139話 兵士達は戦士を見送る


 牢にはダークエルフの兵が捕まっていた。

 そのほとんどが負傷しており動けるような状態では無い。

 俺達は手分けしてハイポーションによる回復を行う。


「ありが、とうございます、助かった……」

「喋らなくていい。表面的な傷は癒えたが、まだダメージは残っている。ちゃんと温かい飯も食わせてやるから寝ていろ」


 ダークエルフの兵士を横にする。


 これで全員か。


 幸い捕まっていた者に死者はいない。

 あとは飯を食わせて体力を回復させれば、あの村まで自力で戻ることができるはずだ。


「主様、ベッドがある部屋を見つけたわよ」

「サンキュウ。カエデ、彼らをそっちに運ぼう」

「はい」


 フラウの案内に従い、兵士を休ませられそうな場所へと移動した。



 ◇



 砦に来て五日が経過。

 温かい寝床と食事にカエデの癒やしの波動のおかげで、兵士達の体力は急速に戻りつつあった。


 中にはすでに全快した者もいて、砦の整備などを手伝ってくれている。


「また雪か」


 外壁の上で見張りを行う俺の頭上に、ふわふわ雪が舞い降りる。

 外套の隙間からひょこっと顔を出したパン太は、不思議そうに雪を見つめていた。


 ここ最近、外套の中にしょっちゅう潜り込んでいるのだ。


 ま、俺も温かいので別に構わないのだが。

 ただ、常に一緒にいたフラウは不機嫌顔だ。


「トール様、コーヒーをお持ちしました」

「様なんて付けなくていいから」

「ご冗談を。命の恩人である貴方を呼び捨てなどできるはずもありません」

「はぁ、分かったよ。好きに呼んでくれ。ああ、サンキュウ」


 コーヒーを受け取り一口含む。

 より白い息が出た。


 部隊の指揮官らしい男は横に座る。


「我々が回復したらここを出て行かれるのですね」

「まぁな、すでに将軍に使いも向けてるしな。早い内に応援が来るだろうさ」

「もう一度だけ考えていただけないでしょうか。貴方なら必ず好待遇で迎え入れられるはずです。もしダメだとしても自分がなんとかいたします」


 また例の件か。

 昨日も彼は「我が国の英雄になっていただけませんか」と話をしていた。


 彼らなりの恩返しのつもりなのだろうが、俺としては少々迷惑な話である。


 前々から言っているが、俺は目立つのは苦手だ。

 英雄や勇者なんて重荷を背負えるような男じゃない。

 何にも縛られず地味に自由に生きたいんだ。


 なので彼の提案は受けることができない。


「返事は昨日言った通りだ。気持ちは嬉しいがその話は受けられない」

「……そうですか。非常に残念です」

「お、戻ってきた」

 

 空にチュピ美の姿が見えた。

 小鳥は俺を見つけて外壁に留まった。


 チュピ美は受け取った言葉をその口で再生した。


『ギオだ。この度は我が国の兵士を救っていただきまことに感謝する。すぐにでも軍の者に迎えに行かせよう。あー、これはちゃんと届くのか? 眷獣とは実に不思議な生き物だ。しかしお前、可愛いな。おっと、いかんいかん。とにかく貴殿の行いに対し陛下が褒美を出すとおっしゃられている。ぜひ宮殿へ来ていただきたい』


