162話 戦士達は素晴らしき光景に足を止める


 ロズウェルに別れを告げ、アイノワ国を出発。

 ナオミンの案内で大森林の外を目指す。


 俺達は、背の高い草を掻き分けながら、道なき道を踏みしめ続けていた。


「ここはどの辺りでしょうか。ずいぶん歩いたと思いますが」

「気をつけろ。ここから地面がぬかるんでるぞ」

「きゃ」


 言った傍からカエデが転びそうになる。

 俺は咄嗟に抱き留めてやった。


「す、すいません」

「足下には注意しろ」

「はい――すんすん。ふわぁ~、ごひゅひんひゃまのひほひ~」

「おい、聞いてるのか?」


 腕の中のカエデは、うっとりとした表情でしきりに匂いを嗅いでいた。

 白い尻尾はふわふわ揺れており、狐耳はしなっと垂れている。


 汗臭いと思うのだが、彼女は俺の腰に腕を回しぎゅううっと抱きついていた。


《報告:ジョブ貯蓄が修復完了しました》


 おっと、修復完了の知らせか。


 そこへ先を行っていたフラウが戻ってくる。


「どしたの、付いてこないからナオミンが心配してるわよ」

「悪い。カエデがぬかるみで転びそうになってたからさ」

「ふーん、それにしてはずいぶんといちゃいちゃしてるわよね。主様はカエデを特別扱いし過ぎなのよ、こんなにも愛らしいツインテールフェアリーが傍にいるのに。フラウをもっとなでなでして甘やかしてよ」

