第五章

143話 戦士はカエデの秘密を知る


 暖炉のある暖かい部屋に案内された。

 青年は椅子に座るように促し、自身も向かいの席へと腰を下ろす。


「我が名はイツキ。この村の長を務めている」

「俺達は漫遊旅団。俺がトールで、こっちがカエデ、あっちがフラウとパン太だ」

「白い毛の狐……まさかな」


 イツキはカエデをまじまじと見てから、考えを否定するように首を横に振る。

 反対にカエデは怯えるような表情を浮かべていた。


「あ、あの、ご主人様、実はですね――」

「その漫遊旅団がなぜ白狼を探しているのだ」


 カエデの言葉を遮るようにイツキが質問をする。


 一瞬、カエデに意識が向いたが、まずは警戒心をむき出しにしている彼にきちんと説明すべきだと考えを改めた。


「母の故郷を探しているんだ。精霊王エロフから白狼なら知っているだろうと教えてもらったんだ」

「風の精霊王か。迷惑なことを言ってくれたものだ」

「頼む。白狼に会わせてもらえないか」

「断る」


 彼は迷う素振りも見せずぴしゃりと言い放つ。


「いきなり来て我らが神と面会したいだと。ふざけるな。白狼方はこの山脈を支配する偉大なる一族、我らでさえ一握りの者しか会うことを許されぬと言うのに。外の者が会うなど絶対にあり得ぬ」


 何があっても許可は出さない、強い意志を感じた。


 少なくとも白狼はいる。

 それだけは会話から読み取ることができた。


「少しくらいいいじゃない。狼部族ってケチよね」

「なんだとっ! 誇り高きロウワの民を愚弄するか!」

「だってそうじゃない。許可を出すのは白狼であって、この村の人間じゃないでしょ。それなのにお伺いすらしてくれないなんて、どう考えても意地悪してるとか思えないじゃない」

「言わせておけば! ぐるるるっ!」


 フラウが言いたい放題言ったせいで、イツキを怒らせてしまったようだ。

 そこでテーブルにカエデが何かを出した。


「勇ましき狼の眷属、その誇り高く雄々しき姿は遠き地でも聞き及んでおります。これは便りもなく、参らせていただいたお詫びでございます。白狼ノ神への面会伺い、何卒お頼み申します」

「これは!」


 白い紙に包まれた二つの塊。

 上等な肉と金塊だった。


 いつのまにあんな物を。


 カエデはさらに母の形見である鉄扇を開いて見せた。


 現れたのは狐を模した紋章。


「その家紋、やはり貴方は、いや貴方様は!」

「白狐一族のカエデ・タマモでございます。九尾の末裔と申せばより分かりやすいでしょうか」

「きゅ、九尾のタマモ! なんとご無礼を!!」


 イツキは床に座り、額が突くかと思うほど頭を垂れた。


 打って変わった態度に俺もフラウも目が点になる。

 長のイツキがペコペコしているのだ。


 一方のカエデは俺に申し訳なさそうな表情を向けている。


「どうか面会の申し出、白狼ノ神にお伝えください」

「無論でございます。ただ、必ず許可が出るとは限らないとご承知願います」

「心得ております」


 イツキは再び深々と頭を下げた。




「意外に住み心地よさそうね」

「カエデのおかげだな」

「……はい」


 フラウはパン太に乗って、火の付いた暖炉の前に移動する。


 俺達は白狼からの返事があるまで、村に滞在することが許された。

 さらにイツキから家を貸してもらい食事まで用意してもらえるとのことだった。


 あまりにも綺麗な手の平返し、厄介なよそ者から歓迎すべき客人だ。


 態度を急変させた原因はやはりカエデなのだろう。


 とりあえず事情を聞くべく、俺達は椅子に座る。


「あの、今まで隠していて申し訳ありませんでしたっ!」

「つまりカエデは天獣なんだな」

「はい。ここより遙か遠方に暮らす、天獣・白狐一族の者です。決して隠そうとしていたわけではなく、お伝えするタイミングを逃し続けていたといいましょうか、いえ、違います、本当は言いたくなかったんです」


