146話 戦士は弦をかき鳴らす


 俺はバジリスクを引きずって帰還した。

 マジックストレージの容量がいっぱいである為、収納して持ち帰れないからだ。


 ずるずるずる、どすんっ。


 村の広場で大蛇を下ろすと、子供達が目を丸くして注視していた。


 イツキによれば、バジリスクには毒が無く肉は美味いらしい。

 皮は加工して使えるし牙も骨も使い道は多いそうだ。


 イツキが前に出て住人の目をひいた。


「バジリスクはこの通り退治された。皆は安心して生活するとよい。それと今夜は久方ぶりの宴を開く、手の空いている者は解体を頼む」


 彼は目で『付いてこい』と知らせた。

 まだ話があるらしい。


 ひとまずカエデ達を家に帰らせて俺だけ付いて行く。


 村の奥へ案内されたところで、イツキは後ろ手で村を一望した。


「遅くなったが今回の件、深く感謝する」

「礼なんて別にいいさ」

「いや、礼は言わねばならん。貴殿達がいなければバジリスクの排除はもっと先のことだったからな。加えてあの尋常ならざる力、貴殿のあの姿は戦士であり雄々しき狼そのものだった」

「お、おお……」


 たぶん『狼』は彼らの褒め言葉なのだろう。

 真面目に褒められると照れくさいな。


「何者か、聞いても良いか」

「普通の戦士だけど」

「ふっ、隠さなくてもいい。どこかの国の勇者なのだろう?」

「違うけど」

「案ずるな。ここだけの秘密にしておく」


 イツキは全てを分かったような顔で頷く。


 全然違うからな。

 マジで普通の戦士だから。


「ところで今日は白狼ノ神より使いが参るが、演奏の腕は上がっているのか。まだ宴まで時間はある、気になる点があるなら遠慮なく言ってくれ」

「あ、そっちはたぶん問題ない」

「本当か? 一度聞かせてもらえないか」


 リハーサルはしておいた方が良いよな。

 イツキの反応によっては上手くいくかどうか判断もできそうだし。


「オーケー、今から聞かせてやるよ」



 ◇



 日が暮れ薄暗くなる時刻。

 村の奥にある宴の会場に続々と人が集まる。


 かがり火が焚かれ、バジリスクで作った料理が振る舞われていた。


 会場には二つの大きな狼の石像が向かい合うように置かれており、さらに奥には変わったデザインの小屋があった。

 白狼を祀る神殿的な何かだろうか。


 住人は食事の前に小屋へ祈りを捧げてから口にする。


 俺は周囲をくまなく目を向け、白狼の使いがいないか探した。


「それっぽいのはいないな」

「うううっ、なんだか緊張してきたわ」

「私もです。こんな大勢の前で何かするなど初めてのことで」

「きゅう~」

「大丈夫大丈夫、イツキも褒めてたじゃないか」


 二人と一匹は緊張でかちこちになっていた。


 なんせここには千近く集まっている。

 あれら全てが視線を向けてくると思うと不安になるは当たり前だ。

 平気な顔をしているが俺だってべっとり手汗をかいている。


 やべぇ、逃げたくなってきた。


 目立つのは嫌いなんだよ。

 勘弁してくれ。


 司祭のような服装をしたイツキが会場に現れ、小屋の前に両膝を突く。


「我らが白狼ノ神、良き獲物とのご縁を授けてくださり誠に感謝いたします。今宵は盛大な宴、異邦より参られし客人の演奏をどうかお聞きくださいませ」


 二つの石像が僅かにだがぼんやりと光った。


 全ての住人は一斉に膝を突き頭を垂れる。

 さらにイツキが遠吠えを発し、住人も満月が輝く天へ声を昇らせる。


 そして、石像の光が消えた。


「準備が整いました。演奏を始めてください」

「使いはどうしたんだよ。まだ来てないんじゃないのか」

「心配ご無用。すでに参られている」


 俺達は会場に視線を彷徨わせる。

 だが、先ほど同様それらしい奴はいない。


 遠くで見てるってことか?


 俺達は舞台へと上がり、それぞれ楽器を握る。


 俺はギュラー。

 カエデは笛。

 パン太は太鼓。

 そして、フラウはボーカル。


 模倣師を発動しイツキの腕前をコピー。

 さらに新しく手に入れたジョブ『幻想奏士』を発動する。


 軽く弦を弾いた。


 それが合図となり、パン太が口にくわえた棒で太鼓を叩く。


 リズムに乗って俺はギュラーを勢いよく弾いた。


 激しく速く奏でる。イメージは激流。

 遠吠えのごとく熱く力強く、それでいて世界を笑うように俺は吠えた。


 カエデのゆったりとした笛の音色が合流し、音は想像を超えた域に到達する。


「貧乳だけどそれが悪いか、本当は胸に何が詰まっているのかも知らないくせに♪ 膨らんだって、しぼんだって、そんなのどうだっていいじゃない♪ だけど見せられる感動的な脂肪、絶望的な死亡♪ 時代が貧乳に追いつかない♪」


 フラウの歌声に合わせ、ギュラーを夢中で弾きまくる。

 俺の中で音がシュワシュワと弾けていた。


 ぴたり、と演奏が終わる。


 顔を上げれば会場の人間は固まったままだった。


 イツキもオビも指先一つ動かさず立ち尽くす。


 急速に不安感が押し寄せた。

 個人的には最高の音楽を出したつもりだが、受け入れてもらえなかった可能性もある。

 ゆったりとした音楽を好むこの村では、俺の幻想奏士で作った曲はやはり好まれなかったのだろうか。

 イツキは褒めてくれたのだが。頼む、誰か反応を。


「なんだよその音楽! すげぇ! すげぇよおっさん!」


 最初に声を上げて拍手をしたのは、俺が泣かせた男の子だった。


 数秒後に、壁のような大歓声が押し寄せた。

 彼らはもっともっとと叫ぶ。


 目配せして次の演奏を始めた。


 彼らは舞台のすぐ近くまで駆け寄り飛び跳ねる。

 抑えきれない衝動に踊り出す者達も。


 かき鳴らすギュラーはさらにキレを増し、彼らは音に合わせて遠吠えをする。


 五回ほど演奏をやって終わらせると、俺達は住人に取り囲まれた。


 彼らは興奮していて早口でまくしたてる。

 狼部族が心底音楽好きってのは本当のことらしい。


「皆の者静まれ。お客人だぞ」


 イツキの一喝で村の者は冷静さを取り戻す。

 先に聞かせていたおかげか彼はずいぶんと落ち着いている。


「こちらへ」


 彼は俺達を小屋の中へと案内する。

 中に入ればなぜかオビが座って待っていた。


「いかがでしたでしょうか」

「斬新にして革新的、まことこれほど熱狂した音楽は初めて。すでにヤツフサ様には許可を得ている。これにて白狐ノ神カエデ・タマモ殿の入場を認めるとする」

「そのお言葉が聞けて安堵しております」


 イツキは頭を垂れ、オビも頷く。

 二人の関係性が根底から覆る光景を見せられていた。


 オビは、イツキの部下じゃなかったのか?


「すまんな、騙すようなことをして」

「もしかして」

「察しの通り。自分は大口のヤツフサ様率いる白狼の一族、名はオビ・ヤツフサ。次期当主である」


 オビは狼を模した仮面をとる。

 下から現れたのは精悍な顔つきの青年だった。


 仮面は偽装の機能も有していたのだろう。


 彼の髪も狼の耳も尻尾も、綺麗な白に変化していた。


「次期当主でございましたか。無礼な態度この場にてお詫びいたします」

「よい、謀ったのはこちら。詫びは不要だ」


 カエデの丁寧な謝罪をオビは丁寧に対応する。

 一方のイツキは沈黙したまま下がり、そっと一礼してから小屋を出た。


 俺とフラウとパン太は顔を見合わせる。


 なんでまた小屋なんだ。

 白狼の暮らしている場所へ向かうなら、外の方が都合が良いと思うが。


 おもむろにオビが立ち上がり、小屋の最奥に置かれている大きな鏡へと触れる。

 直後、鏡は水のように揺らめき彼の腕が鏡面の中へと入った。


「なんだあれ」

「天獣域への穴――つまり異空間への扉です」

「えっと、それってどういうことだ」

「あの向こう側に白狼が暮らす場所があるのです」


 へー、さっぱり分からん。

 天獣域ってなんなんだ。


 オビは先に通過し姿を消す。


「参りましょうか、ご主人様」

「白狼ってのがどの程度の奴らなのか見てやろうじゃない」

「きゅう!」


 意を決して通り抜ける。


 鏡を抜けた先は赤い橋の上だった。

 正面には見慣れないデザインの屋敷がある。


「鏡の向こうに青空と川があるなんて」

「きゅう」


 橋から下をのぞき込むフラウとパン太は、眩く陽光を反射する水面に感心していた。


 これが異空間?

 天獣が暮らす場所??


 ぽかぽかした気温に蝶々がひらひら飛んでいる。

 遠くの川岸では花々が風に揺れていた。


「我ら自慢の住処、なかなか良いところだろう?」

「そうだな」

「白狐の里とはかなり違いますね」


 オビは橋の中央で待っていた。


「一つ聞きたいんだが、どうして狼部族のフリなんかしていたんだ」

「あれは眷属を見守る為に平時よりやっていることだ。裏で動く方が何かと都合が良いからな。実際、其方達に自然と接近したであろう」


 祀り上げられているからと言って、その座で胡座をかいているわけじゃないのか。

 人知れずこっそりと世話は焼いていると。


 彼は俺に軽く頭を下げた。


「遅くなったが、バジリスクの件は礼を言う。貴殿のおかげで被害が最小限に抑えられた。我々としてもあの敵は少々厄介だったのでな」

「いいよ別に。美味い肉も食えたしさ」


 オビは「ヤツフサ様のもとへ案内する」と屋敷に向けて歩を進める。


 揺れる狼の尻尾。

 反応したパン太が先っちょをぱくりとした。


「うひゃ!?」


 オビはべちゃっ、と顔面から床に転ぶ。

 そして、じろりと睨んだ。


 す、すいませんっ、ウチの子が!




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