165話 乙女達の受難その7


 大地を二頭のベヒーモスが疾走する。

 乗るのはわたくしとモニカ。


「申し訳ないデース。お父様から各貴族に声をかけたのですが、それでも二千余りの兵数しか集められなかったデース」

「構いませんわ。元々ペタダウスはルドラには無関心だったようですし。トール様を助けに行くことにも、ずいぶんと懐疑的のようでしたから」


 ペタダウスの女王は、ルドラ討伐は勇者で十分であると言っていた。


 兵を出すことは精霊王の命令であると重ねて伝えれば、鼻で笑い精霊王はそのようなことを言うはずがないの一点張り。


 時間を無駄にしたくなかったわたくし達は、王宮を早々に後にしたのだ。


 精霊王があの場にいたら、女王の判断も違っていたのかもしれない。

 しかし、エロフは自国よりも他国の説得を優先していた。


 それだけ時間を要すると判断したからだ。


 もちろんわたくしもモニカも、それでいいと考えていた。


 ペタダウスは大陸の端の小国だ。


 抱える兵数は少なく、兵の練度も低く、派兵させるような準備も整っていない。

 加えてトール様のいる場所から最も遠い場所にある。


 優先順位は最も低い。


「モニカさん、こちらであってますの?」

「大丈夫デース。何度かヨーネルンの首都へ行ったことがありますデース。匂いを辿っている一郎もこちらだと言ってマース」

「貴方、魔物の言葉が分かるのですか」

「なんとなくデースよ。毎日お世話をしていた成果デース」


 一郎はモニカに応じるように「がうっ」と鳴く。


 ベヒーモス――トール様がテイムした魔物だそうですが、凶悪な面構えと他を圧倒する威圧的な巨体に、最初は震えが止まりませんでした。


 今では心強く、ほんの少し可愛らしい気がしております。


 意外に乗り心地もよろしいですし。


 ちなみにここにはいないベヒ三郎は、軍と共に移動をしているルブエ様の足となっている。


「見えたデース!」

「ダークエルフの女王との謁見ですわね」


 わたくし達は、ヨーネルン首都へと入った。





「エロフから事情は聞いたわ。まさかルドラが、このヨーネルンを狙っていたなんて。所詮は山脈の向こうの話と高を括っていたのだけれど」


 ソファのような玉座でハート型のクッションを抱える女王は、不愉快そうに顔をゆがめていた。


 わたくしとモニカは無言で彼女の返事を待つ。


「ジグは役に立たないと思っていたのよ。協力してもらいたいなら、普通は手土産の一つくらい持ってくるものでしょ。手ぶらでやってきて情報を渡せなんて。暇つぶしに使えたから大目に見てあげたけど。で、貴方達は手土産をくれるのかしら」


 つまりメリットをご所望だと。


 協力するなら見返りを求めるのは至極当然。

 幸い精霊王の説得によって、女王陛下はすでに乗り気のご様子。


 ダークエルフの召喚魔法は有能だと耳にしている。ここはぜひとも力を貸していただかなければ。


「周辺国との関係性を強化できると申し上げますわ。ルドラが入り込めたそもそもの原因は各国の結びつきが弱いことにあります。情報の共有もままならず、かといって敵対し、互いを監視しているわけでもない。このような隙だらけでは、やりたい放題されて当然です」

「平和ボケしていると言いたいのかしら」

「ええ、全くもってその通りですわ。今こそ国と国の繋がりを強めるべきです」

「はわわ、マリアンヌさん言い過ぎデース! すいませんデース!」


 陛下は「ふーん」と目を細める。

 それだけで生きた心地がしなかった。


 相手は一国の主、対するわたくしはただのマリアンヌだ。


 ここでは伯爵令嬢の肩書きは使えない。


「もう一点メリットがございますわ。漫遊旅団について。今後は調査団を通していただければ、漫遊旅団へ優先的に依頼が行えることをお約束いたします」

「彼らには可愛い部下が世話になったわ。実力もずば抜けているみたいだし、太い繋がりを持てるのは良い話よね。ちなみにその約束、信じてもいいのよね」

「漫遊旅団は祖国アルマン国の元英雄にして元勇者、称号は返上しておりますが未だ彼らの心はアルマンにございますわ。重ねて申し上げれば、漫遊旅団もまた調査団の一員でございます」


 調査団への依頼はすなわち漫遊旅団への依頼。


 トール様へは事後承諾になってしまいますが、今は拙速を尊ぶ時。

 それにルブエ様(実際は副団長から)からは、必要であれば漫遊旅団に命令することも可能と言質をとっておりますの。


 漫遊旅団の依頼主はラストリア、形式上トール様の上司はルブエ様となる。


「精霊王より聞いたけど、そのアルマンって外海の向こうにあるのよね」

「ええまぁ」

「そうなのデースか?」

「モニカさん……」


 モニカさんの認識に呆れる。


「私を船に乗せなさい。これが条件よ」


 えぇっ!?

