151話 エルフ勇者の憂鬱その6


 魔族を探し地下遺跡を下へ下へと潜る。

 三層を超えた辺りからうろつく人間のがらが悪くなり、店先に並ぶ品も地上では見ないような物に変わる。


 僕はしきりに周囲を見渡し、あいつらがいないか確認した。


「ジグ~、おどおどしすぎ☆ 勇者なんだから大丈夫だよ☆」

「そ、そうだな、だが警戒は必要だ」

「……本当に何かあったのか?」

「気にするな、些細な――ひゃっ!? な、なんだ違う奴らか」


 路地から出てきたのはドワーフとダークエルフだ。


 ここで見かける奴らはどいつもこいつも人相が悪い。

 一瞬、あいつらが追いかけてきたのかと勘違いしてしまう。


 こ、怖がる必要はないんだ。僕は勇者なのだから。


 ただ、あんな風に威圧してきた奴らは初めてだった。

 高貴な生まれの僕とは接することがない人種だ。


「魔族ってどこにいるのかな☆ 見つけられないと困っちゃうよね☆」

「なにも問題ない。僕にはこいつがいる」


 刻印が輝き眷獣が出現する。


 それは全長一メートルほどの大きなトカゲだ。

 皮膚はまるで金属のように堅くメタリックグリーン、ガラスのような目はうっすらと赤く光り、素早い動きでぺたぺたと床から壁へ難なく這い上る。


 名はヤズモ。索敵が行える戦闘支援眷獣だ。


「魔族を探せ」

「ヤズ~」


 ヤズモはぺたぺた壁を這い、時折止まっては周囲を見渡す。


 こいつは鑑定のような能力があり、半径五十メートル以内のあらゆる人や物を識別する。

 範囲内に魔族がいれば必ず引っかかるはずだ。


 我が家に代々伝わる三匹の眷獣、シルクビア、ヤズモ、グウェイル。


 高貴な僕にふさわしい力だ。

 本当に古代種はいいものを残してくれたよ。


「ジグ、小腹が空いちゃったから何か食べようよ☆」

「あ? 今はそんなことをしている場合じゃ――」


 セルティーナの指定した屋台では、見覚えのある二人組がいた。

 どちらも食事に夢中でこちらには気が付いておらず、顔を伏せてスプーンでなにやら口へ掻き込んでいる。


 今の内に退散……。


「おい、あのガキ探しているやつじゃねぇか」

「そっくりだな」

「ちげぇよ、あのガキなんだよ!」

「いた!!」


 やばっ、見つかった。

 ひぃいいい。


 三人で人を掻き分けながら駆ける。


「逃げなくていいじゃん☆ ぶっ倒しちゃえばいいのに☆」

「……それはやめておいた方が無難だろうな。彼らはレベルこそ300台だが、何をしてくるか分からない輩だ。加えてここは向こうのテリトリー、下手に手を出して恨みを買えば捜索が難航する可能性が高い」

「くそっ、ヤズモ!」


 壁を走っていたヤズモが反転し、口から粘液を吐き出す。

 二人組は粘度の高い粘液に足を滑らせ、揃って転んでしまう。


 よくやったヤズモ。


 そう、勇者である僕が下劣な者を相手にする必要はないんだ。

 優先すべきは魔族捜索、決して怯えているわけじゃない。





「どうにか撒いたか……」


 路地裏から広い道を覗き、例の二人組がいないか確認する。


「逃げる必要なかったと思うぞ☆ ジグなら倒せたのに☆」

「馬鹿なのかお前。あいつらはあくまで下っ端、僕が気にしているのは後ろに控えているヤバい奴らだ。あいつらの兄貴ってやつも殺人鬼のような目をしていたんだぞ」

「……あまり長居はできないかもしれないな」


 エイドの言う通りだ。

 長居するほどあいつらに捕捉される率が高まる。


 ガルバラン兵が魔族を見つけ出せない理由の一つは、間違いなくここの住人だ。


「ヤズ~」

「見つけたのか?」


 ヤズモが反応を示す。

 ぺたぺた走り出し、地下通路の奥へと導く。


「どんどん人気がなくなってく☆ 煌めきが感じないな☆」

「この先で合っているのか?」

「ヤズ!」


 人気のあるエリアから離れ、埃っぽい薄暗い道を進む。

 階段を下り、さらに下へと向かっていた。


 不意に人の気配を感じ、僕らは壁際に身を隠した。


 あれは……さっきの男?


