157話 エルフ勇者の憂鬱その8


 ガルバラン国を出発した僕らは、眷獣のシルクビアで大森林を越えようとしていた。


「やっぱり金は煌めきが違うね☆ ちょっとしたお金持ちだよ☆」

「ふん、全て僕のおかげだということを忘れるな」

「うんうん、ジグは格好良くて素敵な勇者だもんね☆」

「……くく」

「なんだエイド、なにがおかしい」

「……気にしないでくれ」


 珍しくエイドが上機嫌だ。

 ガルバランで手に入れたスクロールがよほど嬉しかったのか。


 すでにスクロールは使用したみたいだが、未だに顔は見せてくれない。


「これは、攻撃?」


 不意に彼が、意識の向けていなかった方角へ顔を向けた。

 直後に爆発が発生し、シルクビアが激しく揺れる。


 魔法攻撃か!?


 真横からピンクの閃光が無数に飛ぶ。


 当たる度に、シルクビアのバリアが大きくたわみ、眷獣にしがみついていなければ振り落とされそうなほど。


「シルクビア、急いで着陸しろ!」

「だめだ、もう遅い!」

「落ちる☆ こんな高度で落下したら死んじゃうよ☆」


 とうとうバリアが砕け散る。

 シルクビアは高度を下げながら、最大速度で大森林の真上を逃げた。


 なんて威力、一発一発に上位魔法並の魔力が込められている。


 舞い上がる土柱は軽々と五十メートルを超える。


「シル~」

「くそっ、もう限界なのか! このポンコツ眷獣が!」


 攻撃が、止んだ?

 だがもう落下は避けられない。


 ぎりぎり大森林を抜け、シルクビアは沼地へと不時着した。






「――うっ」

「あ、まだ動かないで。傷口が開いてしまうわ」


 うっすら目を開けば、僕とさほど変わらない歳の女の子がいた。

 意識は未だぼんやりとしていて、おかれた現状をはっきりとは把握できない。


 無意識に手を伸ばせば、彼女は優しく微笑んだ。


「ごめんなさい。回復薬があればもっと助けられたのだけれど。なにぶん辺鄙なところにある小さな村だから」

「君の名は?」

「ターニャ」


 僕は再び深い眠りに落ちた。



 ◇



 ベッドの上でひたすら彼女を目で追いかける。

 ターニャは働き者で、朝から晩までなにかしら仕事をしていた。


 世辞にも美人とは言えない容姿に、常に色気のない薄汚れた恰好をしていた。


 おまけに僕の嫌いなヒューマンだ。


 なのに、妙に心惹かれるものがあった。


「お医者様が言っていましたよ。あと一週間もすれば立てるまでに回復できるって。さすが高レベルなエルフさん、驚くような回復力です」

「言っておくが僕はエルフじゃなくハイエルフだ。それからあんまり馴れ馴れしく口を聞くな。僕と貴様とでは、身分も違う」

「失礼いたしました!」


 彼女は慌てて謝罪する。

 僕は余計なことを言ってしまったことに気が付いた。


 違う、そんなことを言いたかったのではない。


「だ、だが、特別に貴様だけには許してやろう。だから近くで看病しろ」

「私でいいのですか?」

「特別だ。光栄に思うんだぞ、勇者ジグの近くにいられることを」

「はい!」


 彼女が部屋を出ると、僕は布団から顔を出してドアを見つめた。



 ◇



 どうやらこの村は、不時着した沼地の近くにあるようだ。

 ターニャはこの辺鄙な村で両親と一緒に暮らしているらしい。


 村の大部分はヒューマンで構成されていた。


 僅かながらビーストとドワーフもいて、数少ない村の戦力として力を振るっているとか。


「明日からは歩いて構わないよ」

「良かったねジグ☆」

「……心配したぞ」


 医師からようやく完治の言葉が出た。

 セルティーナとエイドは僕以上に診察結果に喜んでいるようだった。


 こんななにもないド田舎の村から出られるはずなのに、心には悲しさがあった。


 ここにきてずっと考えているのはターニャのこと。

 この感情はなんだろう。

 今までなかった不思議な感覚だ。


 欲しかった全てがどうでもよくなり、ターニャだけが鮮やかに色づいていた。


 もしかしてこれが、恋なのだろうか。


 あり得ない。あんな芋臭いヒューマンの女を僕が?

 でも、この胸の締め付けは事実だ。


 その夜、僕はおかしな夢を見た。





「ちゅーちゅー」


「ちゅーちゅー、おいちいな」


 なんだ、この声は?

 どこから聞こえるんだ??


