164話 戦士はドワーフの集落に招かれる


 取り囲む男達。

 彼らは意味不明な言葉を発し槍の矛先を向ける。


「こうなったらぶっ倒すしかないわね!」

「待て、彼らのテリトリーに踏み込んだのは俺達だ。事情を伝えることができれば争う必要はないかもしれない」

「ですが言葉が通じないのでは」

「以前に翻訳のスクロールを手に入れただろう。それを使えば」


 リュックをゆっくり地面に下ろし、がさごそ荷物を漁る。


 大丈夫、意思疎通さえできれば争いは回避できる。

 こっちは彼らに危害を加えるつもりはないんだ。


「貴様らどこの者だ。見ない顔だな」


 男の一人が理解のできる言葉を発したことで、俺は手を止めた。


「あんた、言葉が分かるのか?」

「合い言葉に答えられない時点で貴様達は敵だ。この場所を言いふらされる前に始末する」

「待って欲しい。敵意はないんだ。事情は分からないが、この場所を誰かにバラすつもりもない。信じてくれ」


 俺は両手を挙げて抵抗しない意思を示した。


 言葉が通じるのなら話は早い。

 こっちには争う理由は一ミリもないのだから。


「質問にいくつか答えろ。返答次第では迎え入れるか考えてやる」

「分かった。従うよ」

「いいのですか? 命じてくだされば私が彼らを――」

「勝手にテリトリーに入った俺達も悪い。話もできそうだし、これが単なるすれ違いならなおさら戦いは避けるべきじゃないか」


 それに俺は彼らに強い興味を抱いていた。

 わざわざ合い言葉を決めて生活をしているなんて普通じゃない。


 きっと深い事情があってここにいるのだと思ったのだ。


 ま、和解できなければさっさと逃げるつもりではある。

 俺は馬鹿なので、上手く説得するなんてことできる自信はない。


「貴様らはルドラのスパイか」

「違うが……あんたら魔王と何かあるのか?」

「どこから来た」

「西だ。ガルバランの方から来た」

「ビーストの大国から……その恰好、どうやら冒険者のようだな」


 僅かだが男達の警戒が緩んだ気がした。


 俺は「冒険者カードがある」とポケットに手を伸ばそうとした。


「動くな! カードは仲間に確認させる」

「じゃあ見てくれ」


 男の一人が俺のポケットに手を入れ、カードを抜き取った。

 彼はしばらく眺め、ハッとした様子でリーダーらしき男性の元へと走る。


「見てくれ、あいつら漫遊旅団らしいぞ」

「あの噂の!? いや、しかし、偽物がいるとも聞く……証拠だ。漫遊旅団である証拠を見せろ」


 リーダーは俺を指さす。


 証拠って言われても……。


 英雄の腕輪はすでに陛下に返したし、ビルフレル家の紋章も役立つとも思えない。

 そもそも一番の証拠が冒険者カードだったのだが。


 逡巡していると、リーダーがさらなる要求を重ねる。


「噂で聞く漫遊旅団は、とんでもない強者の集まりだそうだ。特にリーダーは化け物のような強さを誇っていて、金属でも噛みちぎってしまうらしい」


 男達が鉄板を用意する。

 これを噛みちぎって見せなければならないらしい。


 鉄板に噛みついたことなどあっただろうか……剣はあるが。


「ご主人様……」

「大丈夫だ。このくらい余裕だよ」


 がちん、鉄板に噛みつきかみ切る。

 鉄板には俺の歯形が付いていた。


 さすがにチーズのようにとはいかないが、頑丈な歯と顎の力で鉄板でも固めのパンのように噛むことができる。


「ぺっ、どうだ、これで証拠になったか」

「信じられない。本当に噛みちぎったのか。しかし、これだけで証拠とするには……そうだ、リーダーはデコピンで岩を割るそうだ。できるかな」


 俺は近くにあった岩をデコピンで割る。


「…………」

「まだあるか」

「よ、よし、認めよう、確かに漫遊旅団だ」


 自分達で要求したくせに、男達はドン引きしていた。

 リーダーなんか顔が青ざめている。


「で、漫遊旅団と証明できたことに意味はあるのか」

「無論ある。立ち話もなんだ、ひとまず集落へ来てもらいたい。そこで詳しい話をさせてもらおうか」


 お、ようやくまともに話ができそうだ。

 無駄な争いをせずに済んで一安心である。


 ただ、集落に入る前にうがいをさせてもらえないだろうか。


 さっきから口の中が鉄臭くてたまらないんだ。


 おえっ。