「なんやわれ、文句があるちゅう面やな。こっちも危ない橋わたっとんや、ウチが嫌なら他を当たれ」

「ま、待ってくれ、悪かった。言い値を払う、だから宮殿までの案内を」

「だったら素直に払っとけや、ボケェ!!」

「ひぎっ!?」


 虎部族の男が、魔族の男をいきなり殴りつける。

 床に転がったところで間髪入れず、腹に何度も蹴りを入れていた。


 こ、怖い、なんなんだあいつ。

 やっぱり尋常じゃない。


「うわぁ、ヤバいねあの人☆」

「……裏の人間、だな」


 魔族の男が声も出ないほどに弱り切ったところで、虎部族の男は煙草を咥え火を付ける。


「明後日までにきっちり用意しとけ。魔物の餌にされたないやろ?」

「は、はひ……」


 煙草を咥えた男は、ゆったりとした足取りでこの場を去って行った。


「……あの男、レベルも相当にありそうだな」

「どうするジグ? 探索続ける?」

「当然だろ。魔族はもう見つけたんだ」


 しばらくして魔族の男が起き上がる。

 死人のように立ち上がり、ふらりと虎部族の男とは逆の方向に歩き出した。


 このまま付いて行けば根城にたどり着ける。


 が、不意に背後から声をかけられ身体が硬直した。


「またおうたな、坊主」

「!?」


 振り返ればあの虎男がいた。


 いつの間に!

 それよりなぜ僕らがここにいると!?


「驚くことちゃうやろ。こっちは鼻のよう利くビースト族やで」

「ちっ、こうなったらやるしかないか」


 それぞれ武器を抜く。

 だが、虎男は不敵な笑みを浮かべ紫煙を吐き出す。


「まぁ、そうかっかすんなや。こっちは戦うつもりはあらへん。すこーし、話を聞かせてもらおうかな思うてるだけや」


 ――話だと?


 ほんの僅かな気の緩み、虎男は空中に二つの玉を投げた。


 あれは煙玉。

 しまった、不味い。


 煙玉は大量の煙を吐きながら足下を転がる。


 通路にもうもうと煙が立ちこめ、すぐ近くから金属音が響いた。


 エイドが奴と戦っているのか。

 ならば僕も。


「がはっ」

「あぐっ」

「エイド、セルティーナ!?」

「お前で最後や」


 後ろから衝撃が走り、意識が刈り取られた。



 ◇



 目が覚めるとそこは狭い部屋の中だった。

 すぐ近くには、椅子に縄で縛られたセルティーナとエイドがいる。


「……無事かジグ」

「ああ」

「良かった☆ ぜんぜん起きないから死んだのかと心配したんだよ☆」


 セルティーナが涙を浮かべている。

 本気で僕を心配していたことが窺えた。


 しかし、その向けてくる気持ちは僕には非常に扱いづらい。


 元々僕はこいつに余り興味がないのだ。


「状況は?」

「……二人の下っ端がやってきて、それぞれジグとセルティーナをにやにやしながら見ていたくらいだな。あの男は姿を見せていない」


 不意にお尻の辺りがきゅっと縮んだ。


 そう言えば後ろを狙われていたのだった。

 別の意味でも危険な状態だ。


「どうするの☆ このままだとみんな殺されちゃうかも☆」

「ちっ、あいつ道具なんか使いやがって」

「……ジグ、ヤズモはまだ出しているか?」

「そうか。いるんだろ、姿を見せろ」


 ヤズモはもそっと足下から顔を出した。


 よし、こいつがいれば抜け出せる。

 一刻も早くこんな場所からはおさらばだ。


 ヤズモに命令し、腕を縛る縄を噛みちぎらせた。


 セルティーナとエイドも解放し、ヤズモに部屋の外に人がいないか確認させる。


「……誰もいないようだな」

「ヤズ、ヤズズ!」

「こっちか」


 僕らは出口に向かって足を速める。

 突然、ヤズモが警戒しろと注意したので、壁際に張り付くように動きを止めた。


 曲がり角の向こうから聞き覚えのある声が聞こえる。


「兄貴、あの三人はどうしやすか」

「拷問でも何でもええから目的を聞き出してこいや。そのあとはヤルなり売るなり好きにしてええ。んなことより今は、あのどえらい客をどうにかせえへんとな」

「あいつら何者なんです?」

「知るかアホ。とにかくあの化け物共を刺激せえへんようにするんや」

「もし上の連中の仲間だったらどうするんです」

「……魔族との取引は白紙や。今まで通りおとなしゅう商いするで。それから魔族共を掃除してこい。ウチと向こうさんは無関係ってことにするんや。ええな、一匹も逃がすんやないで」


 男達が「うっす」と返事をしてどたどた走る。

 虎男もその場から離れたようだった。


 不味い。先に片付けられると国王の依頼が達成できない。


 どうにかして僕らが倒さないと。


「行くぞ。あいつらを追いかけるんだ」

「まだ続けるの? そろそろ水浴びしたいんだけど☆」

「……リーダーの命令なら仕方ない」


 建物を出たところで奥から声が響いた。


「あの三人が逃げやがった! 誰でもええ、引きずり戻してこいや!」


 はわ、はわわわ。

 バレた。


 僕らは脱兎のごとく逃げ出した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る