140話 エルフ勇者の憂鬱その4
僕達はひたすらに回転する棒を押し続けていた。
かれこれ一週間になる。
ダークエルフの女王め、一体何を考えているんだ。
そもそもこの作業は何の意味が。
疑問が頭を埋め尽くし、とうとう限界に達した。
「もうやめだ! こんなの何の意味もない!」
「ジグが止めるなら、ミーもやーめた☆ もうへとへとだよ~」
「……いいのか。情報提供の条件はこれを回し続けることだったと思うが?」
「あの女の遊びにこれ以上時間は割けない。だいたい魔王の情報を持っているなんてのも疑わしいじゃないか。あの嘘つき女め」
僕は床に身を投げ出し不満を吐き出す。
がこん。部屋の扉が開けられる。
入ってきたのは笑みを浮かべる女王だった。
「よくわたくしの出した条件をクリアしましたね。では、約束通りルドラについての情報を提供しますのでこちらに」
「ようやくか」
立ち上がって一息つく。
正直、無駄な時間を過ごしたとしか思えない。
まぁいいさ、お前の渡す情報でこのむかつきは帳消しにしておいてやるよ。
謁見の間に移動し、女王が玉座に腰を下ろす。
「意外に根性があったのね。大抵の者は初日で音を上げるのに」
「ふん、さぞ気分がいいだろうな。この勇者に一週間も、意味もない棒を回させたのだから」
「意味はあるわよ。なんせ貴方達はあの装置で、せっせと小麦粉を挽いていたもの。その小麦粉を使ってパンを作りわたくしが食べる、きっと最高に美味しいでしょうね。エルフの勇者に挽かせた小麦粉だもの」
はぁ?
小麦粉??
くそっ、やっぱムカつく女だ。
あんな大がかりな装置でやる意味なんてないだろ。
どちらにしろ無意味な行為をさせていたんだ。
殺したい。こいつを。
無意識に剣の柄に手が伸びる。
「ジグ」
「ちっ、そうだな」
エイドの声にハッとした。
もう終わったことだ。
さっさと情報を得て旅立たないと。
「で、ルドラの情報は」
「ギオ将軍、例の砦を教えてあげて」
「御意」
控えていた将軍が前に出る。
「現在、西の山脈にて魔王ルドラの配下なる輩が、遺跡を利用しこれを砦としている。狙いは恐らく我が国への進軍、陛下はただちに排除のご命令を下された」
「進軍だって!? そんな話ペタダウスでは入ってきてないぞ!」
「当然ね。わたくしもルドラなる魔王の存在を知ったのはつい最近なのよ。山脈の遙か向こうではそこそこ有名だったらしいけど、名が届くほどではなかったみたいね。だから完全に油断していたわ」
女王は額に手を当て溜め息を吐く。
そこで僕はひらめきを得た。
その砦を落とせば勇者として箔が付くのでは無いかと。
正直なところ国からもらった旅の資金は心許ない。
ここで活躍して多額の報酬を得ておけば、優雅な旅をすることができるだろう。
「僕がそいつらを片付けてやっ――」
「ジグ殿のご心配には及びません。その砦は漫遊旅団が壊滅させ、すでに我が軍が向かっております」
ま、んゆう、りょだん……ぐぞぉ。またか。
何度も何度も邪魔しやがっで。
怒りの余り泣きそうだ。
「その漫遊旅団には褒美を与えないといけないわね。暗道攻略に砦の排除、なかなか有能じゃない。英雄の称号を与えるべきかしら」
「恐れながら申し上げますと、それはまだ早計かと。確かに彼らは信用のできる者達ですが、我が国の英雄とするにはまだクリアしていない条件がいくつかございます」
「ばっかね、うかうかしてたら他の国に取られるわよ。『寝て好機を逃すは無能の証』って言うでしょ。目の前のどうでもいいことに囚われて、最大のチャンスを逃してちゃあ大損こくわよ」
「陛下、もう少しお慎みを」
ぎりりっ。
あいつらが英雄だと。
ふざけるな。僕のモニカを奪い、邪竜討伐の手柄も奪った大罪人だぞ。
たかがヒューマンのくせに。
「ジグ殿、これから砦へ向かうのですが貴殿もどうでしょうか。囚われていた兵ならルドラについて何か情報を得ているやもしれません」
「……なるほど。ではそうしよう」
絞り出すように返事をした。
◇
山脈にある砦に到着する。
すでにヨーネルンの軍が到着しており、問題も無く僕らは中へと入る。
先を行く将軍のもとへ騎士が次々に合流する。
「閣下、魔族が数名牢に囚われているようです」
「うむ。そちらは引き続き情報を絞り出せ」
「ご報告です。囚われていた兵は二十三名、いずれも大きな負傷は無く心身共に問題ありません」
「それは朗報だな。で、漫遊旅団はどこに」
「ギオ様、至急お伝えしたい報告が!」
「申せ」
「はっ、三鬼将が一人アーケンを打ち倒した漫遊旅団は、我々が到着する数日前にここを発ったとの報告が」
「なんだとっ!」
将軍は騎士の胸ぐらを掴み、憤怒の表情を浮かべる。
だが、すぐに手を放し表情を戻した。
「陛下になんと申し開きをすれば。やはりお言葉は正しかった。いや、陛下すらも彼らの動きを予測できなかったか。まさか褒美を受け取らず去るとは」
「じ、実は、ギオ様へ伝言が残されているようでして」
「今すぐ目を通す。どこだ」
騎士に案内され砦の中央へと出る。
激しい戦いがあったのか、そこには無数の傷が残されていた。
僕らの前に二匹の生き物が現れる。
あれはもしや……眷獣?
