152話 闇市に行く戦士達


 ガルバランの王都に到着。

 華やかな大通りを行き交う人の数に呆気にとられた。


 今まで見た街の中で、最も発展しているのではないだろうか。


 立派な建物が建ち並び、平民と思わしき者も小綺麗な服を着ている。

 一目でここの生活水準の高さをうかがい知れた。


 すげぇ。なんだよこれ。


 覗く店先には明らかに高価な品物が並んでいるのだが、値札を見れば想定の半額である。


 時折、統率の取れた兵が集団で通り過ぎる。

 軍事力も非常に高い。


 さらに他種族も数多く見られた。


 俺の知る国とは何かが違う。


「今から探せなんて無茶だ。どうすれば……」


 不意に声がして目を向ける。

 そこには軍服を着た男性が、階段に座ってぼーっとしていた。


 彼は俺達を見たが「悪くはないが、肝心のアレができそうにはな」などとぼやく。


「向こうの方に地下への行き方をお聞きしました。この先に誰でも使える階段があるそうですよ」

「あるじーさまー、あっちに階段があるってー」

「きゅう~」


 カエデとフラウはそれぞれ別の方向を指し示す。

 つまり地下への入り口は複数あると。


 とりあえず一番近いであろう、カエデの教えてくれた階段を使うことにする。


 古びた階段を下れば、混沌とした景色が目に飛び込む。


 おおおっ!

 地下はまたひと味違った雰囲気じゃないか!


 天井を支える巨大な柱が並び、広大なフロアには白い煙を吐く店が数え切れないほどあった。さらに血管のように走る道には、人の川ができている。他種族が入り乱れ、盛況であることを肌で感じ取れた。


 地上とは違う熱気に包まれており、妙な興奮を覚える。


 俺は上の小綺麗な街より、こっちの小汚い方が好きかもな。


「すんごい臭いね。どこを見てもゴミだらけだし」

「きゅう」

「うっ、この強烈な発酵臭、ご主人様と以前行った街を思い出します」

「大丈夫か? 無理そうなら休んでいてもいいいんだぞ」

「いえ、付いて行きます。慣れれば問題ないと思いますので……ひとまずこれで辛さを緩和させます。すはすは」


 彼女は小さな布を取り出し、顔を埋めて臭いを嗅ぐ。

 上げた顔はうっとりとしていた。


 ……どんな臭いが付いているのだろう。気になるな。





「これ、普通の椅子じゃないよな?」

「お目が高い。これは遺跡で発見された移動椅子と呼ばれる物です。溜めた魔力を使用することで、座ったままでも好きな場所へ行くことが可能。欠点は移動速度が徒歩程度な点でしょうかね」


 ガラクタのように店先に置かれた遺物の数々。

 店主のドワーフは営業スマイルで腰を低くしていた。


 あははははっ。突然、笑い声が店内に響く。


「なにこれ、触ったら笑い始めたわよ!?」

「あー、お客さん、それには触れるなって書いてあるでしょうが」


 笑い声を発する箱を店主は軽く叩く。

 仕組みはさっぱりだが、その動作で声は聞こえなくなった。


「この瓶詰めにされているのはなんですか?」


 カエデは棚にみっしり収められている、小瓶に強く興味を示していた。

 中には粉が収められていて、判別しやすいようにラベルが貼られている。


「そっちは調味料です。大半は今も作られているんですが、一部にはどうやって作ったのか不明な物も混じってて、まぁ物好き向けに扱っている商品ですね」

「味を確認しても構いませんか?」

「もちろん、お勧めはこの白い粉ですね」

「――旨味が凝縮したような、なんとも不思議な味ですね」


 粉をなめたカエデは購入を即決する。


 古代の調味料、俺としても興味がある。

 次のカエデの料理が楽しみだな。


 パン太はというと、しばらく狭い店内をくるくる回り、文字が刻まれた薄い石版を見つける。


 気になった俺は石版を手に取った。


「読めん。フラウ、これにはなんて書いてあるんだ?」

「えーと、訓練所の手引き……新人の意欲を向上させ、かつ効率的に実践を行える施設として設置された。難易度はレベルに応じて変化し、我々の最大の敵である――ん~、これ以上は文字が潰れてて読めないわ」

