フラウが襲われている間に逃げれば良かったものを。


「だいぶここにも慣れたみたいだな」

「お、ヘンゼルのおっさん」


 ふらりとおっさんが顔を出す。

 先ほどまで狩りに出ていたのか、左手には兎が握られていた。


「無償で部屋を借りてるんだ。手伝いくらいはしないとさ」

「律儀だな。そういや、このあと時間あるか」

「特に用事はないが」

「鍛冶屋の親父が、おめぇさんの背負ってる剣を見たいそうだ」


 俺の剣を?

 まぁ別にいいが。



 ◇



 ヘンゼルのおっさんと一緒に訪れた武器屋。

 店内には目を見張るような高品質の武器が、所狭しと置かれている。


 だが、それよりも目をひくのは集まったおっさん連中だ。


「やっぱ知らねぇ金属だ。間違いねぇ」

「この辺りの素材じゃないのは確実だよな。それよりどうやって加工してんだこれ。まるでイメージが湧かねぇぞ」

「鋳造っぽいが、鍛造っぽくも見える。なんなんだこの武器」

「どれ、儂にも見せてみろ。おほっ、なんじゃこれ」


 鍛冶師達が集まってあれこれ話し合っている。

 さらに金槌で軽く叩いたり、光に当ててみたり、刀身を舐めた猛者もいた。


 つーか、人の武器舐めるなよ。ばっちい。


「あんたら聖武具って知らないのか?」

「せいぶぐ??」


 おっさん連中は揃って眼を点にする。


 あ、この様子だと知らないな。


「選ばれた者のみ持つことを許される、聖なる武器のことだよ。それも大剣だけど一応聖剣なんだぜ」

「聖剣……ほぉ、それは誰が選ぶものなんだ」

「神殿? とにかく、英雄や勇者が使うような強力な武器だ」

「端的に言えばこれは遺物か」

「そうなる」


 おっさん達は「遺物か」「そりゃ分からん」「儂らが知る聖剣と違うな」などと口々に感想を述べた。


「こっちには聖武具はないのか」

「こっちがどこを指すのかは知らんが、こんな遺物は初めてだな。聖剣と呼ばれる遺物は色々あるが、神殿とやらが関係するものは見たことも聞いたこともない」


 へー、じゃあやっぱり聖武具は異大陸こっちにはないのかもな。

 もしくはマイナー過ぎてこの辺りでは存在が知られてないとか。


 こっちの遺物は種類が豊富で性能がいい、聖剣だって聖武具より性能がいいのかも。


 ま、俺はこいつを気に入ってるから乗り換えるとかないが。


「そろそろ返してくれ」

「まだだ。あと少しだけ調べさせてくれ」

「変なところイジるなよ」

「どの辺りが変か詳しく聞かせてくれないか」

「もういい。好きにしろ」


 おっさん連中は喜々として再び大剣を調べる。


 何されるか分からんし、しばらくは見ているしかないだろう。

 そういやヘンゼルのおっさんに聞きたいことがあったんだ。


 カウンター近くの椅子に腰を下ろした彼に目を向ける。


 相変わらず裸にペイントした蛮族スタイルである。


「聞こうと思っていたんだが、どうしてそんな恰好をしているんだ」

「もし捕まっても蛮族としか思わんだろ」

「拷問を、想定しているのか」

「ここを守る為だ。ルドラは未だ陛下を探している」


 彼はスキットルを取り出すと口に含む。

 匂いから酒だと分かった。


 ヘンゼルは将軍だ。


 元々は参謀だったそうだが、将軍も副将軍も先の戦いで戦死し、残された彼が軍を引き継いだそうだ。


 しかし、今やその軍も風前の灯火。

 六千ほどいた兵は百にも満たない状況だ。


「どこか別の場所で、再起を図ることはできないのか」

「最後の作戦が失敗したら、そうするつもりだ。その時は俺も生きてはいないだろうが。陛下と残された民で、ガルバランへ亡命するはずだ」

「なぜそこまでして……」


 カエデの問いかけに彼は「一矢報いたいからだろうな」と返す。


「いきなり現れたルドラに何もかもを奪われて、手も足も出ないまま絶望して、納得なんて到底できない。せめて一矢報いなければ、死んでいった奴らにあわす顔がない。こんな気持ち、あんたには分からないだろうな」


 いいや、分かる。


 その気持ちは俺にも痛いほど分かる。


 奪われる痛みは心を引き裂くのだ。

 納得なんてできるはずもない。


 それは大切であればあるほど、心を暗い闇へと引きずり込む。


 そして、このくそったれな世界を恨むのだ。


 希望なんてどこにもないじゃないか、と叫びながら。


「依頼、受けてやるよ。まぁ仲間にも聞かなきゃならないが」

「本当か! 陛下もきっとお喜びになる!」


 俺はカウンターにいる鍛冶師のおっさんに声をかける。


「このくらいのサイズの球を作ってもらいたいんだが」

「構わねぇが、一体何に使うんだ」

「あんたらの言う作戦って奴だよ。質は問わない、とにかく百個ほど用意してくれ」


 店主は「球?」と不思議そうに首を傾げる。


 俺は無慈悲に奪う奴を許さない。

 それが魔王だろうと勇者だろうと。


 それにルドラには、ソアラとピオーネが世話になった礼をしてやらないとさ。


 一国を落とす? 

 いいじゃないか。落としてやる。


 こっちは元英雄、元勇者、元魔王殺しだ。


 希望がないなら俺達が、その希望になってやるさ。


 カーンカーンカーン。


 突然、集落に鐘の音が響く。

 それは切迫した警報のように聞こえた。


 ヘンゼルは表に出るなり、近くにいた住人を中へと誘導する。


「早く、早くこちらへ!」

「これは何事なんだ」

「魔族だ! ルドラの配下が近くまで来ている!」


 避難が完了し、ヘンゼルと俺は入り口から真上を覗いた。


 ヒュウ。


 複数のワイバーンの影が通り抜ける。


 この岩山には血管のように延びる無数の谷があり、谷自体も深く、人影は簡単には見つけられない。

 加えて自生する巨大キノコが、いい隠れ場所となっている。


 ここは身を隠すには絶好の場所なのだ。


 ――の、はずなのだが、真上から油の入った袋が次々に落とされる。


「とうとうバレたか!」


 ヘンゼルの言葉の後、集落で爆発が起きた。




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