149話 戦士は奴隷にはむはむされる
ビースト族の街は非常に清潔で、道にはゴミ一つ落ちていない。
街並みも趣があり、ちょっとした飾りですら手が込んでいて感心させられた。
時折、ドワーフと呼ばれる種族を見かける。
手先が器用だと聞いているが、彼らの仕事だろうか。
ドワーフの外見は男女でずいぶんと違っているようだった。
男性はヒューマンよりも背が若干低めで、それでいて筋肉質で全体的に太く、髭を蓄えることが習慣なのか、男らしい濃いめの顔に口元は豊かな毛で覆われていた。
女性はさらに背が低めで、華奢な者が多く可愛らしい容姿が目をひく。
子供連れの親子を見かけたが、一瞬姉妹かと勘違いしてしまったほどである。
周辺国にドワーフの国家があるそうなので、そこから流れてきているのだろう。
「ご主人様、あそこのカフェがお洒落ですよ」
「そうだな」
無数の見事な建物に目を奪われ、つい上の空で返事をしてしまった。
するとカエデが俺の手を取り、なぜか自身の頭の上に載せる。
彼女の顔は真っ赤だ。
「いきなりどうした?」
「あの、その、無性に撫でてもらいたくなりまして。申し訳ありません」
「すまん。適当に扱っているつもりはなかったんだ」
「いえ、ちょっと寂しくなってしまっただけです」
撫でると気持ちよさそうにする。
ここのところまともに構ってやれていない。
彼女は細やかな気遣いができるが、その分遠慮することも多い。寂しく思っていても、つい俺の気分や状況から我慢をしてしまうのだろう。
一方で、フラウは腕を組んでだんまりしていた。
「ほーら、フラウも可愛いな」
「……エヘ」
頭を撫でればにへらと顔を緩ませる。
さすがの俺も今までの流れから、フラウが何を言いたいのか察した。
フラウは『もっと、もっと撫でを寄越せ』とばかりに、ぐりぐり手の平に頭を押しつけてきて盛んに羽をぱたぱたさせていた。
それから指をすんすんと何度か嗅ぐと、かぷりと甘噛みする。
「なんで噛むんだよ」
「これをやると落ち着くのよ。主様の味がするから」
また変な癖を覚えたな。
俺の味ってなんだよ。
だが、その様子をカエデが尋常じゃない目でじっと見ていた。
「ご、ごしゅじんさま……」
「まさかお前も噛みたいとか」
「ひと噛みだけ、どうかお願いします。ごくり」
どうしてもと言うので首筋を差し出すと、カエデが恐る恐るかぷりと噛みつく。
ほんの僅かに噛まれる感触と、舌が触れる感覚があった。
さらさらの髪の毛が顔に触れてどきりとする。
「ほ、ほへは!」
「美味しくないだろ」
カエデの白いふわふわの尻尾がぱたぱた揺れる。
何度も何度も味を確かめるように甘噛みされてしまった。
美女に首を噛まれるって変な感覚だ。開けてはいけない扉を開けそうで怖い。
「ほひゅひんはは~、ほひゅひんはは~」
「とりあえず落ち着け。またいつでも噛ませてやるから」
離れた彼女は、両手で顔を隠し「お恥ずかしいところをお見せしました」と耳を赤くしていた。
「あの、あの、ご主人様はとても美味しくて素敵です!」
「その感覚わかる、これ気持ちいいのよね。結構前から寝ている隙を狙ってやってたけど、一度噛み始めると止まらないの」
俺、いつかこいつらに食われるんじゃないのか。
つーか前々からやってたのか。
ちょっと待てよ、時々俺の寝床でぐーすかしているのは、寝ている間に噛みまくっているからか?
かぷり。
腕を見ると、パン太がはむはむしていた。
だが、美味しくなかったのか不満そうな顔になった。
お前も変な影響を受けるんじゃない。
「色々回って情報収集した方が良いと思うの」
「行方不明の皆さんのこともありますし、魔王ロズウェルについても西にいるとしか聞いておりませんからね」
「そう、どこに住んでいるのかも分からないじゃ探しようがないわ。とにかく何でもいいから手がかりを見つけないと動きようがないわよ」
カフェのテラス席でこれからの動きを相談する。
俺は淹れ立てのコーヒーを少し飲み、カップをテーブルに置いた。
「ヤツフサのじいさんが言うには、ロズウェルはかなり特殊な魔王で、ほとんど表には姿を現さないとか。リサやルドラみたいに人を支配することには興味がないそうだ」
「ほら、やっぱりかんこ――じゃなくて、聞き込み調査が必要でしょ!」
いま、観光って言いそうになったよな。
しかしながら気持ちはよく分かる。
こんな状況でなければ、この国を存分に巡って楽しんでいたはずなんだからさ。
じいさんには古の魔王についても聞いている。
この大陸には絶大な力を誇る古より存在する魔王がいるとか。
そして、魔王達は互いに牽制し合い、絶妙な力の均衡を保っている――らしい。
つまり簡単に言えば、すげぇヤバい奴らだ。
ヤツフサのじいさんですら、危険すぎて近づく気も起きないと語っていた。
正直、ロズウェルとは会いたくないなぁ。
少し前まで本気を出せないことで悩んでいたが、じいさんと出会ってそんな考えは一瞬で吹き飛んだ。
ここには俺でも勝てない化け物がうようよいる。
ともかくフラウの言う通り、情報収集が必須なのは確かだ。
「なんかこう、貴重な情報も集まる場所なんてないのか。この広い国であてもなく聞き込み調査するなんてキツいぞ」
「オークションみたいなのがあればいいのに。あそこって偉い人達が集まるし、普通の人じゃ聞けない話も知れるでしょ」
「「なるほど」」
オークションに出品されただけある。
俺では考えもしなかった目から鱗の案だ。
しかし、この国でもオークションなんてあるのか?
「お待たせいたしました。パンケーキです」
「わぁぁ、おいしそー!!」
「盛り付けが可愛らしいですね」
女性店員がフラウにデザートを運んでくる。
俺はチャンスだと思い声をかけた。
「あのさ、この辺りでオークションしているような場所ってあるか」
「それなら王都の闇市に行くといいですよ。この街にもあるにはありますけど、辺境ですし、珍しい物はあまりないですから都会がお勧めです」
闇市、向こうにもあったな。
表には出せないような品を売り買いする裏の市場。
値段も割と適当で、交渉次第では安く買えたりしたっけ。
「王都の闇市はすごいんですよ。街の下に深く広い地下遺跡が広がっていて、闇市の商人達はそこで商売をしているんです。下に行くほど珍しくて危険な商品を売っているので、素人さんは二階層までにしておいてくださいね」
「ありがとう。これは礼だ」
女性にチップを渡す。
「闇市ですか、情報収集をする場としては不足はないように思います」
「珍しいものもみれて一石二鳥ね。フラウみたいな掘り出し物のお宝とかあるかも。フラウみたいな」
「なぜ二度言う」
フラウがドヤ顔で薄い胸を張っていた。
まぁ、ある意味ではフラウとの出会いは宝ではあったが。
闇市で奴隷を売っているのかは分からんが、二人目のフラウは遠慮したい。
ツルペタフェアリーは一人で充分。
「主様、いまツルペタって考えなかった?」
ジト目でこちらを見るフラウ。
こ、こわっ。
このフェアリー心を読みやがった。
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