154話 戦士は音楽隊に所属する
裏市を体験した翌日。
地上に戻った俺達は、案内をしてくれたアッシュに礼を言う。
「これは謝礼だ。受け取ってくれ」
「あかん! 兄さんからお金なんてもらえへんて!」
「少ないけど精一杯の感謝だからさ」
腕を掴んで金貨の入った袋を押しつける。
彼は観念したのか素直に受け取った。
そして、苦笑する。
「ほな、ありがたくもらっときます。弟分に酒でも飲ましますわ」
「うんうん、弟を大切にな」
「……兄さん、なんか勘違いしてんちゃいます?」
「??」
アッシュはげんなりした様子で地下へと戻っていった。
俺は朝日を浴びながら背伸びをする。
旅立ちには気持ちの良い時間帯だ。
ひとまず情報に従い西へと向かうつもりである。
しかし、裏市で派手に散財してしまった。
貴重な酒やら食材やらがあって、ついつい手を伸ばしてしまったのだ。
こうなるとフラウを馬鹿にできないな……。
「でも地下遺跡の最下層にも行ってみたかったわね。聞けば未探索領域がまだまだあるって話じゃない。とんでもないお宝があったかもよ」
「そうなんだけどさ、今は一刻も早く仲間の安否を確認したいしな」
「お宝と言えば、まだ確認していない購入物がいくつかありましたね」
そう、まだフラウが買ってきた物を確認していない。
どうせガラクタばかりだろうが。
気が向けば見てみるか。
パン太に乗ったフラウが目の前に来て何かを取り出す。
「じゃーん、いいでしょこれ!」
「もしかしてギュラーですか。小さくて可愛らしい」
フラウが持つのはフェアリーサイズのギュラー。
裏市で買ったのだろう。
ロウワの村で使っていたギュラーはヒューマンサイズだったしな。
フラウは指でかき鳴らす。
「何度ミルクを飲んだだろう、今も理想とはほど遠いまな板♪ 貧乳なんて言葉は誰が作った、おっぱい派ばかりの悲しみ♪ だからずっと信じてる、今も成長期だと♪ いつか夢の脂肪をこの胸に♪」
心地の良い歌声。
これで歩き旅もより楽しさが増しそうだ。
歌声を聞きながら街の西門を出た。
◇
ぬるい風の吹く草原。
道の脇で俺達は休憩をする。
「なんだこれ」
「それはね、主様へのプレゼントよ」
フラウの購入した品には派手なデザインのギュラーが入っていた。
どうやら遺物らしく、黒い箱とセットになっている。
フラウは「これで主様と演奏できるわ」とご満悦だ。
「この棒状の物は?」
「音を増幅させる遺物よ。魔力を通すと、ほら」
「フラウさんの声が大きくなりました!」
「これさえあれば、フラウとカエデの美声を、もっと多くの人に聞かせることができるでしょ」
なるほど、フラウは狼部族の村で得たあの快感をまた体験したいようだ。
確かに自分の演奏で熱狂する人々は見ていて気持ちが良かった。
それに実は時々ギュラーを弾きたくなっていたんだ。
たぶん幻想奏士の影響だろう。頭の中に次々に音楽が生まれるのである。
「カエデ、歌ってみてよ」
「でも」
「歌詞はなんでもいいから」
「で、では……」
俺は二人の為にギュラーを鳴らし、カエデとフラウは遺物に声を発する。
「貴方に囚われたい、私の全てを献上したい♪ 清純のように見えて、求める欲は奈落のようにどこまでも深く♪」
「膨らまない胸は真夏のレモン、だけど大好きな貴方は巨乳好き♪ いくら払えば貴方の特別になれるの、クリア不能なSSSランク依頼♪」
カエデはのってきたのか、くるんとスカートを翻しふわふわの尻尾を揺らしながらステップを踏む。
フラウを乗せるパン太もノリノリだった。
気が付くと道に大勢のビースト族の兵士がいた。
行軍の最中だったのだろうか。
彼らは足を止めて二人の歌声に耳を傾けている。
「「未来永劫、ご主人様の奴隷でいたい♪ これはきっと無限愛♪」」
唄が終わる。
兵士達からは拍手が起こり、瞬く間に大歓声となった。
変に目立ってしまったか。
列の後方から猪部族の男が走ってくる。
「ブラボー! まさかこんな逸材がいたなんて!」
「お、おお……あんた誰だ」
「失礼。自分はヌッハ、新規創設された音楽隊の責任者です」
「音楽隊?」
俺達は揃って首をかしげた。
しかし、この男性どこかで見覚えがある。
あれは……そうそう王都だ。
階段に座って嘆いていた彼だ。
「いやぁ、本当に良かった。作戦開始までもう日もないというのに、兵を音楽で鼓舞する部隊を作れだなんて命令されて。貴方方を見つけるまで生きた心地がしなかったですよ」
「それってつまり、私達に軍歌を唄えと?」
「あ、はい、その通りです。正式採用は後日、となりますが今回はひとまず仮の部隊員として――」
「ちょっと、勝手に話を進めないでよ! フラウ達は旅をしていて忙しいの! あんた達の戦争なんかに関わっている暇なんてないんだから!」
フラウがずいっと前に出て、ヌッハの眼前に指を突きつける。
まさに俺の言いたかったこと。
「それは大変失礼いたしました! では、今回だけの仮の隊員と言うことで。終わった後は、きちんと報酬もお支払いいたします」
つまり依頼、ってことか?
