142話 乙女達の受難その4
わたくしは報告を受けた後、自失とも言えるほど呆然としていた。
屋敷の地下にあった遺跡。
そこでは機能停止した転移魔法陣があったそうだ。
落下した皆様の姿はなく、状況から全員がどこかへと飛ばされたのち、魔法陣は機能を停止したのでは、とのことだった。
もちろん専門家チームで行き先を探らせた。
しかし、分かったのはあの魔法陣がランダムに人を飛ばすことだけ。
知れば知るほど絶望的であることがより鮮明となっていた。
国内において転移を含めた魔法陣の研究は完璧ではない。
内容は読み取れても、転移魔法陣を造り出すまでには至っていない。
なにせ使用する魔力は膨大、魔法陣自体も顕微鏡で見ないと分からないような微細な古代文字で形成され、何層にもなるプレートを重ね合わせているのだ。
この際、再現性に関してはどうだっていい。
問題はなんの手がかりもないことだ。
大切な友人がどこかへと消えてしまった。
それも自分が暮らす屋敷で。
わたくしが誘わなければ、何度何度も自責の念に駆られる。
「お嬢様、どうか元気を出してください」
「……そうですわね」
ウララが声をかけてくれる。
赤ん坊もいるのに一大事と駆けつけてくれた彼女には感謝しかない。
彼女がいなければ、わたくしはきっと自暴自棄となっていた。
トール様にカエデさんがいてくれればもっと良かったのですけど……。
「お嬢様、いっそトール様へメッセージを送られては。ご報告もまだのようですし」
「メッセージ!」
ウララにスクロールを準備させる。
我が家には万が一に備えて、五個ほどメッセージのスクロールを保管している。
幸いアリューシャさんにお願いしてさらに五個、融通していただいたばかりだった。
まずはトール様へ。
《報告:メッセージの有効範囲外です》
へ?
届かない?
そんなことってありますの??
繋がらないとスクロールは消費されない。
わたくしは行方不明の方達にメッセージを送ろうとした。
《報告:メッセージの有効範囲外です》
愕然とした。
これでは生きているのかも死んでいるのかも分からない。
「そんな、誰にも届かないなんて」
「お嬢様……」
メッセージに有効範囲があったなんて……有効範囲が……有効範囲?
ちょっと待ってくださいませ。
それはつまり、皆さんもトール様と同様に、メッセージが届かないくらい遠くにいると言うことでは?
メッセージのスクロールは相手が死亡していた場合、きちんとそれを報告してくれる。
つまり誰もこちら側にはいない。
皆さん、トール様と同じ外海を越えた先に。
そうと分かればいてもたってもいられませんわ。
わたくしも向こうへ行かなければ。
「ウララ、お父様に外海を越えるとご報告を。わたくしは遺跡船が戻り次第乗り込みますわ」
「しかしお嬢様!」
「止めても無駄ですわ。大切な友人が危機に瀕しているかもしれないというのに、尻込みしている時間はありませんの。トール様の妻となる者として、漫遊旅団のメンバーとして、原因を作った者として、可能性が僅かでも行動を起こさなくては」
こちら側はわたくしがいなくとも問題ない。
すでにお父様が動き、ルーナのお父様であるグレイフィールド国王も動いている。
いずれ各国を巻き込み大規模な捜索が行われるはず。
故にわたくしは、わたくしのできることをする。
◇
私はウララを置いて、単身でラストリアに到着する。
ラストリア国王陛下にはすでに謁見の許可をいただいている。
王宮の一室でわたくしは玉座に座る陛下に迎えられた。
「お初にお目にかかります。わたくしはロアーヌの娘マリアンヌでございます」
「挨拶はよい。それよりも送られてきた封書では、転移魔法陣で飛ばされた者達を探し出したいと記載されていたが、異大陸にいるというのはまことのことなのか」
「確証はございません。ですが、充分に可能性はあるかと。こちらには多くの遺跡や魔法陣がございます。外海を越えた大地に同じものがないとは考えにくい」
陛下は顎を撫でる。
遺跡船に乗せるか迷っている雰囲気があった。
「しかし、他国の令嬢を危険な旅に出すわけには……」
臣下らしき男性が入室する。
