144話 ツルペタの美声に感動する戦士
このロウワの村には音楽が深く根付いている。
心に響くような歌や演奏を行う者は尊敬されるそうだ。
一に音楽、二に狩り、三に強さ、四に賢さ。
これが村で尊敬される順番らしい。
なぜ音楽性が優れている者が一番なのか、白狼がそれをこよなく愛しているからだ。
眷属である彼らは神の為に演奏し、生み出した音色を奉納する。
すなわち良い音楽を捧げることのできる者だけが、神である白狼と会う資格があるのだ。
「笛や琴ならできるのですけど……この弦楽器は初めてでして」
カエデはギュラーと呼ばれる楽器を弾くも、お世辞にも良いとは呼べない音色だった。
「貸してみなさいよ」
「どうぞ、フラウさんは弾けるのですか」
「こう見えて似たようなのを里で弾いてたのよ」
ポロロン。慣れた手つきでフラウは弾き始め、曲に合わせて歌い始める。
「まな板なんかじゃない~、これは愛の詰まった膨らみ~♪ 触ってごらん~、少しくらいエロスを感じるだろう~♪ 振り向いて~、ツルペタと呼ばないで~♪」
なんという美声、歌詞はあれだが曲と声は良い。
ゆったりとしたリズムにイツキも身体を左右に揺らしノッている。
フラウが演奏を止めた。
俺達は席を立ち、拍手する。
「すごいじゃないか! フラウにこんな才能があったなんて!」
「素敵ですフラウさん。私、感動しました」
「そ、そう? エヘへ」
「きゅ、きゅう!」
パン太も褒めているのかフラウの回りをぐるぐる飛ぶ。
「確かに素晴らしいが、使いを満足させるほどではないな。このレベルなら村に腐るほどいる」
イツキも拍手をしているが、感想は厳しかった。
フラウは不機嫌になり、頬をぷくっと膨らませる。
いい線いっていると思ったんだが、条件をクリアするのはなかなか難しそうだ。
「先ほども伝えたが、お披露目は二日後の夕刻。もし無理だと思うのなら辞退してもいい」
「ここまで来て引き下がれるか。やるだけやってやるよ」
「その自信が口だけ出ないことを願うよ。こちらとしても白狐のカエデ様に、手土産も無くお帰りになっていただくのは申し訳ないからな」
イツキは玄関の扉を開ける。
「指導を求めるなら言ってくれ、熟練者を寄越すつもりだ。欲しい楽器も言ってくれれば用意しよう。ではわたしは仕事があるので」
そう言い残し家を出る。
欲しい楽器か。
カエデは笛と琴?が得意だって言ってたし、ギュラーは止めておくか。
フラウから楽器を受け取った俺は、考え事をしながら軽く弾いた。
「ご、ごしゅじんさま!?」
「この音色!!」
二人がなぜか驚いている。
……何かしたか、俺?
◇
翌日、村の広場に出てみると、子供達が集まっていた。
なにやら広げた紙を囲んで騒いでいる。
カエデと俺はそっと覗きこむ。
正方形の紙に複雑な魔法陣が描かれ、その上に小さな人のような物体が二つあった。
それらは互いに殴り合い、程なくして一体が光の粒となって消える。
「あー! また負けた!」
「十連勝!」
この地方に伝わる遊びか何かか。
しかし、ずいぶんと凝った遊び道具だ。
俄然興味が湧く。
「幻闘陣ですね」
「知っているのか?」
「はい。本来は戦闘訓練として使用する魔法陣なのですが、ここでは遊び道具として縮小化しているようです。内容もかなりイジられてますね」
「へー、さすがは天獣がいる村だな」
俺に気が付いた子供達が鋭い視線を向ける。
「なにみてんだよ、ヒューマンのおっさん」
「お、おっさん!?」
「他に誰がいるんだよ」
まだ二十五歳なのだが、けど子供からすればそう見える年齢なのかもな。
リーダー格の少年は、何かを思いついたらしくニヤリと笑みを浮かべた。
それから他の子供に耳打ちし、全員がくすくす笑う。
「おっさん興味があるんだろ。混じっても良いぜ」
「ほんとか、でもルールとか知らないんだが」
「簡単さ。作りだした幻で相手の幻を倒すだけ。言っておくが、これはそいつの実力がそのまんま出る遊びだ。弱っちい奴は弱っちい幻しか作れない」
ほー、遊びだけど自身を確認できるものでもあるのか。
やっぱ面白そうだな。是非挑戦させてもらおう。
俺と少年は幻闘陣を挟み、地面に腰を下ろす。
互いに魔法陣に触れて魔力を流し込んだ。
「オレの幻はガキ共の中で一番強ぇぜ」
光の粒子が集まり、剣を持った白い人型が出現する。
「実力ってどこを見れば分かるんだ」
「まず、大きさ、所持している武器、種族によって外見も少し変わる。その種族が備えている能力とかも使えるな」
「狼部族なら牙とか爪か?」
「そうそう、おっさん鈍感そうだけど意外に物わかり良いな」
鈍感は余計だ。
そのくらい見れば分かる。
少年の人型には狼の耳と尻尾があった。
