163話 乙女達の受難その6
小舟から砂浜へ足を付けたわたくしは、照りつける太陽を見上げた。
ここはもう異大陸。
我々の常識が通用しない未知の大地。
「マリアンヌ~!」
遠くから声が聞こえる。
そちらに目を向ければ、行方不明のはずのルーナが駆けていた。
わたくしは荷物を投げ出し、彼女を抱き留める。
「もう会えないかと思ったよ!」
「よくぞご無事で……ああ、嬉しすぎて涙が出てきてしまいましたわ」
「トール君達に助けられたんだよ。ほんと、遺跡探索してくれてありがとうって気分でさ。マリアンヌには話したいことが沢山あるの」
「そうですね。わたくしもお話ししたいことが沢山あります」
神様、ありがとうございます。
再び彼女と会わせてくださって。
重い荷物を一つ、下ろせた気がいたします。
砂浜にさらに二人の人物が現れる。
おそらくここの責任者。
「おほん。ようこそマリアンヌ嬢、あたしは調査団団長のルブエ・ノンタークだ。遙々外海を越えての長旅ご苦労だったな。こちらは副団長だ」
「お初にお目にかかります。ルブエ様、副団長さん」
二人へ一礼する。
ノンタークは有名な公爵家、彼女の機嫌を損ねればここに居場所はないだろう。
そして、ラストリア国王が放ったトール様籠絡の手駒でもある。
対応には十分に注意しなくては。
「ところでトール殿とは親密な関係なのか」
「ええまぁ。婚約をしておりますので」
「ぬぐぐ、これが嫉妬というものなのか。悔しい、航海中はあんなにも愛を育んだというのに。副団長、日誌に初めて嫉妬したと記載しておけ」
「恐れながら申し上げますと、妄想もたいがいにしておけでございます。ささ、仕事が山積みですので拠点へ戻りましょうか」
「おい、副団長! 妄想じゃないぞ、トール殿はあたしに――」
副団長はルブエさんを引きずって行く。
その様子にルーナは苦笑いしていた。
「ルブエさん、いつもああなんだよー。トール君が好きみたいなんだけど、空回りしててさー。根は良い人なんだけどねー」
「そうなのですか。それでトール様はいずこに」
「うん、それなんだけど、実はこっちも居場所が分かんなくてさー。旅を続けていることだけは確かなんだけど。あ、皆のことはちゃんと探してくれてるから」
良かった。心底安堵しました。
皆さんがこの地にいると伝えてくださったのですね。
ですが、トール様にお任せするだけでは、わたくしが異大陸に来た意味がありません。
それにこの鍵。
トール様のお母様が残されたこの鍵を、彼に届けなければ。
「ルーナさん、貴方はこれからどうするのですか」
「とりあえず戻るよ、お父様も心配してるだろうし。ルーナのできることをするつもりだからさー」
「お願いしますわ」
数日後、ルーナさんは遺跡船『ルオリク号』に乗って島へと帰還した。
◇
調査団の仕事は異大陸での情報収集。
具体的にはラストリアに有益な物の探索である。
すでに調査団と交流をしている地域もあり、交流団の代表であるモニカさんとは度々お話しをさせていただいていた。
「マリアンヌさん、いるデースか?」
「はい」
自室へモニカさんが顔を出す。
ぱっちりとした眼と愛らしい顔に、わたくしはつい顔がほころんでしまう。
ヒューマンに対し快く思わないエルフがいる中で、彼女だけは隔たりなど気にせず容易に飛び越えてくれる。
正直、とんでもないライバルが現れたと戦慄した。
でもトール様のことだから、恋心に気づかずスルーされてしまわれたのでしょうね。
わたくしのこの指にはまる指輪も、ほぼ既成事実。
ソアラさんには感謝しておりますが、できれば自身の力であの方からの愛を勝ち取りたい。
「下に集まって欲しいデース。大事な話がありますデース」
「承知いたしました」
わたくしは自室を出て一階会議室へと赴く。
「この方が、精霊王のエロフ様デース!」
『いぇーい。エロフと言ってもエルフじゃないしエロくもありませんからね』
美しい女性がピースする。
沈黙が横たわった。
『スベってしまったようですね。精霊内ではウケがいいのですが……さて、集まっていただいたのは他でもない漫遊旅団を危機から救い出すためです』
トール様が危機?
どういうことでしょうか。
『魔王が漫遊旅団の排除に乗り出した、と言えば少しは伝わるのではと』
「こちらにも魔王がいるのですか?」
『沢山いますよ。ですが、いま問題としているのは魔王ルドラ。その者は遠方より訪れ、急速に勢力を拡大していきました。そして、とうとうこのペタダウスにも手を伸ばし、一時はこの風の精霊王である私を封じ込めたのです』
ルドラは邪竜を使い、精霊王を封じ込めることに成功した。
精霊王の加護を完全に失えば、この地は瞬く間に魔族に支配されてしまう。
エロフは語る。
ルドラの真の狙いは、古の魔王ロズウェルの打倒であると。
古の魔王は莫大な経験値を抱えている。
倒せば数百年生きた程度のルドラでも、古の魔王の仲間入りを果たすことができるのだとか。
しかし、古の魔王の力はすさまじい。
ルドラでは万が一にも勝ち目はないそうだ。
そこでルドラは時間を掛けて、自身に忠実な戦力を集めた。
さらに複数の国家を自身の戦力として取り込み、数で戦力差を埋めようとしたのだ。
埋めようとしたのだが――漫遊旅団がことごとく策を破壊してしまった。
ペタダウスでは精霊王を封じ込め国を手中に収める計画を。
ヨーネルンでは三鬼将を陽動に使い攻め込む計画を。
ガルバランでは国王暗殺ならびに、ロズウェル強襲の中核となる拠点建設の計画を。
『まったくもって素晴らしい方々です。無意識に敵の思惑を砕きながら突き進んでいたのですから。さぞ魔王も泡を食ったことでしょう』
エロフは続ける。
『漫遊旅団はもうじき、ルドラがいる国へと至ります。さすがのルドラも彼らを敵として認め、すでに大規模な捜索を開始しています』
魔王がトール様を最大の敵として認識してしまった。
もはや避けられぬ戦いなのだと察した。
「トール様はとてもお強い御方。たとえ相手が魔王でも、必ず勝ってくださるはずですわ。現に祖国を苦しめていた魔王は倒されていますの」
『確かに強い方々です。しかし、数千、数万の血を流しても平然としていられるでしょうか。敵には奴隷として労働を強いられている人々もいます』
彼女は言葉を重ねる。
『罪のない人々を盾にされ、斬り殺してでも進めと貴方は言えますか? 彼らの心が無事であることも考えていますか?』
「それ、は……」
『ルドラは狡猾です。勝てないと踏めばどんな手段だって使います』
言葉が出なくなった。
わたくしは、なんてひどいことを考えていたのだろう。
トール様がお強いからと、トール様ならどんな苦境でもくぐり抜けると、勝手に思い込んでいた。
そう、手を汚さないからそのようなことを平然と考えられるのだ。
あの方の大きさとおおらかさに、完全に甘えていた。
こんなことを言われないと気が付かないなんて。
「おっしゃりたいことは分かりました。つまりトール様の為に、わたくし達は動かねばならないのですね」
『その通りです。着いて早々に過酷なお願いをいたしますが、どうか彼らを助けてあげてください。そして、どうかこの地に暮らす私達に恩返しの機会を』
わたくしは彼女へ「承りました」とだけ返事をした。
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