156話 エルフ勇者の憂鬱その7


 ばしゃばしゃ。

 走る度に足下の水がしぶきを上げる。


 僕らは息を切らしながら薄暗い通路を走っていた。


「出口はどこ、もうこんなの嫌☆ どうしてこんなところを走らないといけないの☆」

「うるさいっ! だったらに文句を言えよ! 僕だっていつまでもこんな場所にいたくないんだよ!」

「……二人とも冷静になれ」


 分厚く高い壁に挟まれたここは、地下迷宮の深部。


 レッドマウスファミリーとやらからなんとか逃げ延び、魔族を探していたのだが、その際にヤバい連中のテリトリーに入ってしまったのだ。


 奴らはイレブンモンキー。


 この地下で一番危険なファミリーだそうだ。


「大丈夫、何もしないからこっちにおいで!」

「うひひひ、太っとい針を突き刺して可愛がってやるよ!」

「切り刻む! きりきざーむ!!」

「あばびぶ、ぶべべべっ!」


 ひぃいいい!


 後方からしつこく追いかけてくる。

 どいつもこいつも見るからにヤバそうな恰好をしていて、手には赤黒いハサミや鎌を握っている。


 僕の中で恐怖が加速する。


 奴らとは一度だけ交戦したが、僕らより僅かにレベルが上なのか倒すことができなかった。

 おまけに変則的な攻撃を得意としていて、危うく殺されかけたのだ。


 なんなんだよここは!





「撒いたか?」

「もういないみたい☆」


 壁際から通路の奥を覗き、追っ手がいないことを確認する。


 やっとあの気味の悪い連中から解放された。

 全くここに来て碌なことがない。


 肝心の魔族は見つけられないし、変な男共には目を付けられるし、あげくはおかしな連中に追いかけ回される。


 もっと言えば、ここのところ不運続きだ。


 それもこれも漫遊旅団と出会ってからが始まり。

 あいつらは疫病神だ。


 本来なら邪竜を討伐して、今頃は左団扇で平穏に暮らしてたはずなんだ。


 くそっ、くそくそくそ。

 思い返すだけでイライラする。


「元気出してジグ☆ 君は勇者なんだぞ☆」

「うるさいっ! いつもいつもベタベタしやがって! 僕はお前なんかには興味がないんだよ! 都合が良いから連れているだけだ!」


 セルティーナの手を強く弾いた。


 たった一度助けてやっただけで犬のように懐きやがって。

 僕はお前に付いてこいとは一言もお願いしていない。


 あまりにしつこいから抱いてやれば、今度は恋人のように独占しようとする。


 うざいんだよお前。

 いい加減、自分の立場を自覚しろよ。


「ごめんね……ジグ☆」

「ふん」


 だがまぁいい。

 モニカには数段劣るが、こいつはこいつでそこそこ良い女だ。


 カッとなってどうでもいい本音をぶちまけてしまった。


「……それで、これからどうする」

「もう魔族は諦めるしかないだろうな。それよりもどうやって地上に戻るかだ」


 地図もなく、現在地も不明で来た道すらはっきり覚えていない。

 認めたくはないが僕らは迷子だった。


 幸い食料と水には余裕ある、なんとかなるだろう。


 僕はふらりと歩き出した。


「ジグ、どこへ行くの☆」

「階段を探す」


 一刻も早く地上へ戻らないと。

 漫遊旅団なんかにルドラを倒させはしない。


 この旅は、僕の輝かしい未来がかかって――。



「みーつけた」



 薄気味悪い顔が、曲がり角からひょこっと出た。


 ひぃいいいいいいい!

 見つかった!!


 僕らは再び死に物狂いで駆けだした。




 ◇




 何日過ぎたか不明。

 だが、僕らはようやく地上の光を浴びることができた。


「やったぁぁああああああああ! 外だ!!」

「嬉しい、嬉しいよぉ☆ 日に照らされた地面がこんなに気持ちいいなんて☆」

「……ぐすっ」


 太陽が一番高い位置にある時刻。

 それでも人目もはばからず地面に頬ずりした。


 恋しかった地上の地面がようやく目の前にあるのだ。


「ママ~、あの人嬉しそうに地面を撫でてるよ~」

「見ちゃいけません。ほら、行きますよ」

「でも、あそこ馬のウンコが――あ、待ってママ~」


 頬ずりしていた地面を見れば、乾燥したウンコが石畳にこびりついていた。

 直後に襲う猛烈な吐き気。


 おえぇ。


「きたなーい☆ 近づかないでね☆」

「お前!」

「……早く顔を洗ってこい」

「エイド、そうだな」


 妙に優しいエイドに肩を叩かれ、僕は頷いた。





「しばらくは地下へ行きたくないな」

「だね☆」


 ベンチで焼き菓子を頬張りながら、僕はこれまでの出来事を振り返る。


 イレブンモンキーに散々追いかけ回された後、僕らは地上へ戻る道を完全に見失い彷徨い続けていた。


 ようやく上に続く階段を見つけたものの、再び奴らに見つかり、階段を登りながらの逃走劇が開始されたのだ。


 それでもなんとか逃げ切り、上層へと上がれば、今度はレッドマウスファミリーと遭遇。


 僕らはゴミが散乱した路地を必死に逃げ続け、やっとの思いで地上に帰還したのだ。


「依頼達成できなかったね☆」

「……仕方がない。それでも収穫はあったじゃないか」

「はぁぁ。遺物なんてどうだっていい。僕は今回の件で、この国に名と恩を売れると考えていたんだがなぁ」


 地下深く潜ったおかげで、いくつかの遺物は得ることができた。

 これで旅の資金は確保できただろう。


 だが、それだけだ。結局、本当に欲しい物は手に入れられなかった。


 しかも気が重いのは、国王への報告だ。

 引き受けた以上、失敗でも伝える義務がある。


「……ほう」

「銀色のスクロールなんてあるんだね☆」


 エイドが銀色のスクロールを開いて内容を見ていた。

 横からセルティーナものぞき込んでいる。


 そう言えば拾った遺物の中にあったな。


「……今回の報酬の代わりに、これをもらってもいいか」

「内容は?」

「君には無用の遺物だ」


 受け取って中を見る。


 これは『姿変え』のスクロールだ。


 姿変え――このスキルを有する者は、自由に姿を変えることができる。ただし、その効果は人に限られている。加えてステータスまでコピーすることはできず、あくまで肉体的な変化に留まる。


 有名な詐欺師や泥棒が所持している悪名高いスキルだ。


 何故これを彼が?


 いや、でもしかし、所詮はスクロール。

 手に入れたところで一度だけしか効果はない。


「実は自分の顔はひどい火傷を負っていて、そのことがずっとコンプレックスだったんだ。これがあればその悩みからも解放される」

「元の顔は捨てる、ってことか?」

「君には分からないだろう。この兜を脱ぐことができない苦しみが」

「分かった分かったよ。これはやる」


 話が長くなりそうだったのでスクロールをエイドに返す。


 どうせスクロール、もらったところで使いどころもないし売るだけだ。

 欲しければくれてやる。


「その代わり今まで以上にパーティーに貢献しろ。いいな」

「……承知した」

「良かったねエイド☆」


 エイドはセルティーナへ、嬉しそうな様子でこくりと頷いた。



 ◇



 謁見の間に笑い声が響く。

 声の主はガルバラン国王である。


「ぶはははははっ、ひぃいいい、余を笑い殺すつもりか!」

「けっしてそのようなことは……」


 足をジタバタさせ、肘置きをガンガン叩く。

 周囲の臣下や騎士も釣られて大口で笑っていた。


 くっ、どれだけ笑うつもりだ。


 恥ずかしさに顔が熱くなり、この場にいることが死ぬほど屈辱的だった。

 完全な笑いもの。まるで道化になったような気分だ。


「貴殿はこの一ヶ月、地下組織に追われ続けていたと」

「いかにも」

「なかなかの災難だったな。ああ、魔族のことは気にしなくてよい。貴殿を追いかけたと言うレッドマウスが全てかたづけてくれた」

「奴らが!?」


 あいつらは魔族と繋がっていたはず。

 その場面をこの目で見た。


 だからこそ僕らは、あの虎男に殺されかけたんだ。


 ふざけんな。


 必死に逃げ回ったあれはなんだったんだ。

 これじゃあ本当に道化じゃないか。


「陛下、例の大規模作戦の参加についてですが……」

「なんだまだ知らんのか」


 王は小指で鼻をほじりながら片眉を上げる。


「ルドラの拠点は漫遊旅団なる冒険者パーティーの活躍によって壊滅した。いやはや非常に優秀な者達であったそうだぞ。歌も踊りもできて、実力においても敵の将軍を瞬殺だそうだ。我が国の英雄にできなかったのが惜しまれる」


 僕はその名を聞いて愕然とする。


 一ヶ月も地下を這いずったのに、あいつらの活躍を聞かされるなんて最悪だ。


 僕は高貴にして誇り高きハイエルフの勇者なんだぞ。

 たかがヒューマンに劣るなんてことあり得ない。


 何かが間違ってる。きっとそうだ。


「ルドラを探しておるなら西へ向かうがよい。これは噂なのだが、魔王ルドラはとある国を乗っ取り、配下の魔族と共に居座っておるようだ」

「陛下!?」

「期待外れだったのは確かだが、貴殿が勇者なのは疑いようのない事実。そして、勇者の本領は魔王退治である。偉業を成し遂げてみせよ」


 国王が手を叩けば、膨らんだ革袋を女性が僕へ差し出した。


「金貨が百枚ある。受け取れ」

「寛大な御心に感謝いたします」


 明らかに哀れみからの援助。

 僕の目に涙が溜まる。


「ひぐっ、ふぐぐぐ」

「なんだ泣いておるのか!」

「ないでまぜん……」

「みなのもの、エルフの勇者が泣いておるぞ! ほれほれ!」

「うわぁぁぁああああ!」


 革袋を握って僕は宮殿を飛び出した。


 ぶっ殺してやる、漫遊旅団!!

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