「古代の戦士に向けた文章なのかもな」

「だと思う。壁に飾るにはそこそこお洒落かもだけど」


 飾るって言っても肝心の家がな。

 しかもこれ、なかなか値が張るじゃないか。


 俺は石版をそっと棚に戻した。



 ◇



 ぼろい屋台でスープに浸かった麺を口に入れる。

 変わった料理だが非常に美味。


「想像の遙か上をいってたわね、ここ。でも肝心の情報が出てこないのは困りものね」

「これだけの大国なら、皆さんの手がかりを掴めると思ったのですが」


 フラウはスープを飲みながら、カエデは膝に乗ったパン太を撫でながらぼやく。

 俺はフォークで麺を絡めつつ雑多な道を眺めた。


 行方不明になった仲間の手がかりはゼロ。


 導きの針の反応もなしだ。


 探す場所を間違えているのだろうか。

 大陸の端の方とか、もしくは俺達のいる反対側にいるのかもしれない。


 せめて生存を確認できれば。


「この街で最も情報が集まる場所って知らないか」


 俺はザルで麺を湯切りする、ダークエルフの店主に質問する。


「もっと下へ行きな。四層にゃあ、金持ち相手にした『裏市』ってのがある。そこに集まる奴らは耳が聡い奴らばかりだ。上手くいきゃあ知りたいことも知れるんじゃねぇか」

「裏市……」

「ただし、裏市を取り仕切ってんのは、あの地下街三大勢力の一角『レッドマウスファミリー』って話だ。命が惜しければ別の方法を考えるんだな」


 店主は俺に二つの替え玉を出した。


 裏市にレッドマウスファミリー。

 つまり裏の世界の人間が、貴族や金持ち相手に商売をしているってわけか。


 しかし、裏市なんて呼ばれているくらいだ、簡単には見つけられないだろうな。


 俺は替え玉もぺろりと食べる。


「あと四つくれ」

「二つで充分だろう?」

「いや、四つだ」


 この麺料理、俺の嗜好にドストライクだ。

 いくら食っても足りない。


 俺をじっと見ていたカエデは、スープを一口飲んでからしばし考えを巡らせ、メモを取り始めた。


「すいやせん兄貴、例のガキを見失いやした」

「そうかい。まぁそっちは端からどうでもええ、んなことより客どもの方はどないや」

「へい、続々とに集まってきておりやす」


 屋台の傍で会話するビースト族の男達。

 会話の中に『裏』が出てきたことで一気に意識をそっちに向けた。


 兄貴と呼ばれる虎部族の男は、頬に傷がありいかにもな風体であった。


 彼は視線に気づき俺を睨む。


「なんやわれ、ヒューマンのくせにどないなつもりでじろじろ見と――うにゃん!?」

「兄貴?」

「い、行くぞ。こないなところで油売るほど暇やないんや」


 虎部族の男が足早に離れようとする。

 俺は席を立ち背中を追いかけた。


「あんた、裏市の関係者か?」

「お、おう……なんや、兄ちゃん興味あるんか」

「ちょうどよかった。どうすれば市場に入れるのかさっぱりで困っていたんだ。謝礼なら払う、案内含めて色々説明してくれないか」


 彼は青ざめた顔で視線を彷徨わせる。

 問題があるのかずいぶんと逡巡している雰囲気だった。


「お、おお、おたくさんのような、方はウチには向かないんじゃないかなぁ」

「大丈夫だ。金ならある。あ、もしかして手持ちの金額も関係しているのか?」

「その、まぁ、せめて1億は……」

「だったらクリアだな。他に条件はあるのか」

「……暴れへんて約束できるか?」

「あははは、あんたらと違って俺は普通の戦士だぞ。そんなことするわけないだろ」


 俺は笑顔で彼の肩を軽く叩く。


 そこそこ常識はあるんだ。

 頼まれでもしない限りそんなことしないさ。


 同行している熊部族と猿部族の男が、彼に耳打ちする。


「いいんですかい? 素性も分からない男を」

「ど阿呆、断れるものなら断っとる」

「……普通の弱そうなヒューマンにしか見えませんが」

「さっきから悪寒が止まらん。ガキの頃に見た、古の魔王と纏うとる雰囲気がそっくりや。ええか、絶対に刺激するな。下手うったら皆殺しにされるぞ」

「兄貴、そういった勘は外したことがなかったすよね。そんじゃあひとまず戻って、他の奴らにも周知しときやす」


 彼らの会話は耳から耳へ抜ける。


 できれば早く返事をもらいたい、まだ替え玉が残っているのだ。

 まだ腹も減ってるしさ。


「兄ちゃんの申し出引き受けたる。裏についてレクチャーしたるわ」

「サンキュウ。そだ、腹減ってないか。そこで奢るよ」

「お、おお、ええんか。ほな馳走になるで」


 彼は引きつった笑顔で屋台の席に座った。


 そして、カエデとフラウを見るなり、みるみる顔色が悪くなる。

 出されたコップを掴む手は震えているようにも見えた。


「ご主人様、こちらの方は?」

「裏市までサポートしてくれる人だ」

「さすが主様ね。もう案内人を見つけるなんて。よろしくね、おじさん」

「きゅう!」


 二人は笑顔で挨拶する。

 彼は「あ、ああ……」と応じる。



「どないなっとんや、こっちにも化け物がおるやないかい。厄日か」


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