 ギオ将軍からの伝言はこれだけのようだ。

 応援を寄越すようにと、チュピ美に伝言を託し将軍のもとへ向かってもらったのだが、その判断は正解だったようだ。


 しかし、地図を見せただけなのにちゃんとギオ将軍へ伝言を届けてくれるとは、チュピ美は俺には勿体ないくらい賢いな。


 頭を撫でれば、チュピ美はフラウのように頭を擦り付けてくる。


 メッセージのスクロールを使っても良かったのだが、数に限りがあるので温存したかった。むしろここでチュピ美の伝言能力を確認できたのは大きい。


「きゅう~」

「ちゅぴ、ちゅぴぴ」


 パン太が悔しそうな表情を浮かべるが、チュピ美はちらりと見ただけで無視する。

 どうやらチュピ美とも相性は悪いらしい。


 俺はチュピ美を刻印に戻し、立ち上がった。


「いかがなされるのですか」

「将軍が迎えを寄越すと言っているようだし、ここには食料も寝床も武器もある。そろそろ旅立っても問題ないだろ」

「やはり、行かれるのですね」

「まぁな。おいおい、そんな顔をするなよ。念の為に頼りになる仲間を置いて行ってやるからさ」


 兵士は深々と頭を下げた。




「どうかお気を付けて」

「お前達もな」


 見送りに来てくれた兵士達が揃って片膝を突く。


「貴方様は我らの危機を救ってくださいました。この御恩、生涯忘れはしないでしょう。いつか必ず恩返しをさせていただきます」

「大げさな、忘れてくれていいよ」


 俺は手をひらひらさせて砦を出発する。


 彼らには一応、チュピ美とロー助を護衛として預けてある。

 あの二匹が一緒なら無事に迎えと合流することができるだろう。


「この先に白狼がいるのですね。無事だといいのですが」

「確かに心配ではある。ルドラの狙いを考えるとなおのことな」

「戦争ですか……」


 生き残った魔族やダークエルフの兵士から詳細を聞いている。


 ルドラの目的は戦力の拡充。


 奴はこの大陸で強大な力を誇っている存在と国家を潰す為、ダークエルフやエルフなどの種族を戦力として取り込みたいそうなのだ。


 精霊王が無力化されたのもその一端らしい。


 で、砦を作ったのはヨーネルンへ攻め込む為だと兵士は推測していた。


「狼部族の集落は見つけにくい場所にあるそうだが、ルドラの手が伸びていないとも限らない」

「そうですね。少々急いだ方がいいかもしれません」


 天獣は強力な種族だと聞く。

 魔族がもし来てもたたき伏せてしまうかもしれない。


 だが、万が一ということもある。


 今も魔族と戦っているかもしれないのだ。


「あーるーじーさまー、あっちに集落を見つけたわよー!」


 空から偵察していたフラウが戻る。

 外套から顔を出したパン太がフラウの元へと飛んで行く。


「案内してくれ」

「了解よ」



 ◇



 道から外れ山脈の奥深いところに入る。

 そこに小さな集落があった。


 古びたレンガの建物が多く、人々は昔から変わらない生活を営んでいるようだった。


 見かける人間は全て狼部族。

 物珍しいのか俺達を観察するようにじっと見る者が多い。


 特に反応が早いのが子供だ。


 幼い彼らは好奇心全開でこちらの後を付いてくる。


「ご主人様、いかがいたしますか?」

「放っておけ。それより白狼について詳しい人間を探さないとな」

「こう言う場合、長に聞くのが手っ取り早いでしょ」

「それもそうだな」


 しかし、その長の居場所が分からん。

 誰かに聞こうにも質問する前に逃げられてしまうのだ。


 よそ者は歓迎しない雰囲気だ。


「にいちゃんどこから来たんだ」

「ん?」


 擦り傷だらけの男の子に声をかけられた。

 顔つきはいかにも生意気な感じで、にやにや笑みを浮かべる。


 背後には似たような子供が大勢いて、黒や茶色の狼の耳や尻尾を有していた。


「白狼に会いたいんだ。詳しい大人を知らないか」

「へぇ、白狼様に会いに来たんだぁ。珍しいよそ者だなぁ」

「知ってるのか?」

「さぁどうだかね。知ってても弱っちいヒューマンには教えねぇよ」


 子供達はゲラゲラ笑う。


「子供と言えどご主人様を――フラウさん?」


 カエデが鉄扇を抜くが、フラウが手で制止した。

 しかも僅かだが身体が明滅している。


 あ、これ、ヤバい奴だ。


 察した俺とカエデは目を閉じる。


「フェアリィィイイフラッシュ!!」

「ぎゃぁぁああああ!!」


 ピカッと光り、子供達は目を押さえて転げ回る。


 手加減したのか明るさは俺が受けた時より弱かった。

 それでも麻痺する位の光量はあったが。


「フラウの主様を馬鹿にした罰よ! この方は偉大なる御方なの、本来なら頭が高いんだから! 分かったら敬意を持ちなさいガキンチョども!」

「うるせぇ虫人間が! くっそ、みえねぇ」


 妙な気配を感じて俺は周囲に目を向ける。


 大人達が殺気立っていた。

 小さくうなり声を上げ、完全に囲まれている。


 子供への攻撃と見なされたようだ。


「がうっ!」


 素早く距離を詰めた男は鋭い爪を振るう。

 俺はギリギリで躱し、ほぼ同時に足で払い転がす。


「よくも仲間を!」

「生きてここから出すな!」

「殺せ、殺せ!」


 それを皮切りに住人が一斉に飛びかかる。


 できれば怪我をさせたくない。

 心証を悪くしては得られる情報も得られなくなる。


 俺とカエデとフラウは攻撃を躱し、ひたすらに彼らが疲れて手を止めるのを待った。


「止めよ!」


 どこからか声が発せられ、住人は動きを止める。


 高い位置に精悍な青年がいた。

 彼は飛び降りると手を振って住人を下がらせる。


「外の者達のようだな。何用でここへ参った」

「ここに白狼がいると聞いて来たんだが」

「我らが神に会いたいと?」


 白狼と聞いた瞬間、青年の目が鋭くなる。

 空気はぴりつき殺気が漏れ出ていた。


「この御方はいだ――」

「待て」


 カエデが正体を明かそうとしたので止める。


 白狼を崇めているからと言って、必ずしも龍人を歓迎してくれるとは限らない。

 ここは変に刺激するより、様子を見るべきだ。


「そちらの目的はともかく、我が同胞を傷つける行為は見過ごせないな」

「誤解だ。俺達は誰も怪我をさせてない」

「……オビ。説明を」

「はっ」


 建物の陰から狼の仮面を付けた男性が現れる。

 あまりの気配のなさに俺は驚く。


「一部始終を見ておりましたが、この者達の行動に敵意は感じられませんでした。事の発端となった行為も単なる目くらましのようでしたので」

「なるほど、村の者が勘違いをしてしまったと」

「さらに申し上げれば、彼らは相当な実力者であると見受けられます。村の大人十数人を相手に負傷者を出さぬ配慮はなかなかもの」

「事情は分かった。下がれ」


 オビと呼ばれた者は音もなく姿を消す。


「付いて参れ」


 青年は村の奥へと案内した。




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