「よしよし」

「えへぇ」


 撫でてやれば羽をパタパタさせてニヤける。

 両手でツインテールの毛束を掴むと、恥ずかしそうに顔を隠した。


 さらにクッキーを渡すと、フラウは嬉しそうにもぐもぐ食べる。


「ほら、行くぞ」

「待ってください。もっと嗅ぎたいのに」

「ん~、クッキーおいひい」


 俺達は先にいるナオミンを追いかけた。





「マジ遅い。そっこー飛んで来て欲しかったんですけど」

「俺もカエデもフェアリーじゃないからさ」

「あんた態度デカいわよ。主様に詫びて、その胸を削って誠心誠意詫びて」

「え、ウチが悪いの?」


 ナオミンは真顔で反応する。


「この大森林にはこの時期にしか見られない、パープルフォールって呼ばれる超絶鬼絶景があるじゃん。せっかくだし見物していくっしょ」

「もしかしてあそこにある花が関係してる?」


 フラウが垂れ下がったパープル色の花を見つける。

 木々に巻き付いた蔓の先端から、房のように小さな花を無数に付けていた。


 花は風に揺られると、微かに鈴の音に似た音を発した。


「そうそう、あの花はジングルフラワーって言うじゃん。開花するとああやって鬼綺麗な音色を奏でるんだよ。今日みたいな緩い風が吹いている時が、最高のタイミングっしょ」


 ナオミンに導かれて、とある場所へと足を入れる。


 そこはジングルフラワーの群生地のようだ。

 美しいパープルの花が棚のように段々に垂れ下がっていて、地面を落ちた花びらがパープルに染めていた。


 風が吹けば、心地の良い鈴の音色が響く。


「なんて綺麗なんでしょうか。まるで別の世界に来たみたいです」

「言葉を失うな。まさしく絶景」

「やるじゃないナオミン、はーなーふーぶきー!」


 フラウが器用にくるくる回転しながら飛ぶ。

 カエデも花へそっと手を添えて、その香りを楽しんでいた。


 二人の声が聞こえたのか、刻印からパン太が飛び出す。


「きゅ」

「白パン、こっちこっち~」


 パン太はフラウの方へと向かう。


 俺は記念にと、メモリーボックスを取り出し景色を撮る。


 鮮明にこの記憶を残したい。

 決して順風満帆な状況ではないけど、俺達は一歩一歩進み続けている。


 この映した一枚一枚が、漫遊旅団の大切な思い出。


「カエデ」

「はい」


 花びらが舞い散る中、振り返ったカエデを映した。

 実に良い画だ。何枚でも撮りたくなる。


 俺はさらにメモリーボックスをナオミンに預け、カエデとフラウとパン太を呼び寄せた。


「ここを押せば鬼オーケー?」

「頼む。あ、待ってくれ」


 パン太だけってのは不公平だよな。

 刻印ここには、まだ仲間がいるんだ。


 ロー助、サメ子、チュピ美、クラたんを呼び出す。


 今回は俺達だけだが、次は必ず見つけ出した仲間と一緒に撮るつもりだ。

 必ず。絶対に。


 ぱしゃり。


「――いい感じだな。よく撮れてる」

「取り直しを要求するわ! これ目が閉じてるじゃない!」

「尻尾の位置が気になります。それともう少しご主人様の近くがよかったです」

「きゅう、きゅうきゅう!」

「マジ我が儘。それと白いの、なに言ってんのかぜんぜん分かんないんだけど。ウケる~」

「きゅ!!」

「ぐへっ」


 怒ったパン太が、ナオミンへ体当たりした。





「マジお別れが辛いっしょ。鬼泣きそうなんだけど」


 ナオミンとの別れの時が来てしまった。

 大森林の途切れた先には、よく均された道が見えている。


 本当はもう別れていなくてはいけない。


 しかし、あと少しだけとナオミンが引き延ばし、こんな所まで来てしまった。


「フラウとナオミンはマブでしょ。必ずまた会いに来るから」

「約束じゃん。破ったらゼッコーだかんね」

「オッケー。次はもっと沢山のお店を紹介してもらうんだから。あんたこそ約束忘れないでよね」

「ウチ、フラウっちより記憶力良いし。絶対、鬼覚えてるから」

「「うわぁぁあん!!」」


 二人は抱き合って泣いた。


 お互いに気が合う友人は初めてだったのだろう。

 二人はまるで長く付き合ってきた友人のようだった。


 良い意味でも悪い意味でも、二人は飾らない。


「またねー!」

「フラウっちも、マジ元気で!!」


 森の境目でナオミンは手を振って見送る。


 フラウは姿が見えなくなるまで後ろを見続けていた。



 ◇




 大森林を抜けた先には、奇妙な地形が存在していた。


 六角形の赤い石柱が連なり岩山と成している。

 それは峡谷を作りだし、辿ってきた道はその奥へと続いていた。


 人工物のようでもあり、自然にできた地形のようにも思える。


 俺はその不思議な光景に圧倒された。


「遺跡の類いでしょうか」

「巨大な外壁にも見えるが……なぁ、あそこに文字がないか」


 谷の入り口に『無断の立ち入りを禁ずる』と刻まれていた。

 さらに訪れた者を威嚇しているのか、大きな魔物の骨が谷の入り口に飾られている。


「入るな、って言われたら入りたくなるわよね」

「きゅう」


 パン太に乗ったフラウが、好奇心全開で眼をキラキラ輝かせていた。


 正直に言えば俺も同意見だ。

 この奥に何があるのか非常に気になっている。


「いかがいたしますか」

「ひとまず中を調べてみるか。どちらにしろここを通らなきゃ中央部へは行けないんだ。もしもに備えて鑑定だけはやっておいてくれ」

「承知いたしま――フラウさん!?」


「先行して調べてきてあげるわよ! 偵察はフェアリーにお任せなんだから!」


 フラウとパン太が奥へと入ってしまう。


「大丈夫でしょうか……」

「フラウのレベルなら魔物がいてもなんとかできるだろう。あいつも場数は踏んでいるんだ。ヤバそうなら急いで戻ってくるさ」


 と、言いつつ少し心配だ。

 あいつは時々大きなヘマをするからな。


「ひやぁあああああああ! たすけてぇえええええ!」


 数分後、フラウの悲鳴が聞こえた。

 多数の足音が奥から響き、パン太に乗ったフラウが猛スピードで出てくる。


 遅れてドワーフらしき裸の男達が次々に飛び出し、俺達を取り囲む。


「ごきげんちゅういほう、おまえふ〇っく」

「かーちゃんでべそ、ゆあつすぎてはいれない」

「らきすけべめちゃだいすき」

「にくたべて、あしたせんたく」


 男達は意味不明な言葉を発し槍を向ける。


 おまけに顔にも身体にも奇妙な模様をペイントしており、下半身もすぐにめくれてしまいそうなひらひらした布きれだけだった。


「こいつらいきなりわけわかんない言葉で怒鳴ってきたのよ。逃げたら追いかけてくるし、主様どうにかして!」

「きゅう!」

「あの、その、そんな薄着だと、見えちゃいますよ」

「ちょっと、相手の心配なんかしている場合じゃないでしょ!」


 赤面するカエデへフラウがツッコむ。

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