153話 狐耳奴隷は毛を逆立てる


 裏市――地下街三大勢力であるレッドマウスファミリーが取り仕切る、貴族や金持ちを相手にした秘密の催しである。


 場所は巧妙に隠されており、案内人なくたどり着くことはかなり難しい。


「――この地下街にゃあ、三つの市場がある。誰でも入れる『闇市』、一部の金持ち共に開かれている『裏市』、で、最もディープで危険な『暗黒市』や」

「その暗黒市ってのは誰が来るんだ?」

「とびっきりいかれた連中や。薬、拷問器具、内臓、とにかく頭のおかしいもんがぎょーさんある。先に言っとくがウチのファミリーはやってへんからな? むしろ潰したいくらいや」


 狭い通路を進みながら何度も階段を下る。


 彼はレッドマウスファミリーの幹部だそうだ。

 名前はアッシュ。組織のナンバー3だとか。


「でも裏市だって危険な物は売っているんでしょ」

「小さい姉ちゃん、ウチらと向こうを一緒にしたらアカンで。裏では薬は売らん、内臓やかて魔物限定や。奴隷も下手な扱いしたら取り上げる。クズでも程度ってもんがあるんやで」

「ふーん、ようするにその市場を開いている奴らの方がよりクズなのね」

「そうや。おかげで上からは無駄に睨まれてええ迷惑や」


 階段を下りきった先は四階層。

 レッドマウスファミリーの本拠地があるフロアだ。


 入り口らしき場所では、薄汚れた男達が焚き火を囲んでたむろしている。


 彼らはアッシュを見るなり背筋を伸ばす。


「おう、は来たか?」

「今日は来ておりません」

「そうかい。ほな、引き続き頼むで」


 俺達は再び狭い通路へと入る。


「あの方達は?」

「ウチの兵隊や。上と違ってもめ事が多いからな、いつ他のファミリーに突入されるか分からんへん。用心に越したことはないっちゅうわけや」


 通路を抜けた先には広大なフロアがあった。

 しかしながら意外にも小綺麗で、きちんとした店や家が多い印象だ。


 それでも路地を見ればゴミが散乱し、ボトルを握ったまま眠る酔っ払いを見かける。


「あれがレッドマウスの本拠地や。どや、なかなか立派やろ」


 大通りの最奥にあるのは大きな屋敷。

 立派な門には赤い鼠の紋章が刻まれていた。


 もしかしてだが、彼らのボスは鼠部族なのだろうか?


「あそこに用はない。裏市ならこっちや」


 アッシュは別の方向へと歩き出す。

 狭い路地に入り、とある建物の金属の扉を叩いた。


 のぞき窓が開き鋭い目がこちらを見る。


「おっぱいは?」

「大きさよりもさわり心地や」


 たったそれだけの会話で扉は開かれた。

 迎えるのは強面の兎部族の男。


 アッシュは言葉を交わすことなく扉をくぐり、奥へと俺達を導いた。


「今のはなんなんだ」

「合い言葉や。誰でもかれでも入れるわけにはいかんからなぁ、ちょっとした安全策みたいなもんや」


 ずいぶんと警戒している。

 よほどここに集まる品や人は見られると不味いのだろう。


 長い階段を下り、金網で仕切られた通路へと到着する。


 金網の向こう側には組織の人間がいて、扉には施錠がかけられていた。


「通せ。客や」

「うっす」


 あっさり金網の扉が開く。

 さらに質の良さそうな木製の扉を超えると、裏市の会場へと入った。


「ここがそうや。案内はもうええな、あとは商人と交渉するなり好きにしたらええ。店とのトラブルは基本的に組織は介入せえへん。けどまぁ……困ったらすぐ相談してくれたらええで。初回限定のサービスや」

「悪いな。あんたはどこか行くのか」

「これでも忙しい身でな。やることぎょーさんあるんや」


 アッシュは手をひらひらさせ姿を消した。


「すっごい物がいっぱい! 面白そう!」

「きゅう」


 パン太に乗ったフラウが、通路に並んだ店を目をキラキラさせて眺める。


 エリア自体はそれほど大きくないようだが、人と物は溢れんばかりにあった。

 それでいて上層よりも奇妙な品が多く、すれ違う人は身分の高そうな着飾った者ばかり。


 適当な店に寄って店主に声をかける。


「これは?」

「オークのアレだよ。精力強壮によく効く」

「こっちは」

「二代前の王妃の隠し日記」

「あれは」

「この国で一番大きい武具店の裏帳簿の写し」

「なんでそんなものが」


 なんとなくここが危険な理由が分かった気がする。

 表に出ると不味いものがごろごろしているのだ。


 ただ、オークのアレなど、人目を気にしなければ上でも買えそうな物もあるようだった。


「ご主人様、あっちに変わった調理器具がありました」

「行って見るか」

「フラウは別で見てくるわ。だからお金ちょーだい」

「ほら」


 革袋を受け取ったフラウは、パン太と一緒にさらに奥へと飛んでい行った。


 あいつ、買い物だけしてこないよな?