「おっさんの幻おせぇな。もしかして弱すぎて魔法陣も幻を出せねぇんじゃねぇか」
子供達がゲラゲラ笑う。
その様子にカエデはムッとしていた。
ビースト族は幼少から高い身体能力を有している。
ヒューマンなんかには負けない、なんて絶対的な自信を持つには充分だ。
実際、ヒューマンが支配している
狼部族しか暮らしていないここでは、その思い込みが強化されても不思議ではない。
びびびび。幻闘陣が微細に震え、光の粒子が集まり始める。
みるみる少年の人型は縮小し、見えないほど小さくなったところで、俺の幻がぬうっと陣の中に入る。
「――は?」
「デカすぎて時間がかかったようだな」
俺の幻は大剣を握り、肩を鳴らすように腕をぐるんぐるん回す。
それから周りを確認して敵を探していた。
「おかしい、だろ。こんなの」
「やれ」
幻が足を出し、少年の幻をぷちっと踏み潰す。
勝負は一瞬で決まった。
子供達は静まりかえり、揃って目を点にしている。
「うわぁぁぁああああああっ!! おぼえてろぉお!」
少年は泣きながら逃走した。
ふっ、子供相手に本気を出してしまうとは。
俺もまだまだだな。
しばしの間があった後、子供達は歓声をあげた。
「おじさんすごい、イツキ様でもこんな大きいの作れないのに!」
「でっかぁ、なんだよこの大きさ!」
「しゅげぇ、しゅげぇ、僕こんなの初めて見た!」
分かりきっていた結果とは言え、褒められると照れくさいな。
まぁ、俺もここまでサイズに差が出るとは思ってなかったのだが。
ほぼ人と山の戦いだった。
「ここにおられたか」
「あんたは、オビだったよな」
仮面を付けた男が広場へとやってくる。
そこにいるのに気配が薄い。
やっぱこいつ、シーフかアサシン、もしくはその上位のジョブを有している。
しかもかなり強いな。身のこなしも隙が無い。
俺は立ち上がる。
「イツキ様より頼みたいことがあるとの伝言が」
「私にですか?」
オビはカエデに伝える。
「白狐であるカエデ様のお力を見込んでのこと。まずはお話しだけでも聞いていただければと」
「そう言うことなら……あの、ご主人様も同席してよろしいでしょうか」
「もちろん。では付いてきてください」
俺達はオビの後を追い、イツキの家へと向かう。
◇
二人揃って席に腰を下ろす。
向かいには長のイツキが、傍にはオビが控えている。
「頼み事と言うのは、バジリスク退治のことです」
「あのバジリスクですか」
「ええ、数ヶ月前より村の付近にある遺跡に住み着いておりまして、時折出没しては住人を喰らっているのです。何度も退治しようと試みたのですが、なにぶんあの目があって近づくことも」
こそっとカエデに耳打ちする。
「バジリスクって?」
「見たものを石化させる魔物です。かなり厄介な生き物でして、石化の有効範囲も広く、動きも素早くて、身体を覆う鱗も相当に堅いとか」
こっちにしかいない魔物かな。
向こうでは聞いたことない。
石化させる魔物か、確かにそれはヤバいな。
「我ら狼部族は魔法が苦手、かといって接近戦も厳しい。報酬はきちんとお支払いいたしますので、どうかご助力を」
「いかがいたしますか、ご主人様」
「受けよう。世話になっている村の人間が困っているんだ。人の為、世の為は漫遊旅団の為だろ。イツキって言ったか、退治したら美味い飯を食わせてくれよ」
「無論、村をあげて宴を開こう」
そりゃあいい。
ま、石化能力があるとしてもカエデの魔法なら瞬殺だろう。
バジリスクを倒せば遺跡も調べられそうだしな。
「ところでカエデ様、本当に彼を同行させてよろしいのでしょうか?」
「それはどのような意味でおっしゃられているのですか」
「決してカエデ様の主である、彼の実力を疑っているわけではないのですが……しかし、ヒューマンでは些か厳しいのではと」
「ご心配には及びません。ご主人様はご主人様なので」
おい、カエデ、それ説明になってないだろ。
気を遣って言ってくれただろうイツキが戸惑ってるぞ。
オビがイツキの耳元で囁く。
「ふむふむ、言われてみればただ者でない風格。種族の色眼鏡で見ていたのやもしれぬ」
「さらに申せば彼からは、時折すさまじい濃度の魔力が放出されております。見た目は剣士ですが、もしや魔法を使った攻撃もできるのではと」
「さすがはカエデ様が主と認めた御仁、普通のヒューマンであるわけがないか。失礼したトール殿。是非同行をお願いする」
イツキが今までで一番の笑顔を浮かべた。
あれ、俺って魔力漏れてるの?
これでも結構気をつけてるんだけどなぁ。
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