「ちゅーちゅー、君のぜーんぶを僕にちょうだい」

「だれ、だ?」

「おや、目が覚めちゃったかな」


 そこには、僕がいた。


 漆黒の鎧を纏った僕。

 けれど、その顔は似ても似つかぬ醜く歪んだ邪悪な顔だ。


 口角を鋭く上げ、愉悦に満ちたよどんだ眼で寝ている僕をのぞき込む。


「ちゅーちゅー、おいちいおいちいご馳走」

「何を言って……管?」


 そいつの鎧から無数の黒い管が伸びていて、僕の両腕を針のような先で突き刺している。


 管は吸い上げるようにどくんどくんと動いていた。


「これ? 君のステータスを吸っているんだよ。くひひ」

「やめろ、僕から奪うな」

「お願いは聞けないなぁ。僕は、奪うのが大好きなんだよ。あ、心配はいらない。まだ殺さないから。じわじわいただくつもりだよ」


「君の人生、ぜーんぶ僕がもらうからさ」


 ひぃいいい。


 僕はベッドから勢いよく起き上がる。

 恐怖で心臓が激しく鼓動していた。


 部屋には誰もいない。


 腕を見たが針の刺さったような後はなかった。


 夢……?

 それにしてはあまりにもリアル。


 ふと、どこからかぎしぎし揺れる音が耳に届いた。


 この家の夫婦か。

 見かけによらず盛んだな。


 僕は再びベッドに潜り込んだ。



 ◇



 剣に付いた血を振り落とし鞘に収める。

 山積みとなった魔物の死体に、ターニャとその他の村人は歓声をあげた。


 世話になった礼に、村の近辺にいる害獣をまとめて始末したのだ。


「ありがとうございます、ジグさん!」

「勇者として当然のことだ」

「それでも嬉しいです! エイドさんもセルティーナさんもありがとうございます!」

「礼なんて無用だぞ☆ 二人の仲じゃない☆」

「……その通りだ」


 ターニャは僕には頭を下げるのみで、セルティーナとエイドには握手をしていた。


 その僅かな差に嫉妬心が湧き起こる。

 提案をしたのは僕だ。ターニャは僕にもっと感謝をすべきなんだ。


「……ターニャ、君はもっとジグに感謝の気持ちを伝えるべきだ。彼が言い出さなければ、今回のことはなかったんだぞ」

「そ、そうですね。ジグさん、ありがとうございます」


 ターニャにハグをされる。

 それだけで僕は天にも昇るような気持ちとなった。


 エイド、よく言ってくれた。君は良い奴だ。



 ◇



 旅立ちの朝。

 ターニャが見送ってくれる。


「またこの村に来てくださいね。絶対に」

「ルドラを倒したら必ず」


 滞在した一週間で僕はターニャにメロメロになっていた。


 具体的になにが僕を強く惹きつけたのかは不明だ。

 しかし、彼女は僕の価値観を粉々に砕いてしまった。


 高貴なハイエルフであるこの僕が、下等なヒューマンに恋するなんて。


 この旅が終われば彼女に結婚を申し込もう。


 決して彼女に苦労はさせない。この命を捧げても。


「出でよ、シルクビア」


 刻印から眷獣を出そうとするが反応がない。


 ちっ、思ったよりも深手を負ってしまったようだ。

 出てくるのを拒んでいる。


 せっかく彼女にカッコイイ姿を見せようと思っていたのだが。


「どしたの☆」

「シルクビアが出ない」

「あ~、とんでもない攻撃を受けた後だしね☆」

「仕方がない。ここからは歩きだ」


 僕らは徒歩で村を出発した。





「何者が攻撃したか分かったか?」

「村の住人に聞いた話だと、古の魔王ロズウェルかもだって☆」


 道なりに僕らは西へと進んでいた。

 二人からはこの一週間で集めた情報を聞く。


 魔王の攻撃だったのなら納得が行く。


 しかし、なぜ僕らを狙ったのか。


「……何らかの理由で敵と認識されてしまったのだろう」

「大森林の上はもう飛べないな。古の化け物め」


 僕はエイドの顔に注目する。

 悪夢に出てきた男を思い出したのだ。


 あいつは漆黒の鎧を身につけていた。


「そろそろ顔を見せてもいいだろ」

「……そうだな」


 彼は立ち止まって兜を脱いだ。


「違うな」

「……違うとは?」

「いや、思ったよりも普通の顔を選んだのだなって」


 エイドの顔は、見覚えのない青年の顔だった。


 ガルバランで見つけたのだろうが、もう少しいい顔があったはずだ。

 耳を見れば彼がエルフであることは一目瞭然だった。


「なんとなくヒューマンな気がしていたが、君もエルフだったんだな。まぁ、今となっては種族などどうでも良くなったが」

「ミーはその顔、結構好きかな☆ あっさりしててどことなくジグに似てるし☆」

「どこかだ。まったく似てないだろ。訂正しろ」

「……自分の顔で揉めてくれるな」


 彼は再び兜をかぶる。


 やっぱりあれは夢だった。

 エイドは僕の顔を選ばなかったんだ。


 ステータスだって何も変化はない。


 だけど――あの声が耳から離れない。



 ちゅーちゅー。




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