「陛下、アルマン王より封書が送られてきました」
「渡せ」
内心で笑みを浮かべる。
アルマン王とラストリア王は仲が良い。
それをよく理解した上で事前に国王陛下に支援をお願いしていた。
もちろんただお願いしたわけではない。
ちょっとした有益なお話もさせていただいている。
『トール様は鈍感な御方、うかうかしていてはできるものもできませんわ。わたくしが現地に直接乗り込み、お子を授かってまいります。トール様を取り込もうとするラストリアへの牽制ともなりましょう』
この言葉がアルマン王の背中を強く押した。
子供ができればアルマンの民としての自覚が芽生える、かもしれない。
少なくとも首輪を付けることはできるだろう。
陛下はそう判断した。
もちろんわたくしの事情を知っての判断でもあると思われる。
もっともな理由がなければ、陛下もわたくしを送り出すことはできない。
お父様を言いくるめる材料も必要だ。
わたくしは許可をいただく前に、屋敷を飛び出したのだから。
便箋に目を通したラストリア王が溜め息を吐く。
「よかろう、船に乗る許可を出す」
「寛大なお心に感謝いたします」
部屋を出ようとした瞬間、陛下の声が聞こえた。
「ルブエなどではなく、もっとこうボンキュウボンな者を同行させるべきだったか。先にマリアンヌ嬢を見ておれば……アルマン王め、上手くやりおって」
やっぱり取り込みはあった。
ラストリア王は賢い、打てる手は打つ御方。
わたくしは何も聞かなかったふりをして退室した。
◇
数日後、遺跡船が港へ戻ってきた。
初めての外海越えを成し遂げたことで街中大騒ぎ。
船の前に集まった貴族は、異大陸から持ち帰った物で歓喜の声を漏らしていた。
反対にわたくしは船から冷静な目でその様子を眺める。
「本当によろしいのですか。向こうは想像以上に過酷な場所ですが」
「構いませんわ。見知らぬ土地で彷徨っている皆さんのことを想えば、わたくしのことなど些細なこと」
「事情は陛下より聞いております。微力ではありますが、精一杯協力させていただく所存です」
船長は帽子を脱いで一礼する。
ふと、貴族らしき男性が船に上がっているのが見えた。
彼はこちらへとやってきて、わたくしに一礼する。
「マリアンヌ嬢とお見受けする。私はケイオス・エイバン、トールの伯父だ」
「まぁ! トール様の伯父上様とは! お初にお目にかかります、ロアーヌの娘マリアンヌでございます」
「君がトールを追って異大陸へ行くと聞いたので、これを渡そうと思ってね」
彼はわたくしの手の上に鍵のようなものを載せた。
それは先がいくつにも分かれた不思議な物体。
形状から辛うじて鍵と分かる何か。
金色だけどうっすらと虹色に光り、材質が金ではないことが分かる。
「トールには母親は何も持っていなかったと言ったが、実は一つだけ所持品があったんだ。それがその鍵、つい最近まで存在をすっかり忘れていて、ずいぶんと慌ててしまった」
「そのような大切な物をわたくしに託してもよろしいので?」
「もしかすれば向こうで必要になるかもしれんからな。それに君はトールを誘惑しに行くのだろう? 信頼を得ようと言う君が裏切るような真似はしないだろう」
「そうですわね。ですが一つ間違いがありますわ。わたくしはすでにトール様に信頼されている婚約者、ですから」
ケイオス様は「失礼した」と軽く謝罪をする。
まさかトール様が侯爵の血筋だったなんて。
エイバンと聞いてどうして気が付かなかったのかしら。
たぶんトール様の存在感が圧倒的すぎて、名前なんて気にする必要もなかったのかもしれませんわね。
トール様はトール様、カエデさんの言っている意味がようやく分かりました。
「必ずお渡しいたしますわ」
「頼んだ。トールには私もビルも元気にしていると伝えておいてくれ」
彼にわたくしは頷く。
「そろそろ出発します」
船長が帽子をかぶり先を行く。
わたくしは鍵を握りしめ、見送るケイオス様に手を振った。
いざ行かん、異大陸へ。
必ず皆を連れて戻ります。
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