150話 エルフ勇者の憂鬱その5


 山脈を越え、僕らはガルバラン国へと至る。


 ガルバランは言わずもがなビースト族が形成した大国。

 我が国が安寧を築けたのは、高い山脈とこのガルバランがあったおかげだと言われている。


 大陸中央部より流れてくる人や魔物を、この二つがせき止めているからだ。


 だからといって感謝はしない。

 甘い顔をすれば野蛮なビースト共はつけあがるからだ。


 高貴なエルフに泥臭い奴らと同じ食卓を囲む習慣はないのである。


 しかし、わざわざ怒らせるのは得策ではないだろう。


 奴らは強大な戦力を保有している。

 それでも戦争になれば我らが勝つだろうが、あえて争う理由もない。

 なにより壁がなくなっては元も子もない。


 僕らは三十五代国王ゴリオ・ア・ビスケントへと儀礼的に挨拶をする。


「よくぞ参ったペタダウスの勇者」

「突然の訪問にもかかわらず、拝謁を許可してくださりまことに感謝いたします」

「よいよい、エルフの顔もたまには見てみたいからな。僻地の暮らしはどうだ、魚の味はさぞ美味いだろう。がはははっ」

「ええ、海の幸に日々感謝しております」


 密かに拳を握る。


 自分達の方が内陸にいるからとデカい顔しやがって。

 これだからビーストとは顔を合わせたくなかった。


 かつてはエルフの方が中央部に近かったのだ。


 ビーストごときが口のきける存在ではなかったはずなのに。


 真の聖地、取り戻すべきかもしれない。

 ここに来て気が変わった。


「で、田舎の勇者がなぜ来た」

「魔王ルドラの件でございます」


 名前を出した途端、国王は表情を一変させた。

 やはり何か知っているか。


「それについては余も強い危機感を抱いておる。ここ最近になって動きが活発化しておってな、全面降伏をしろと書簡を送りつけるばかりか、我が国へ兵を送り込み内乱を引き起こそうとしおる。辺境の村もいくつか襲われて対策を急いでおるのだ」


 思っていた以上にルドラに攻められているようだ。

 これは非常に都合が良いな。


 ビースト共に僕がいかに優秀かを見せつけ、強力な支援を引き出せればルドラ討伐が一気に近づく。


「ルドラを倒したいのは我らエルフも同じ。御国の支援をどうか賜りたく存じます」

「貴殿が魔王ルドラを討つと申すか」

「いかにもでございます。その為にペタダウスより派遣されました」

「……あいにく我が国には勇者のジョブを有する者がおらん。奴らの攻撃は退けても、今ひとつ首を取る力に欠けておる。よかろう、勇者ジグに支援を行うとしよう」

「おおっ!」


 嬉しさに僕は顔を上げる。


 しかし、王は口角を鋭く上げた。


「しかしだな、エルフというのを余はあまり好んでおらぬ。なぜならエルフは高慢でずる賢く土壇場で裏切ろうとするからだ。まずは余を信用させてみせよ」

「提示した条件をクリアしろ、と?」

「うむ。さすれば貴殿を全面的に支援しよう。なぁに、簡単なことだ。現在、この都の地下で潜伏しておる魔族を残らず駆逐してくれれば良い」

「地下のどこに潜んでいるのかは……」

「兵に探させておるがなかなか尻尾を掴ません。小物だが足下をうろつかれては少々目障りだ。実は近く大規模作戦を計画しておるのだが。もしこれを片付けることができれば、それに貴殿を組み込むとしよう」


