155話 戦士と妖精はなにかと話を端折りたがる


 一週間が経過。

 軍はルドラの拠点に目前まで迫っていた。


 俺はとある卵を見ながら考え事をする。


「――どちらにすべきか。そろそろ決めないと」


 目の前には大口のヤツフサにもらった強化卵がある。


 使用できるのは一匹だけ。

 ロー助かサメ子のどちらかしか強くできない。


 今日まで悩みに悩み抜いてきたが、ようやく俺の中で定まった感覚があった。


 とても貴重な卵だ。

 決して無駄にはできない。


「きゅう、きゅうきゅう」

「白パンがロー助を強くするのは反対だって言ってるわよ」


 パン太はフラウに耳打ちして代弁を頼んでいた。

 たぶん、ロー助がさらに強くなると自身の力不足が余計に目立ってしまう、とでも考えたのだろう。


「すまない」

「あ、白パン」


 パン太は目をうるうるさせてぴゅーと逃げていく。

 フラウも追いかけて飛んで行った。


 ……あとできちんと謝っておくか。


「出ろ、ロー助」

「しゃ!」


 ロー助は説明されるまでもなく、自ら卵の頭頂部へと近づく。


 六枚の蓋ががぱり、と粘度の高い糸を引きながら開いた。

 すでに待機状態だったのか、何かをするまでもなく強化卵は俺の眷獣に反応している。


 ロー助は一度だけ俺を見てから、迷うことなく卵の中へと飛び込んだ。


 蓋が塞がり卵の表面にみるみる太い血管が浮かび上がったと思えば、大量の何かを送っているのかどくんどくん動いていた。


 ……。


 …………。


 ………………。


 一時間ほど経過した頃、内部から大きな鼓動が聞こえ始める。


 ぶしゅうううう。

 大量の蒸気が放出され、再び六枚の蓋がばぱりと開く。


 しばらく待つが一向に出てこないので、そっと中をのぞき込んだ。


 しゅっ。


 すさまじい速さで何かが飛びだし、影は真上へと飛翔。


 おお、あれが新しいロー助か!


 見上げた先には、長い身体を空中でくねらせる銀色の生物がいた。

 頭部は剣のような形状となり、胴体はより太く長く鋭い威圧的なフォルムへと成長を遂げていた。


 めちゃくちゃカッコイイ!

 やばい、ロマンに溢れすぎててロー助を特別扱いしそうだ!


「しゃ~」


 ロー助はいつものように撫でて欲しいと、頭部で俺の手をちょんちょんつついた。



 ◇



 八日目。

 ガルバラン軍はとうとう敵との本格的な戦闘を開始しようとしていた。


 ガルバラン軍と守りを固めていたルドラの兵がにらみ合う。


「ルドラ様の領地にのこのこ踏み入ってくるとは、恐れを知らぬビースト共。三鬼将であるこのビュートの前に立ったのが運の尽きだ。くははははっ」


 魔族の先頭に立つのは三鬼将のビュート。

 細身で整った容姿に貴族のような優美な服装、その両手には刃物のような鋭い爪の付いたガントレットをはめていた。


 ずいぶんな軽装だ。

 相当に素早さへの自信があるか、見た目と違いずば抜けた防御力があるか。


 対するはガルバランの将軍。


 獅子部族らしき男性が、赤いマントをはためかせ堂々と応じる。


「度重なる我が国への攻撃、陛下への侮辱、誠に許しがたき蛮行である。我らガルバランはこの戦いをもって魔王ルドラに対し宣戦布告する。一度しか申さぬ、ただちに武装を解除し全面降伏せよ」

「獣と変わらぬビーストがルドラ様に刃向かうとはな。血を流さねば分からぬか」

「魔族が、なおも我らを貶すか! その言葉、吐いたことを後悔させてやる!」

「ギャハハハ、貴様が命乞いする光景が楽しみだ! 戦慄せよ、このビュートに――」



 ビュートの頭部が地面に転がった。



 何が起きたのか未だ理解のできない両軍は、凍り付いたように固まっている。

 俺は血を振り落とし、大剣を鞘へと収めた。


 振り返って将軍へ確認する。

 

