141話 乙女達の受難その3
ソアラさんが高笑いする。
目の前にはお金の小山があった。
総額二百三十四万ルドラ。
複数の人達から賭けで巻き上げてできた財。
「見なさいピオーネ。これこそが神のご加護です。もちろん私のイカサ――テクニックもあっての結果ではありますが」
「今、イカサマって言おうとしたよね」
「違います。テクニックです」
「イカサマ」
「余計なことは言わなくていいのです」
むにゅうと頬をつねられる。
理不尽、ボクは事実を述べただけじゃないか。
熱を持った頬をさすりつつ、改めて自室を確認する。
土壁をくりぬいただけの簡素な小部屋。
出入り口は布が垂らされただけで、プライベートなんてものはほぼない。
この部屋にはボクとソアラさんの二人で暮らしていて、寝るための毛布が二つあるだけ。
他の人達も似たような環境だ。
「ところであっちの方は上手く行ってるの?」
「順調です。見てみますか? イザベラ」
「はい」
布を僅かにめくり顔を覗かせたのは班長だ。
あれから彼女はソアラさんに連敗し、とうとう己を賭けてしまった。
その結果奴隷となったのである。
おまけに班長――イザベラさんは沢山の奴隷を持っていたこともあり、ソアラさんの傘下は三十人余りへと膨れ上がっていた。
彼女に案内され坑道の奥へと進む。
そこでは五人の女性が交代を行いながら、ひたすら外を目指して地面を掘り進めていた。
「ソアラ様のご指示通り、通路の各所に幻惑の古代文字を配置、数人の警備も賄賂で見回りを緩めております。開通ももう間もなくかと」
「よろしい。引き続き作業を進めなさい」
「かしこまりました」
す、すごい、あれだけ遅々としていた脱出プランが急速に進んでいる。
もしかしてソアラさんはこれを狙っていた?
班長は複数の奴隷を抱え、警備の魔族とも比較的仲が良い。
賭け事はこの状況を作り出すための手段に過ぎなかったんだ。
見直したよソアラさん。
これなら早くにここを出られそうだ。
ボクはイザベラさんが言ったことに少しだけ引っかかりを覚えた。
「幻惑の古代文字って?」
「暗黒領域では文字に関しての研究はされていないのですか」
「一応専門家が調べてはいるけど、ボク自身は興味がなかったからそっちの知識は全く」
「貴族でしたら少しくらいは勉強しておきなさい」
「はんへふへふほ!?」
なぜか頬をつねられる。
ひどい。
「古代文字はそれ自体に力がある特殊なもの。魔法陣が魔力で発動するのも、古代文字が使用されているからです」
えっとつまり、幻惑の効果がある文字を配置して、警備の目を誤魔化している?
「ソアラ様、そろそろ」
「そうですね。いよいよ最後の仕上げといきましょうか」
最後の仕上げ?
◇
大広間でソアラさんは百人近い人間に注目される。
彼女は大きく手を広げ、声高らかに宣言した。
「今宵、私達はここを脱出します。ようやく解放の時が来たのです。もう建設に従事する必要はありません。故郷へと戻りましょう」
女性達はざわつく。
大々的な脱出の誘いに戸惑っているようだった。
一人の女性が手を上げる。
「向こうには夫が! 助けていただけるのでしょうか!?」
「心配はいりません。すでに男性側とはコンタクトを取り、脱出の準備が進んでいるはずです。先に述べたとおり決行は今夜、警備の目が最も緩む時間帯を狙います」
ボクはすぐに気づいた。
ソアラさんは脱出する人数を増やして、ボクらから魔族の目を逸らすつもりだ。
恐らく三割逃げ切れたら良い方。
ルドラの配下はレベルも高く強力なスキル持ちばかりだ。
けど、それでもやるしかない。
こんなところで野垂れ死ぬなんて嫌だ。
ボクはトールに会いたい。
「助かるかどうかは賭けになるでしょう。私達も助けには戻れません。それでもこの提案にのってくださりますか。愛する人々が待つ外を目指しますか」
一人が手を上げる。
また一人。
また一人。
次々に手を上げ始め、部屋の中は土に汚れた手で埋め尽くされた。
「あんたら、やると決めたからには絶対に捕まるんじゃないよ! 外で美味いメシ食って、良い男に抱かれたいだろ! 根性見せな!」
「おおおおおおっ!」
「ソアラ様とピオーネ様は絶対に期待に応えてくれる方だ! ここで鍛えた力、死ぬ気で振るって必ず逃げな! 幸せになりたいだろ!」
「おおおおおおおおおおおおっ!!」
班長が拳を掲げる。
女性達の手は握られ拳となった。
ところでボクも期待されるのはなんで?
