159話 戦士は唇にドキドキする
魔族から解放された人々が列を成して穴から出る。
年齢性別問わず、誰もがボロボロで疲れ果てた姿をしていた。
「この中の名前に覚えはないか」
「いんや、知らんね」
「あんたは?」
「記憶にないね」
紙に書いた仲間の名前を見せて回る。
カエデとフラウもそれぞれ聞き込みをしてくれていた。
やっぱりここにはいないのか。
導きの針にも反応はなかった。
せめて手がかりくらいは、と思っていたのだが。
「ご主人様、すぐに来てください!」
「なんだ!?」
カエデに呼ばれて駆け出す。
もしかして二人を見つけたのか。
そこには鼠部族の女性がいた。
「あんたがソアラ様とピオーネ様の知人って男?」
「ああ」
「もしかしてトールって名前じゃ」
「俺を知っているのか!?」
女性は俺を穴が空くほどじっくりと観察した。
「まさか本当に助けに来るなんて驚いたわ。いやね、ソアラ様がトールは必ずピンチに駆けつけてくれるなんてよく言ってたものだから」
「そうか。それで二人は?」
「恐らく無事に脱出できたと思う。行き先については確証はないけど、イザベラが付いているなら西に向かうはず。彼女の故郷がそっちにあるから」
彼女からこれまでの出来事をことこまかく聞いた。
二人はここで大規模な脱出計画を立てたそうだ。
カリスマ性溢れるピオーネとソアラは、多くの人々を先導し、誰もできなかった脱出を見事成し遂げたのである。
再び捕まった者もいたが、かなりの数が逃げることに成功したのだとか。
「あの方達は今でも私達の希望だわ。お願い、どうか二人を見つけ出し助けてあげて」
「もちろんだ。ソアラもピオーネも大切な仲間だからな」
やっと、やっと有力な手がかりを手に入れた。
ここに来て正解だったよ。
「どうかお考え直しを。漫遊旅団がいたからこそ素晴らしい成果を得られたのです。ぜひ陛下とお会いになり、相応の褒美を受け取ってください」
「気持ちは嬉しいが先を急ぎたいんだ」
マネージャーであるヌッハは俺達を引き留めようとする。
彼の背後には顔を涙で濡らした兵士達がいた。
「カエデちゃんがどこか行っちまう!」
「ちくしょう、こんなに辛いのは初めてだ!」
「オレ、軍を辞めて付いて行く」
「バカ止めろ! 邪魔になるだけだ!」
「フラウちゃん、フラウちゃん! うわーん」
まぁ、俺が旅立つのはどうでもいいみたいだが。
別にすねているわけじゃない。
仲間が大切に想ってもらえるのはいいことだ。
ほんの少し寂しい気持ちにはなるが。
「みなさん、またどこかでお会いしましょう! お元気で!」
「ちゃんと漫遊旅団の伝説を語り継ぐのよ。いいわね」
おおおおおおおおっ!
二人に呼応して兵士達は盛大に見送ってくれる。
その中には『カエデラブ』の旗を振る将軍の姿もあった。
あんた、カエデファンだったのか……。
◇
ガルバラン軍と別れ、俺達は大森林を西へと進む。
あえて徒歩で向かうのは、カエデの鼻が二人の匂いを見つけるのを期待してだ。
川に垂らした釣り糸を眺めながらぼやく。
「ルーナは見つかった。ソアラにピオーネも生存が確認できた。あとはネイ、マリアンヌ、アリューシャ、リン。せめてどこにいるのか判明すればなぁ」
「ごしゅじんさま~」
果実を腕一杯に抱えたカエデが戻ってくる。
すっかりここの生活にも慣れた様子だ。
軍に同行している時よりも活き活きしている。
カエデ曰く、二人きりの時間ができるので嬉しいのだとか。
四六時中注目されたからな。
「フラウは?」
「パン太さんと一緒に、食材探しに出かけています。先ほど見かけた際は鹿を追いかけていましたよ。ふふふ」
カエデは今日もずいぶんと機嫌がいい。
果実をリュックのそばに置くと、ぱたぱた駆け寄ってきて俺の隣に座る。
「どうですか、釣果は」
「さっぱり。ここは食いつきが悪いな」
「餌が問題なのでしょうか?」
「かもしれん。もう少し大きなミミズを探した方がいいのかもな」
晴れた日の川辺はポカポカしていて暖かい。
心地の良い水音と小鳥の音が、疲れた心を癒やしてくれるようだ。
「ご、ごしゅじんさま、もう少し近づいてもよろしいでしょうか」
「いいぞ」
密着するほどカエデは俺へと身を寄せる。
それから肩の辺りをすんすん、と匂いを嗅いでからすりすり頬を擦り付けた。
こてん、と俺の方へ体重を預ける。
「ご主人様に出会えたことは最大の幸せです」
「俺もお前がいなければ、ここにはいなかったと思う。実はさ、少し前まで夢にうなされていたんだ」
「もしかしてリサとの?」
「そう、夢の中で何度も何度も『あの日』を繰り返してた。リサを倒して、セインを捕まえてからも、悪夢はずっと続いていた。でも最近になってぱったり見なくなったんだ」
ぽっかりと空いた胸の穴が、少しずつだが埋められている気がする。
間違いなく仲間達のおかげだ。
みんながいたからこそ俺は歩き続けられた。
「私は、ご主人様の支えになっているのでしょうか?」
「いないと困るくらい支えられてるよ。ずっと一緒なんだろ」
「はい。死んでもお側を離れません」
彼女は腕にぎゅうとしがみついてそう言った。
見上げる目は潤んでいて、ピンクの艶のある唇に視線が固定されてしまう。
自然と俺とカエデの顔は近づいていた。
「あるじさまー! みてみて!」
「きゅう~」
「「!??」」
慌てて俺達は離れる。
フラウとパン太が戻ってきていたなんて。
もう数分だけ欲しかった。
「どしたの?」
「フラウさんの昼食は抜きです!」
「えぇっ!? なんで!?」
ぷんぷん怒るカエデ。
フラウはショックで抱えていた鹿肉を地面に落とした。
「はぐはぐっ!」
「もう少し落ち着いて食ったらどうなんだ」
「いつカエデの気分が変わるか分からないんだから。今の内にお腹いっぱいに食べておかないと」
フラウは料理を口の中に掻き込む。
やっとカエデの機嫌が直って、食事の許可が出たのだ。
彼女には同情する。完全にカエデの八つ当たりだ。
しかしながら仲間にあれほど怒るのも珍しい。
よほどキスをしたかったのだろう。まぁ俺も非常に残念だったが。
ちなみにカエデは俺の隣で未だにむくれている。
これでも良くなった方だ。
「そうそう、狩りの途中で同族に会ったわ」
「フェアリーに?」
「うん。大森林にはフェアリーの国があるって言ってたでしょ。だからその子に、案内して欲しいって頼んだの。主様がオーケーならすぐにでも出発できるわよ」
そう言えば裏市でそんな話を聞いたな。
古の魔王ロズウェルの有力な手がかりがあるとか。
「案外、二人ともそっちにいるかも」
「なるほど。それは考えてなかったな」
「カエデも賛成よね」
「私はご主人様の行くところに付いて行くだけです」
俺達は荷物をまとめ、フェアリーの国へ行くことにする。
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