「倒して、良かったよな?」 

「と、とつげきぃいいい!!」


 ハッとした将軍が、慌てて剣を振り下ろして叫ぶ。

 固まっていた両軍は動き出した。


 指揮官を失ったルドラ軍は総崩れとなり、蜘蛛の子を散らしたように逃げ始める。


「さすがですねご主人様。格好良かったです!」

「そうか?」

「あのタイミングはないんじゃない? 敵もまだ喋ってたのに。さっきの将軍の顔見たでしょ、あれ絶対にあとで泣くわよ」

「やっぱそうか、でも隙だらけだったしな」


 冒険者だから戦のやり方なんて知らないんだよな。

 ましてや異大陸の戦なんてさ。


 後で、将軍に怒られるかな……。


 この日、ガルバラン軍は数人の負傷者を出したのみで勝利を収めた。



 ◇



 軍はさらに歩を進め、目的地であるルドラの拠点の一つに到着する。

 だが、高く分厚い外壁が取り囲み、軍の侵入を拒んでいた。


 兵は丸太を即席の攻城兵器とし、固く閉じた門をぶち破ろうと汗を流し続けていた。


「いつまでかかるんだこれ。かれこれ五時間だぞ」

「思ったよりも門が堅いみたいですね。いかがいたしますか」


 俺とカエデはぼんやりと様子を見ていた。


 どうするっていってもな。

 将軍には案の定、涙目で怒られたし。


 余計なことをするな大人しくしていろ、と約束させられているんだよな。


「ただいまー!」

「きゅう」


 偵察に出ていたフラウとパン太が戻ってくる。


 さてさて、中はどうなっているのか。


「外壁の向こうには大きな穴や作りかけの建物があったわ。強制労働させられている人達も見たわよ」

「敵の数は」

「千くらいかな。ワイバーンは二十頭ほどいたわね」


 ワイバーン乗りが二十騎か。

 もし出てきてもロー助やフラウで対処可能だろう。


「ええい、まだなのか! 早く門をこじ開けよ!」

「なにせ恐ろしく頑丈な門でして」


 怒気を発する将軍に、騎士の一人が申し訳なさそうに報告をしていた。


 仕方がない。

 ここは俺が一肌脱ぐか。


「動かれるのですね」

「そろそろ見ているのも飽きたんだ」

「ふふーん、主様が出ればあんな門一発ね」

「きゅう!」


 俺は兵士達に声をかけ、丸太を打ち付けるのを止めさせた。

 演奏をした甲斐もあって一応ではあるが、俺も彼らの中でそこそこの有名人だ。


 まぁ、崇拝されているカエデとフラウには遠く及ばないが。


「ひとまずここは俺に任せてくれ」


 心配する兵士を下がらせ、俺は分厚い門の前で肩を回す。


「ふんっ!」


 ずがん。パンチ一つで扉はくの字に曲がり弾き飛ばされる。

 支えていた蝶番も衝撃に耐えられず砕け、くっきり拳の後が残った扉は十メートル以上の距離を軽々と飛び越え地面をバウンドした。


「ばかなぁぁあ! 扉が破られただと!?」


 向こう側には武装した魔族が集まっていた。

 先頭に立つのは見覚えのある男。


 確か三鬼将のビュートだったか。


 しかし、奴は俺がこの手で殺したはずだ。


「ふざけやがって、ビュートはどこで何をしている!?」

「あいつなら俺が倒したぞ」

「つまらん冗談を。この三鬼将ビューザの双子の弟が、貴様のようなヒューマンに倒されるはずがないだろうが」


 ああ、双子なのか。納得。

 あまりにもそっくりなので倒し損ねたと思ったよ。


 上空を見るとすでにワイバーンは飛び立ち、獲物を狙う鳥のように旋回を繰り返している。


「見上げるがいい、我がワイバーン部隊を。ルドラ様より与えられし精鋭中の精鋭、空の狩人達だ」

「ロー助、出ろ」


 呼び出すと同時に銀色の閃光が空を駆け抜ける。


 魔族とワイバーンはバラバラになって地上へと降り注いだ。


「我が、ワイバーン部隊が……マジ?」


 おお、ロー助すげぇな。

 以前とは比較にならないくらい速い。


 ビューザは青ざめた顔で見上げていた。


「どうする? 降伏するか?」

「ぐぎぎ、たかがヒューマンが。だったらこの手で直接始末するだけだ。恐れおののくがいい、このビューザによって貴様達は惨たらしく死を――ぶぎゅう」


 フラウの振り下ろしたハンマーによって、ビューザは深く地面にめり込んだ。


「話が長いのよ。たく、ほらさっさと戦うわよ……あれ、死んでる?」


 フラウの不意打ちによって、ビューザは埋まったまま絶命していた。




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