 大規模作戦、どうやらルドラの拠点の一つを潰す作戦らしい。

 そこで華々しい活躍ができれば、大国で僕の名が知れ渡ることとなるだろう。


 功名心なんて興味ないと思っていたが、なかなかこれは惹かれるものがある。


 このクソムカつくビースト共が僕にペコペコする姿を見てみたい。

 そして、その頭に足を乗せてやるのだ。


 最高に笑えるだろう。


「引き受けさせていただきます」

「期待しているぞ。勇者ジグ」


 僕は王の条件を受けることとした。



 ◇



「くそぉ、なんなんだここはっ!!」


 僕は頭を抱える。


 魔族を探しに地下へ潜ったはいいもの、複雑に入り組んでいてどこかどこだかさっぱりだ。

 おまけにセルティーナとエイドともはぐれて、たった一人で迷子状態。


 右を見ても左を見ても案内してくれるような看板はない。


 道には大勢の人が行き交い、並ぶ露店からは無数の湯気がもくもく出ていた。


 ビーストだけでなく、ダークエルフにドワーフ族など他種族が入り交じっていて、なおかつヤバそうな人種もちらほら見かける。


 うっかり体格の良い虎部族と肩がぶつかった。


「おいこら、坊主。どこみて歩いとんねん」

「き、貴様こそどこを見て歩いている」

「あぁ? なんやこっちが前見てなかったいいたいんか? エルフっちゅうのは、勝手にぶつかってきといて謝罪もでけへんのかいな。おう、お前らこの坊主に礼儀っちゅうのを教えてやれ」

「うっす」


 取り巻きの熊部族の男と猿部族の男が前に出てくる。

 二人とも凶悪な面構えに妙な威圧感があった。


 怖い、接したことのない人種だ。


 なんだかよく分からないがヤバそうな雰囲気をビンビン感じる。


 僕は妙な恐怖感から逃げ出した。


「おいこら、待たんかい! まだ詫びの一つも受け取っとらんぞ!」

「ひ、ひぃいいいい!!」

「「逃げるなエルフ!」」


 二人の男が追いかけてきている。


 怖い。レベルがどうとかそういう次元の話じゃない。

 何をされるか分からない本能的な恐怖。


 僕は人を掻き分け陰鬱とした通路を走り続ける。


 なんとか路地に逃げ込み、ゴミ箱の後ろで身を伏せた。


「はぁはぁ、あのガキとんでもなく逃げ足がはえぇ」

「良い服着てたってことは、どっかの御曹司って可能性もあるぜ。脅してたんまり儲ければ、兄貴に褒められるかもな」

「その前に一発やっていいか? あいつ、俺好みなんだよ」

「ははっ、ちょーしにのって前みたいに壊すなよ」


 すぐ傍であいつらが会話をしている。


 ひぃいい。

 早く向こうに行け。


「俺はあっちを探す」

「そんじゃあこっちだな」


 二人の男はそれぞれ別れて走り去った。





「いたー☆ どこに行ってたのよジグ☆」

「……道に迷っていたのか?」

「うるさい。どうでもいいだろっ」


 僕はセルティーナとエイドの二人と合流を果たした。


「どしたの、神妙な顔しちゃって☆ 煌めきが足りないのかな、キラッ」

「……彼は気が立っているようだ。そっとして置いてやれ」

「そだね☆ でーもー、ジグがミーを望んでくれるなら、いつでもデートに誘ってくれていいのだぞ☆」

「うざい。さっさと魔族を探すぞ」


 ひっついてくるセルティーナを、手で押し退ける。


 たまたま魔物に襲われていたのを助けただけで付いてくるようになった女が、この僕の特別な何かになれると思っているのか。


 いい加減うざいんだよ。


 エイドが近づいてきて耳打ちする。


「彼女に冷たすぎやしないか」

「興味ないな。あいつはエルフとヒューマンのハーフ、そもそもハイエルフの純血である僕と釣り合うはずもない」

「ならば、もらっていいのだな?」

「なに?」

「……冗談だ。心の底から想ってくれる相手は貴重、どのような存在になろうと味方でいてくれる人は大切にしろ。己の浅はかさを悔いる前にな」


 僕は振り返ってセルティーナを見る。


 彼女は涙目で僕に付いてきていた。


 いつも元気に振る舞っている彼女が、あのような顔をしているのに気が付かなかった。


 確かにエイドの言う通りだ。

 彼女ほど僕を深く愛してくれる存在は他にいない。


 彼女ほど、僕には。


 少しくらい優しくしてやるか。

 こいつがいなくなると不都合も生じるのだ。


「来い、たまには手を繋いでやる」

「うんっ☆」


 セルティーナはエイドに近づき「ありがと☆」と囁く。


「ありがとう、か……」


 エイドが嗤った気がした。




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