 ◇



 谷は深く、頭上を仰げば赤い壁に挟まれた青空があった。

 薄暗い道には小動物の骨をよく見かける。


 先を行くリーダーに声をかける。


「ここは遺跡、なのか?」

「さぁ? 詳しくは俺達も知らない。隠れるのに都合が良いから、ここで暮らしているだけだ。だが、もしかしたらちょっとした倉庫だったのかもな」

「倉庫?」

「この赤い石柱は、溶かすと純度の高い鉄がとれる。腐食を防ぐ為に、こんな風に加工して保存していたのかもしれん。おかげで色々助かっている」


 へぇ、鉄がとれるのか。

 面白いな。


 堅い鉱物は世の中いくらでもあるが、人は結局、加工しやすく大量にある鉄を頼る。


「ここが俺達の集落だ」

「おお」


 開けた空間に出た俺達は、驚きに声が漏れる。


 巨大なキノコが所狭しと生え、空を覆い隠していた。

 その下では多くのドワーフが生活を営んでいる。


 鉄を打つ音、パンを焼く匂い、子供達の笑い声。


 ここには平穏がある。


「こっちだ」


 リーダーは赤い壁に掘られた穴へと誘った。

 穴の扉は布をかけただけの簡易なもので、中へ入れば岩を丸くえぐっただけの粗雑な作りであることが一目で窺えた。


 しかし、置かれたデスクや椅子、それに絨毯などは驚くほど美しく質が高い。

 素人の俺でも一目でそれらの価値に気づかされる。


 蛮族のような彼らが、なぜこのような品を所有しているのか。


 部屋には椅子に座る男性がいた。


「陛下、漫遊旅団をお連れいたしました」

「うむ」


 陛下と呼ばれた男は、かがり火に照らされながら鋭く目を細める。


 先に出会った四人とは恰好が違っていた。

 やや薄汚れているものの王族らしい服を身につけ、鷹のような鋭い目で俺達をじっくり観察する。


「余はビックスギアの国王である。改めて問おう、其方らが漫遊旅団というのはまことのことか?」

「どうして俺達のことを知っているのかはこの際置いておいて、とりあえず漫遊旅団なのは確かだ。まさかあんたも証拠を出せとか言い出すんじゃないだろうな」

「あるのなら見せてもらいたいが、ヘンゼルが納得して案内をしたのならそれは不要であろうな。彼は信頼の置ける腹心である」


 ヘンゼルと呼ばれたドワーフは国王へ一礼する。

 恰好はおかしいが、所作は騎士のごとく洗練されていた。


 蛮族と思い込んでいたが、実は身分のある人物なのだろうか。


「手短に話そう。余に雇われてはくれぬか」

「……俺達を?」

「祖国奪還に協力してもらいたい」


 返事をする前に、国王は言葉を重ねる。


「もし本物ならこれほど喜ばしい事はない。祖国を失いし我らには、もう余力は残されておらん。次の作戦こそが最後となるだろう。どうか」

「国を、奪われたのか?」

「ルドラにな」

「じゃあ敵は……」

「魔王ルドラそのものだ」


 つまりはルドラ討伐の依頼か。


 藁にもすがりたい気持ちで頼んでいることはすぐに分かった。


「少し、考えさせてもらえないか」

「しばしの滞在を許す。良い返事を期待しているぞ」


 陛下に一礼し、俺は外に出る。


 参ったな。

 こんなところで依頼とは。


 つーか、あれってつまり一国を落とせって言ってるようなものだよな。


「いかがいたしますか、ご主人様。ソアラさんとピオーネさんの件もありますが」

「あんな風に言われて無視するわけにもいかないだろ。ルドラとも全くの無関係とは言えないしさ。どうにかしてやりたい気持ちはあるんだ」

「思ったんだけど、二人にはイザベラって人が同行してるのよね。急いで合流しなくても、ある程度の安全は確保されてるんじゃない?」


 聞いた話では、イザベラはビースト族でかなり強いらしい。

 その人物に土地勘があるのなら、今も二人が無事である可能性は高い。


 それにソアラは頭の回転が速く要領も良い。


 ピンチも上手く切り抜けているだろう。


「どちらにしろ二人の足取りは見失っている。時間が必要だ」

「きっとお二人は無事です。そんな気がするのです」

「だといいが」

「ソアラのことだから、今頃荒稼ぎして高笑いしてるわよ」

「だといいが…………」


 ソアラの笑い声が聞こえた気がした。

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