「次」
「はい!」
「次」
「ありがとうございます!」
隠し通路から女性達が次々に出て行く。
外に出たらそれぞれ別の方角を目指して走る計画だ。
ルドラの配下の目を誤魔化す為。
「ソアラ様、これで全員です」
「では、私達も逃げるとしましょう」
「うん」
一番最後にボク、ソアラさん、イザベラさんが外に出る。
穴から出ると月のない暗闇が待っていた。
まだ配下はこの事態に気が付いていないようだ。
すぐさま偽装の指輪で僕らの姿を黒くした。
実は脱出プランの中に、指輪のレベルが3に到達するのも含まれていた。
ここに連れてこられた時点ではまだレベルは2。
偽装の指輪はレベル1でステータス偽装、レベル2で姿の偽装、レベル3で任意の相手のステータスや姿を偽装することができる。
この状況なら相手に看破持ちがいても、上手く撒くことができるはず。
ちなみに偽装の指輪は透明化はできない。
できたらもっと便利だったのだけれど。
ルドラ城建設地は深い森の中にある。
ボクらは西に向かってひたすらに走った。
「はぁはぁ、そろそろ動き出す頃かな」
「かなり時間も経過しましたからね。神よどうか我らに救いを」
「お二人とも隠れてください」
イザベラさんの言葉に、ボクとソアラさんは木の陰に身を隠す。
ばさっ。
上空をワイバーンが通過した。
やはり捜索はすでに始まっていたようだ。
捕まっても殺されはしないだろう、その代わり警備はより強固になる。
二度目の脱出はほぼ不可能。
この機会だけが唯一助かる道だ。
「こっちです」
「道が分かるの?」
「向こうから風に乗って故郷の匂いがいたします」
「さすがはビースト族だね」
「ふっふっふ、これも計算の内なのですよ、ピオーネ。森の中を迷うことなく進むには鼻の利くビーストが必要でしたからね」
イザベラさんは豹部族だ。
細身だけど引き締まった身体に、長い前髪が片目を隠している。
ボクと違って出るところはきっちり出ていて、すごく魅力的な人だ。
おまけに豹の耳と尻尾とか可愛い。
安全な場所に移動したら、尻尾とか触らせてもらえないかなぁ。
「まずい、あれはラップトール」
草陰に身を伏せる。
先には二頭の亜竜がいた。
たぶんこの森に生息する野生の魔物だ。
ラップトールは向こうにもいた。
あいつらは嗅覚が鋭く、集団で狩りをすることで有名だ。
嫌なタイミングで遭遇してしまった。
「……こっちに気が付いているようです。ピオーネ様は背後に警戒を」
「うん。ソアラさんは動かないようにね」
「申し訳ありません。レベルが低いばかりに」
ボクのレベルは現在85。
イザベラさんは573。
ソアラさんは48。
イザベラさんの強さは抜き出ている。
それでもルドラに逆らえないなんて、ここはなんて恐ろしい場所なんだろう。
イザベラさんは鋭い爪で一瞬にして二頭を掻き殺す。
すると背後に潜んでいた二頭が、茂みから飛び出した。
やっぱりあっちは囮。
奇襲を仕掛けるつもりだったか。
ボクは拾った石を二つの大きな口にそれぞれねじ込んだ。
「ギャウ!?」
「グギャ!」
武器がなくたってやるときはやるんだ。
魔族の貴族をなめるな。
思いっきり殴ると二頭は弾き飛ばされ、起き上がるとよたよたした足取りで逃げ出す。
ふぅ、危機一髪。
寿命が縮んだ気がするよ。
「ピオーネは勇敢ですね。良いてご――ごほん、良い戦士です」
「手駒って言いかけたよね」
「気のせいです」
「絶対手駒って言った」
「しつこいですね」
「ふぁへふぁほ」
痛い。つねらないでよ。
ほら、やっぱり爪を食い込ませてる。
あとでトールやカエデさんに言いつけてやるんだから。
「お二人ともご無事で」
「うん、勝手に逃げてくれたからね」
イザベラさんが戻り、ボクらは再び走り出す。
トールや他の皆と再び会う為に。
生きて戻るんだ。
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