 一応ここには情報収拾で来ているのだが。





「――ロズウェル? 古の魔王の一人か?」

「居場所を知っているのか」


 声をかけられたふくよかな男性貴族はそう返事をした。

 彼の背後にはエルフの美少年奴隷がいたが、あえて視界に入れないようにした。


「あれなら西の大森林にいるはずだ。フェアリーに聞けばすぐに分かるはず」

「こっちにもフェアリーっているのか」

「フェアリーならいくらでもいるだろう。あそこにいるのも確かそうだったはずだ」


 彼が指さした先には、ヒューマンにしか見えない女性が店をやっている。


 一瞬、騙されているのかと思ったが、女性は背中から羽を出して背伸びをした。


 まじかよ。

 あれたぶん、フラウと同じハイフェアリーだよな。

 羽を出し入れできたのか。


「それとこの中で聞き覚えのある名前は?」

「……ないな」


 差し出した紙に目を通し、彼はすぐに俺へ返した。


 ひとまず収穫は一つあった。

 やっぱここに来て正解だったな。


 俺とカエデは、そのフェアリーがいる店へと向かう。


「はぁい、いらっしゃい」

「聞きたいことがあるんだが」

「なにについてかしら。内容によっては料金が必要よ」


 ブロンドのストレートヘアーの女性。

 フリフリの付いた可愛らしい服は、羽が出しやすいように背中が露出したデザインだった。


 彼女は愉悦に満ちた目で俺達を観察しながら、ちろりと唇を舐める。


「ご主人様、ここは私がお話しします」

「お、おお……」


 カエデが俺と彼女の間に身を滑り込ませた。

 尻尾の毛が逆立っているところをみると、店主に警戒しているようだ。


「古の魔王ロズウェルについてお聞きしたいのですが」

「そっちね。なんだぁ、つまらない。久々に好みの相手に出会えたから、そっちの希望かと思ったのに」

「……あの、そっちとは?」

「あらぁ、分からないの。男と女の交渉よ」


 ぼんっ、と聞こえるかと思うほどカエデの顔が真っ赤になった。

 目には涙が溜められ両手で顔を覆い隠す。


 しかし、興味はあるのか尻尾は盛んに揺れていた。


「カエデ……」

「申し訳ありません、少々お待ちを!」


 カエデは店の前から離れ、布を取り出してふんすふんす嗅ぐ。

 うっとりとした表情となった後、きりりっと顔を引き締め戻ってきた。


 ほんと、あの布なんだろうか。


「お話しを続けましょう」

「ねぇ、あの布は――」

「ロズウェルと会うにはどうしたらよろしいのでしょうか」


 女性店主の言葉に言葉をかぶせ、強引に話を進めようとする。

 言外に『知ればただでは済まさない』と圧力があった。


 やっぱり聞いちゃいけないようだ。


「難しい話じゃないわよ。ワタシ達が暮らすアイノワ国へ行けば、ロズウェルなんてすぐに見つかるわ。会うのもとても簡単ね」

「アイノワ国、そこへ行けば接触できると」

「そ、たぶん秒で見つかるわよ。彼はなんてたって……おっと、これは言えないんだったわね。とにかく行けば分かるわよ」


 俺は女性に情報提供代を支払う。


 そうだ、仲間のことも聞いておかないと。

 名前を記した紙を差し出した。


「見覚えないわね。ところであんた達、冒険者?」

「漫遊旅団ってパーティーだ」

「それ、聞き覚えがあるわ。確か西の方で活躍している最近出てきたパーティーだっけ? でも、聞いた感じとちょっと違うわね」


 ちょっと待って、西って。

 俺達は反対の東から来たんだぞ。


 まさか俺達の偽物?


「ワタシが知ってるのは、とんでもなく強い三人組の女パーティーってことくらい。ただ、名を騙る偽物もちらほら出てきているみたいね」

「ご主人様、その三人って」


 俺はカエデに頷く。


 ああ、なんて偶然だ。

 まさかパーティーネームが同じだなんて。


「ここまでぴったり一致するなんて、世界は広いってことなんだな」

「ご主人様!? 違います、行方不明の誰かが、あえて漫遊旅団の名を広めているのですよ!」

「なんで?」

「有名になれば、私達が会いに来ると考えたからではないかと」


 あ、なるほど。

 その可能性に思い至らなかった。


 漫遊旅団の噂を追いかければ、消えた仲間と再会できるかもしれない。


 ようやく希望が見えてきたな。


「おーい、やっとみつけたー!」


 遠くからフラウの声が聞こえる。


 よく見れば袋のような物をぶら下げていた。

 しかもパンパンに膨らんでいる。


「見てよこれ、面白そうなのを片っ端から買ってやったわ。だから有り金全部溶けちゃった、えへ。主様、おかわりちょーだい」

「きゅう!」


 五百万をたった一時間で消したのか。

 中を覗いてみると、本やら頭蓋骨やらよく分からん植物やら、ガラクタでみっちり埋まっている。


 使い道あるのか、これ。


「やたー! 次に行くわよ、次!」

「きゅう!」


 フラウとパン太はお金を握って飛んで行った。


 俺は袋の中で五十万の値札が貼られた小汚い壺を見つけて、ひどく不安になる。


 変なもの、買ってこないよな?




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