 どうしよう、そんなのわたくしでは約束できないわ。


 女王陛下の目は子供のようにキラキラしていた。


「海の向こうってどんなところかしら。ずっと興味があったのよ。外海を越える船、そっちも気になるわ」

「も、申し訳ありませんが、そのお約束はわたくしではできかねますわ」

「あらそう、でもいいわ。この件が終わったら責任者と話をさせてもらうから」


 謁見の間に軍人らしき男性が現れる。

 彼は女王の前で片膝を突いた。


「陛下、全て整いました。ご命令あればすぐにでも」

「では命令する。西方にあるビックスギアへと向かい、漫遊旅団のルドラ討伐を援助せよ。決して他種族に後れを取るな。そして、眠れるダークエルフの尾を踏んだこと、魔王ルドラに後悔させてやれ」

「御意!」


 女王陛下はわたくしへ、ニカッと笑みを浮かべた。



 ◇



 ガルバランの宮殿に到着したわたくし達は、国王へ挨拶した。


「精霊王エロフから話は聞いた。魔王ルドラを倒す目的で動いていると」

「いかにもでございますわ。すでにペタダウスとヨーネルンは派兵を決め、目的地に向けて行軍を開始しております。どうかご助力、賜れないでしょうか」

「お願いしますデース。漫遊旅団を助けたいのデース」

「例の冒険者か……」


 陛下は視線を脇にいる人物へと投げる。


「漫遊旅団とやらは期待できそうか」

「はっ、あれは間違いなくSSランククラス。下手すればそれ以上かと。私見でございますが、認識を誤れば国の存亡にも関わるかと」

「将軍である貴様がそこまで言うとはな……ふぅむ」


 わたくしは見逃さなかった。

 将軍のマントの内側に『カエデちゃんLove』の刺繍が施されていることを。


 カエデさん……貴方、何をしたのですか?


「辺境種族との共闘は余の本意ではないが、それ以上にルドラが目障りだ。奴のせいで国内は乱れ、あまつさえ余の暗殺を計画していたと言うではないか。それと、精霊王が言っていた繋がりの強化」

「ええ、国と国の繋がりを強化し、情報を共有することでこの地をより強く守る、エロフ様からのご提案でございますわ」

「その枠組みにこの国も入れろ。此度の件で少々考えを改めた。いかに大国であろうと、背後をとられては敗北も必然。情報の共有、大いに結構だ」


 わたくしとモニカは微笑み合う。

 陛下はすでに覚悟を決めておられるようだったからだ。


 ちなみに先ほどエロフ様が提案したと述べたが、本当の提案者はわたくしだ。


 円卓会議を思い出し、各国が協力して魔王に対抗すべきと伝えたのである。


 むしろ今までどうしていたのか不思議で仕方がない。

 それほどまでにこの辺りは平和が維持されてきたのだろうか。


「出兵の準備は整っておるな」

「はっ」

「悪逆非道の魔王に鉄槌を下すのだ! 必ず勝利せよ!」

「国王陛下と祖国に誓って」


 将軍は恭しく頭を垂れた。



 ◇



 次の目的地はアイノワ国。

 そこはフェアリーの国と精霊王は言っていた。


 実はトール様と合流するにあたり、一つ問題があったのだ。


 それは大森林である。


 迂回ルートもあるにはあるが、それでは間に合わない。

 各国の軍が通り抜けるような大きな近道が求められていた。


 わたくしとモニカは、ベヒーモスで大森林の入り口へと到着する。


「鬼遅い、めちゃ待たされたじゃん!」

「貴方が案内人?」

「そ、ナオミンって言うの。よろしくじゃん」


 可愛らしいフェアリーが出迎えてくれる。


 事情はすでに精霊王からされているはず。

 だから彼女がここで待っていた。


 でも、フェアリーに広大な大森林を横断する道が作れるのか。


 それとも彼女達が使用している道を使わせてもらえるのか。


「ウチら話し合ったんだけど、そろそろフェアリーも他種族とちゃんと交流するべきだって意見があったのね。でもさ、いきなりは無理。だからその手前を選ぼうってなった。道を作って、少しずつ交流しようって」


 わたくしたちは黙って話を聞いていた。


「道があれば、ウチらもより多くの知識や物が手に入る。扉を開けたことで敵は増えるかもしんない、でも味方だって増えるっしょ? 種族のこれからのことを考えたら、この機会を逃さず有効に使わなきゃダメっしょ」

「貴方がたに選択をさせてしまったのですわね」

「違うよ。逆、ウチらフェアリーのヤバさを世間に教えてやろうってことじゃん」


 ずずん。ずずん。


 地面が揺れる。

 森で山が、動いていた。


 そうじゃない。あれは、巨大な人型。


「見よ、我らの守護者ロズっちを! さぁ、がんがん道を作って!」

『承知した。胸の薄い友よ』


 古の魔王ロズウェル。

 精霊王から話だけは聞いていたけど、あのようなとんでもない存在がいるなんて。


 異大陸はやはり、わたくし達の常識を遙かに超えた場所のよう。


 ロズウェルが歩くだけで木々はへし折れ道ができる。

 さらにフェアリー達が障害となるだろうゴミを排除していた。


 このペースなら、あっという間に大森林を横断する道ができる。


 トール様、もう少しだけお待ちを。


 必ず貴方の元へ駆けつけます。

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