「ちゅぴぴ!」
メタリックブルーの鳥から光が放出される。
目の前に漫遊旅団のトールが現れた。
僕はすかさず剣を抜き、トールを斬る。
だがしかし、手応えは無く剣は空を切った。
「何を!? ジグ殿!?」
「ちっ、幻か」
「なんだと?」
『見えているか? これ、ちゃんとギオ将軍に伝わるんだよな? え、もう始まってる? あー、久しぶり、ってほどでもないか。見ての通り魔王の配下は片付けた。捕まっていた兵も元気になっているはずだ。報酬の件だが遠慮させてもらおうかなと思っている。なんというか似たようなことがあって宮殿って苦手なんだよ』
時折、輪郭がぶれる男は恥ずかしそうに頬を指で掻いていた。
どうしようもなく苛立つ。
見ているだけでヘドが出る顔だ。
隣にいるエイドが拳を握りしめ震えていた。
「…………トール」
エイドから放たれる強烈な殺気。
底冷えするような禍々しい気配が剣と鎧から漏れ出ていた。
エイド、貴様一体。
『俺達はこのまま西へ向かう予定だ。魔王についてはどうにかしてやりたいけど、俺にできることなんてたかがしれてるし、あまり期待しないでくれ。それと調査団ってのが会いに来るかもしれないから、追い返さずきちんと話を聞いてやってくれないか。俺の知り合いなんだ』
トールは『よろしく頼む』と言って姿を消した。
「ちゅぴ、ちゅぴぴ」
「しゃあ」
鳥と蛇のような眷獣は西へと飛び去る。
「調査団か、その者達と繋がることができれば漫遊旅団とも今後取引ができる可能性が高いと。魔族の砦を落とす戦闘力、瀕死の兵を回復させる能力、高い伝達能力、是非ともこちらに引き込みたい人材だ。すぐにでも陛下にご報告しなければ」
将軍は騎士を呼び、小声で伝言を頼んだ。
部外者である僕らには聞かせたくない内容らしい。
騎士はワイバーンを呼び寄せ飛び立った。
「さて、貴殿らはこれからどうする」
「ルドラの情報を集めたら西へ行くさ。漫遊よりも早くルドラを討たなければいけないからね」
「そうか、ならば気をつけるといい。山脈より向こうは荒くれ者の多い地、出てくる魔物も強力になる。我らの先祖が大陸中央部より追い出された歴史を忘れるな」
「古いおとぎ話を信じているのか」
「おとぎ話も何も事実だ。ペタダウスではどう伝えているのかは知らんが」
かつてエルフもダークエルフも大陸中央部で暮らしていた。
だが、災厄が起き、生き残った者達はこの果てとも言える地へと逃げ延びたのだ。
災厄がなんなのかはどちらの国でも語られていない。
少なくとも本当の意味での聖地を捨ててでも逃げなければならない、何かが起きたと言うことだけ。
一部では未だ中央部の真の聖地を取り戻すべきだと主張する者もいるが、国民の大部分は現在の形で満足していて、完全に興味を失っている。
沈黙していたセルティーナが発言した。
「魔王討伐はもちろんとして、真の聖地を取り返せたらちょー英雄だよね☆」
「ここから中央部までどれだけかかると思っているんだ。第一、そこまでしなくてもルドラを倒せれば成果としては充分だ」
「それもそうだね☆」
それとなくエイドを観察する。
「……大陸中央部」
「エイドは興味があるのか」
「いや、そこに何があるのかと思ってな」
「古の魔王に化け物じみた奴らが山ほどいると聞く。その代わり強力な遺物もごろごろあるって話だ。僕からすればわざわざ人外魔境に踏み込まなくとも、安泰な人生を送ることができると思うけどね」
「…………強力な遺物ねぇ」
エイドの声色が変わった気がした。
冷静な彼の声に愉悦が混じったような。
「仕事があるのでこれで。見送りたいので出発する前に声をかけてくれ」
「ああ」
将軍は建物の中へと消える。
西か。西にルドラがいるんだな。
漫遊に奪わせはしない。
魔王を倒すのは、勇者であるこの僕だ。
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