唄や演奏だけなら直接戦う必要もないし、報酬次第ではかなり割のいい仕事になる。
「此度の作戦の中核は、魔王ルドラの拠点の一つを強襲し、攫われた人々を解放することにあります。しかし、高レベルの魔族に対し尻込みする者も多く、あまり申したくはないのですが士気はそれほど高くないのです」
「それで軍歌、ですか」
「ええ、美しい歌姫である貴方に勇気を与えてもらいたいのです」
俺はさらに詳細を聞く。
ルドラは現在、この先にある大森林にて拠点の建設を行っているそうなのだ。
しかも労働力は各地より攫ってきた大勢の民。
罪もない人々が今も過酷な状況で酷使されていると言う。
「ご主人様」
「……そうだな」
そんな話を聞いて協力しないわけにはいかない。
むしろ俺達の演奏で人々が解放されるのなら喜んで引き受ける。
それにさ、そこに行方不明の仲間がいるかもしれない。
フラウに目を向ければこくりと頷く。
「具体的には何をすればいいんだ?」
「とにかく唄って踊って兵士を勇気づけてください。作詞作曲もお任せいたしますし。必要な道具と人員もお伝えいただければすぐに御用意いたします。おっと、まだお名前をお聞きしておりませんでしたね」
「漫遊旅団のトール、カエデ、フラウ、パン太だ」
ヌッハと俺は握手をした。
◇
軍に同行して三日が経過した。
敵の拠点まで道半ばと言うところだが、すでに俺達の人気は最高潮に達していた。
「ベリーなビーストハートは、ファイヤーボールのように燃えさかる♪ 触って貴方の手で、私の大きなふわふわ尻尾♪ スペシャルに独占されてキュン死にしたいだけ♪」
「「「「「それそれ、キュン死に一直線!」」」」」
「甘酸っぱい狐シュガー♪」
「「「「「こんこんこーん、萌えて燃えるファン心、見守る俺らは親心、どこまでも応援します我らのカエデ、今夜も飲める美味い酒!!」」」」」
ステージで歌って踊るカエデを、数百人の兵士が独特のリズムで応援する。
そこへドラマー(兵士)がテンポを変える。
前に出るのはフラウ。
「洗濯板なんて呼ばれても、ちょっぴり膨らみはあるのよ♪ 度外視してもいいよ、大きさなんて関係ないくらい可愛いから♪」
「「「「「フラウちゃ~ん!」」」」」
「ツインテールの乙女♪ フェアリーサイズの愛の海♪」
俺が激しくギュラーをかき鳴らす。
黒い箱から音色が発生し、空気を震わせる。
唸れ、俺の幻想奏士よ。
一瞬で会場にいる兵士達は俺の演奏に心奪われる。
演奏が終わると、爆発的な歓声が響いた。
「ふぅ、今日も良い演奏ができたな」
「どうぞタオルです」
「ありがとう」
ステージ裏に入った俺はしたたり落ちる汗をタオルで拭いた。
表からはアンコールを願う声が届いている。
おや、マネージャーのヌッハがいないな。
見れば彼はステージ脇から表を、不安そうな表情でじっと覗いていた。
「おかしい。こんなはずでは……何かが違う気がする」
うん。だよね。
俺もそう思うよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます