147話 戦士と白狼一族
オビに案内され屋敷の中へ。
出迎えてくれたのは白狼の美しい女性達。
「お帰りなさいませ、若様」
「うむ、ヤツフサ様は?」
「すでに竜の間にてお待ちでございま――あ!」
女性が俺の足に声をあげた。
な、なんだ?
どうしてみんな俺の足を見ているんだ??
カエデがこそっと教えてくれる。
「ここでは履き物を脱いで上がります」
「なるほど、だからあんなに驚いているのか」
「うへぇ、面倒ね」
「きゅう?」
軽く謝罪して、俺達は入り口で靴を脱ぐ。
ちょっとまずったかもな。
いきなり印象が悪くなってしまった。
「これよりヤツフサ様との面会を行う。くれぐれも粗相なきようお願いする」
「心得ております」
オビに案内され、長い廊下を歩く。
外からちらりと見ただけだが、ずいぶんと大きな屋敷だ。
行けども行けどもひたすらに廊下が続く。
おまけに木の床はつるつるしていて足が滑りそうで怖い。
変わったデザインの建物、壁にはよく分からない絵や仮面がかけられ、時々ピカピカ蛍光色に光る看板を見る。
古代文字で書かれて何を書いてあるのかは読めない。
カオス……だな。
「白狼は、変わった物を集めるのが好きなのか?」
「これらはヤツフサ様のご趣味だ。若かりし頃に触れた古の文化が恋しいらしくてな、こうして珍しい遺物を見つけてはコレクションしている」
「そのヤツフサって何歳なんだよ」
「さぁ? 数えるのをやめたそうなので不明だ」
顔が引きつる。
どれだけ生きてんだよその白狼は。
彼は紙が貼られた扉を横にスライドし中へ入るように促す。
「ここで座って待て」
俺達は床に腰を下ろす。
おっ、この床、乾燥した草でできているのか?
触るとすべすべしてて気持ち良い。
「ヤツフサ様、お客人をお連れいたしました」
「開けよ」
ひとりでに引き戸が開かれ、奥の部屋が目に入る。
一番奥に、三メートルはあろう巨躯の老人があぐらをかいていた。
頭部には白い狼の耳、深い皺と白い髭が目をひく。
さらに片目には縦に走る傷があり、鋭い目は睨むだけで人を殺せそうだ。
存在感が桁違いだ。
威厳に満ち溢れ、力強く、人の形をした山のごとく威風堂々としている。
一瞬で俺は、このじいさんに勝てないと悟った。
邪竜なんかこのじいさんには一吹きで殺せる雑魚以下の相手だ。
「私は白狐が一人、カエデ。タマモと申します。この度は急な面会の申し出を受けてくださり感謝しております」
カエデは床に手を突き、深く頭を下げる。
「おう、用件があるならはよ言え。わしゃあ狐と戯れるほど暇じゃないけんの。お前が来るってんで、わざわざ盆栽の剪定を中断しとんじゃ」
「申し訳ございません」
「まぁええ、それで大層眷属共を湧かせたらしいの。話を聞く前に、まずはその腕前を披露してもらおうか」
なんだ、演奏を始めろって言ってるのか。
そう言えばイツキが、素晴らしい音楽を奏でる奴が白狼に会う資格があるとか言ってたっけ?
とりあえずセッティングをする。
ぎゅぃいん。
俺はギュラーで開始を告げた。
その瞬間、つまらなさそうにしていたヤツフサの目が大きく見開く。
演奏が終わったところで、ヤツフサは遠吠えをする。
「わしゃあ、とんでもなく感動した! これこそ遠き若かりし頃によく聞いていた音楽! エネルギッシュでハードで、グレートな音楽じゃねぇか!」
「どうも」
「あおーん!」
なんだ、昔にも似たようなのがあったのか。
ヤツフサの機嫌が良くなったのでよしとしよう。
彼は立ち上がり俺の肩に腕を回した。
「たいしたヒューマンじゃねぇか。久々に感動したぜ。どうだ、専属の楽士に――そう言えばお前誰だ?」
そこでようやくヤツフサは俺が何者かに意識が向いた。
じっと見て、じっと見て、目を細める。
「オビ、この男は?」
「トール殿でございます。カエデ様の主だとか」
「主? ヒューマンが天獣の?」
さらにじっと見つめる。ほぼジト目だ。
「あ」
ヤツフサは声を漏らす。
なんだ、その「あ」って。
めちゃくちゃ気になるんだが。
どうした、なぜがたがた震え始める。
「ざ」
「ざ?」
「座布団を御用意しろぉおおおお!!」
ヤツフサが吠えた。
「御身に無礼な態度をとったこと、どうか、どうかお許しを」
「別に怒ってないから頭を上げてくれ」
「まさか龍人であらせられたとは。自分はなんと不敬なことを」
「だから怒ってないって」
床に額を擦り付けて頭を下げるヤツフサとオビ。
さらに座る位置も逆転して、俺が一番奥の席――上座というらしい――に分厚い座布団で座っている。
隣に控えるカエデとフラウ、それにパン太はやけにご満悦だ。
「ほんといつ言ってやろうか迷ってたんだから。偉大なる種族である主様が粗雑な扱いなのはどう考えてもおかしいんだから」
「私もそれとなくヤツフサ様にお伝えしようと考えていたのですが、ご主人様に口止めされていた手前、どのタイミングにすべきかと非常に悩んでおりました」
「きゅ、きゅう!」
「これに関しては隠そうとしていたわけじゃなくて、単純に自分が龍人だってことを忘れてたんだよ。偽装でステータスもヒューマンだしさ」
まさか鑑定持ちな上に、偽装を見ただけで破るとは。
さすが天獣と言うべきか。
いや、オビは見破れなかったことを考えれば、ヤツフサが特別なのかもな。
「さっそくで悪いんだが、母さんについて何か知らないか」
「その前に一つ。わしゃぁ敬語ってのが苦手で、気を遣った物言いはできん。もし気を悪くされたら申し訳ない」
「俺もそうだから気にしないさ」
「寛大な御心に感謝」
まだ変な感じだな。
明らかに俺より強いじいさんが頭を下げるなんて。
龍人ってのはどれだけの存在だったんだ。
「質問についてだが、確かにトール様のお母上――クオン様はここへ来られた」
「母さんが!?」
「あの日のことは忘れられん。彼の種族が消えて幾星霜、もはやもう見ることはないと思っていた偉大なる種族が再び現れたのだ。わしゃぁ久々に嬉しょん(※嬉しすぎておしっこする意)するところだったわい」
じいさんは照れくさそうに鼻の下を指で擦る。
隣にいるオビは呆れた様子で溜め息を吐く。
「母さんはなんて?」
「いつかここに自分の子供が来るかもしれないって言ってたな。その際に道を示してやって欲しいって。わしゃぁ尻尾を振りながら謹んでお受けしたんじゃ」
俺が来ることを予見していた?
いや、でもここに来た母さんはまだ俺を産んでいないはず。
だとしたらあらかじめ何らかの予定を立てて父さんと結婚したってことになる。
母さん、あんた一体何をしようとしていたんだ。
「目的は?」
「うむ、聞くのを忘れてた」
「おい」
「なにぶん主たる種族に頼まれ事をされたのは非常に久しくてな、わしゃあは全身を包む歓喜に考えがすっとんで、頷くだけしかできんかった。いやはや申し訳ない」
「頭を下げなくていいからさ。で、母さんはどこに行けって」
「ここよりさらに西に古の魔王ロズウェルがいる。そいつに会えば古都への行き方がわかる」
彼の話に寄れば、古都とはかつて栄えた古代の主要都市の一つらしい。
しかも通常の方法ではたどり着くことができず、いくつかの手順を踏まなければならないそうだ。
しかし、どうして魔王が古都への行き方を知っているのか。
不意にヤツフサが頭を垂れる。
「わしゃあ仕えるものをなくし永く過ごしてきた。死ぬ前にもう一度、主を持ちたいと願ってたんじゃい。トール様が良ければ、わしゃあの忠義受け取ってくれんか」
「でも、龍人ってだけで見ず知らずの俺に」
「これから知って行けばええんじゃ。わしゃあらは偉大なる種族に仕えることこそが幸せ。もう主人のいない自由は飽きた」
ヤツフサの申し出に逡巡する。
白狼の長である彼の言葉は非常に嬉しいが、果たして俺なんかが受けていいものだろうか。
龍人ってだけで俺はどこにでもいる普通の冴えない戦士だ。
悠久を生きてきた天獣を従える権利も理由もない気がした。
「主様なんだからこうなるのは当然ね。偉大なる種族の巫女として誇らしいわ」
「きゅう」
「まだ受けるとは……」
カエデがそっと耳打ちする。
「私も白狐なのでヤツフサ様のお気持ちはよく分かります。天獣は偉大なる種族の配下としてデザインされた生き物、本能として支配されたい欲が根底にあるのです。重ねてヤツフサ様ほどの御方が安易に主を選ぶとも思えません。きっとご主人様だからこう申されているのでは」
「俺の何かを気に入って言ってくれてるってことか?」
うーん、それでもなぁ。
腑に落ちない。
いっそ直接聞いてみるか。
「どうして俺なんだ」
「かつて忠義を尽くしお仕えした御方がいた。馬鹿で、スケベで、行き当たりばったりの考えなしで、鈍感で、でも、優しく強く揺るぎない、わしゃあその御方が大好きだったんじゃ。トール様がその方と似ておるから、だろうかの」
「良い主人だったんだな」
「そりゃあもうわしゃあの自慢の主人じゃ」
昔の主人と似ているからか。
正直まだぴんとこないが、彼が本気なのは伝わった。
雰囲気から信用もできそうだし、行方不明の仲間のこともある、今は人手が欲しい状況だ。
「えっと、その忠義受けよう」
「深き感謝。一族と眷属合わせて三千余り、偉大なるトール様に誇りと命を捧げよう」
ひぃ、そこまで覚悟しなくても。
もしかしてヤバい関係を結んだのかも。
カエデが尻尾を振ってニコニコしている。
「ご主人様はやっぱりご主人様ですね」
なにそれ。
意味深すぎて怖いんですけど。
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