 うつむくカエデはなぜか辛そうだ。


「以前にも言いましたが、私の故郷は危機的状況に陥り、幼かった私だけが魔法陣によって逃がされました」

「何があったのか聞いてなかったよな」

「隠れ里が何者かに襲われたのです。踏み込めない領域にまで踏み込まれ、危機を察した一族の者が私を逃がしました。私が見た最後の光景は火に包まれる屋敷」


 彼女は涙をこぼす。

 俺や多くの人達を癒やしてきた彼女だが、一番癒やすべき自身を放置していたのだ。


 どこまで鈍感なんだよ、俺。


 もっと早くにカエデの背負っているものに気づいてやれなかったのか。


「言えなかったのは、このことにご主人様を巻き込みそうで怖かったからです。敵は天獣である白狐と同等かそれ以上、低く見積もってもご主人様以上の敵です」

「俺以上!?」


 ひぇ、なんだよそれ。

 そりゃあカエデも秘密にしたがるわけだ。


 恐らく俺が馬鹿だから言いたくなかったんだ。


 馬鹿な俺は必ずこの件に関わるから。


 そして、それは正解だ。


「俺はさ、カエデの故郷を助けたいと思っている」

「ですがご主人様!」


 くしゃ、と頭を撫でる。


「俺はお前の主だ。奴隷の問題は俺の問題。それとも主人が奴隷の面倒を見るのは不思議か?」


 カエデはふるふると顔を横に振る。


「あの時にくださった言葉ですね」

「つまりそういうことだ。カエデには沢山助けられたんだ、俺だって助けないとバランス悪いだろ」

「ふふ、ご主人様らしいですね」

「馬鹿だからな」

「いいえ、ご主人様がお優しいからです」


 席を立つと、目を潤ませる彼女を抱き寄せる。

 堰を切ったように腕の中でカエデは泣いた。


 きっとのしかかる不安は重かったはずだ。


 もう家族はいないかもしれない、そんな思いもあったはず。


 どうすれば助けられるかはまだ分からない。

 それについては彼女の故郷に行ってみないとなんとも言えないからな。

 けど、きっと彼女の家族は生きている。

 天獣ってのは強いんだろ。だったらしぶとく生き残っているはずだ。


 元々向かうつもりだったし、目的がはっきりしてむしろいいくらいだ。


「ちなみに白狐は母さんについては」

「いえ、もしかしたら大婆様がご存じかもしれませんが……」


 結局、その辺は白狼に聞くしかないか。

 それに白狼から白狐の情報を得ることができるかもしれない。


 ふと、妙な臭いがしていることに気が付く。


 暖炉の前に目を向ければ、フラウの小さな服が落ちていた。


「どう、この味、悪くないでしょ」

「きゅう~」

「なんなのその顔、え、塩辛い? うぇ、何これ。ちょっと水で薄めましょ」

「きゅ、きゅ!?」

「ひぁああっ! 火が!」


 台所へ向かえば、エプロンを着けたヒューマンサイズのフラウがいた。

 おまけに握っているフライパンからは激しい炎が。


 こいつ、さては水じゃなく油を注いだな。


 食材が灰と化す光景を、フラウとパン太は呆然と見ていた。


「アイスロック」


 カエデの機転でフライパンは瞬時に凍り付いた。


「もう、フラウさん。お料理をするなら一声掛けてください」

「ごめんなさい。いつも見てるからフラウにもできるかもって……」

「きゅう~」


 しょんぼり肩を落とすフラウ。


 しかし、その格好はなんなんだ。

 裸にエプロン、風邪でもひきたいのだろうか。


 同様に気が付いたカエデが指摘する。


「その格好は?」

「あ、これ? 実は結構前に、ソアラから裸エプロンなる知恵を授かったのよ。料理は失敗したけど、見た目は主様好みでしょ」


 フラウはくるんと回り、下着すら着けていない背部を見せる。

 隙間から胸が僅かに見えていた。


「いけませんフラウさん、そんなあられもない姿をご主人様の前で!」

「なによ、少しくらいいいじゃない。どうせ正妻の座はカエデに奪われるでしょうけど、せめて第二妻の座くらいは手に入れないと、『このツルペタめ。親の胸が見てみたい』って里のみんなに石を投げられるでしょ」

「顔ではなく胸なのですね」


 無意識にツッコんでしまったカエデはハッとする。


「と、とりあえず、服を着てください! こっちに!」

「この格好ってかなり寒いわよね。ソアラは男の好きな格好って言ってたけど、本当なのかちょっと疑わしいわ」


 腕を引っ張られたフラウは、文句を言いながら隣の部屋へと行く。


 フラウの格好に不覚にもドキッとしてしまった。


 裸エプロン、嫌いじゃない。


 くっ、さすがはソアラ、俺のことをよく分かっている。

 あれがもしカエデだったら、エロさと可愛さに心臓が止まっていたかもな。


 さて、この黒焦げになった食材を片付けるか。


「ご主人様、イツキ様が来られています」

「ん、分かった」


 玄関へ向かえば長のイツキの姿があった。

 彼は俺を見て一礼する。


「白狼ノ神より、条件をクリアしたなら会っても良いとのお言葉を賜りました」

「その条件とは」

「演奏で使いの者を認めさせること」


 はぁ、演奏??


 イツキは肩からさげていた楽器を握り、弦を指で弾いてポロロンと鳴らす。


「狼は音楽が命!」


 そ、そうですか……。




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