138話 戦士は砦の門をぶち破る


 山脈に入り数日。

 辺りは雪で白く染められくるぶしまで足が沈む。


 吐く息も白く、吸い込む空気はあまりにも冷たい。


「主様ー、どこー」

「こっちだ」

「あ、いたいた。あそこよ白パン」

「きゅう!」


 偵察に行っていたフラウとパン太が戻ってくる。

 すっかり山の気温に慣れたようで、フラウは薄着でも平気な顔をしていた。


 フェアリーの体温の高さが羨ましい。


 まぁ、それでも動きを止めると寒さを感じるらしく、時々だが俺のマフラーの中に潜り込んで温まっている。

 俺からすれば迷惑極まりない話だが。


「温かいコーヒーを淹れますので少しお休みください」

「悪いな」


 カエデは荷物からケトルを取り出し水を沸かす。

 俺は倒木に腰を下ろし報告を聞いた。


「で、砦はどうだった」

「魔族らしき兵士が五十人くらいいたわ。牢屋ではダークエルフが二十人ほど捕まっていて、拷問を受けたのか弱り切っているのを確認済み。それから指揮官らしきゴツいのを見かけたわ」

「砦自体はどんな感じだ」

「遺跡を利用しているみたいね。相当に古い建築物みたいで所々補修してあったわ」


 なるほど遺跡か。

 一から築いたわけではなく、元からあったものを利用して砦としていると。


「回り道するにしても相当に時間がかかりそうね。砦を突っ切る方がかなり早いわ。あとワイバーンに乗ってる魔族も見たから、空からの移動は厳しいと思う」

「どうぞコーヒーです」

「ありがとう」


 カエデからコーヒーを受け取り口を付ける。


 回り道は時間がかかりすぎる。空もダメ。

 砦を叩くしかないか。


 エロフに従うようで癪だが、ここは魔王ルドラとことを構えるつもりで先を進むしか無いか。


 それに捕まっているダークエルフも気にかかる。


 恐らく彼らは、魔族を山脈から排除する目的で送り出されたヨーネルンの兵。

 吟遊詩人も軍が動いていると言っていたので間違いないだろう。


 カエデとフラウを見る。


「ご主人様の仰せのままに」

「なんだってやるわよ。フラウは主様の奴隷だもの」


 決まりだな。



 ◇



 俺達は砦へ向かってまっすぐ進む。


 見張りの魔族がいち早く気づき弓を構えた。


「ここは魔王ルドラ様が塞いでいる。何人たりとも通すなとのご命令だ。死にたくなければ去るのだな」

「死ぬつもりはない。引き返すつもりもない」

「馬鹿なヒューマンめ、俺達に勝てると勘違いしてやがる! ぶっ殺してしまえ!」


 十以上の矢が一斉に放たれる。


 しかし、カエデが間に入り、二つの鉄扇で舞うようにたたき落とした。

 白い髪と尻尾が流れ、彼女の美しい舞いは続く。


「なんだあのビースト! おい、魔法使いどもを呼べ、絶対に砦の中に入らせるな! 俺達がアーケン様にぶっ殺されちまう!!」


 外壁の上に魔法使いが並ぶ。

 彼らは呪文を唱え氷魔法を行使した。


 砦から猛烈な冷気の風が押し寄せる。


「そのような冷気で私を倒せると? 笑止、やはりご主人様が相手なさるほどの敵ではありませんでしたね。氷結葬火」


 青い炎が敵の魔法を真っ二つに引き裂き、魔法使い達のいる外壁を直撃。

 外壁は瞬時に凍り付き、無数の氷の彫像が出現した。


 氷のように冷たい眼差しをしていたカエデは、こちらへくるりと振り返り、いつもの微笑みを浮かべる。


「邪魔な者達は排除いたしました」

「ありがとう」

「ふぇ~、相変わらずカエデの魔法は容赦ないわね~」

「きゅう」


 マフラーの隙間からフラウがひょこと顔を出し、外套からもパン太が顔を覗かせる。


 丁寧にお辞儀をするカエデだが、尻尾は盛んに揺れており、見るからに褒めてもらいたいオーラが出ていた。

頭を撫でてやれば、狐耳がへにゃと垂れて歓喜に満ちた顔を上げた。


「よしよし」

「ごしゅじんさま~」


 抱きついて胸の中でスリスリする。

 白く長いまつ毛が揺れ、雪のせいなのか唇はいつも以上にピンクに見える。


 さて、突入するか。




「ふん」


 べぎゃ、どがっ。

 俺は大きな金属の門をひと殴りで弾き飛ばす。


 扉が無くなった入り口から俺達は堂々と侵入する。


「侵入者め! アーケン様のもとには行かせん!」


 待ち伏せていた複数の敵が槍で突く。

 彼らは矛先が当たった瞬間に表情を一変させた。


「堅い!? 貫けないだと!?」

「はっ!!」


 腹筋に力を入れただけで、矛先が砕け散る。


 魔族の兵は悲鳴をあげて逃げ出した。


「ロー助」

「しゃ」


 刻印からロー助が飛び出し、魔族を一掃する。

 さらにチュピ美とクラたんも呼び出し、フラウと共にダークエルフ救出へと向かわせた。


 俺とカエデは砦の中央部へと出る。


 開けた場所には武装をした大男がいた。


「我が名はアーケン、魔王ルドラ様に仕える三鬼将が一人」

「俺は漫遊旅団のトールだ」

「漫遊旅団……知らぬな。まさかとは思うが勇者ではあるまい」


 アーケンは二メートルはあろう鉄棍を構える。

 数多の血を吸ったと思われるそれは、先が赤黒く威圧感のある空気を放っていた。


 俺は背中の大剣を抜き、カエデとロー助を下がらせる。


「ただの戦士だ」

「ほう、戦士とな。重戦士でもなく獣戦士でもなく狂戦士でもない、ただの戦士がこの砦にやってきたと。冗談も休み休み言え。本当のジョブはなんだ」

「嘘は言ってないんだけどな……」

「ならばレベルか。500は超えていると見えるが、否、気配から察するに1000は超えるか。ならば相手に不足なし」


 アーケンの漂わせる空気が鋭さを増し、殺気となって俺を襲う。


 こいつ、ビオーネのじいさん――ムゲン並の威圧感だ。

 レベルは分からんが、技術では確実に強い。


 じいさんならともかく俺では隙は見つけられないな。


 超えてきた場数も相当ってことか。


「カエデ、こいつのレベルは?」

「1217です」

「鑑定持ちのビーストか。つまらぬことをしてくれる」


 レベル1217かぁ、武具の強化なしでその数値はやばい。

 こっちの魔王は間違いなくリサより強いんだろうな。


 そう言えば普通の武器、だよな?


 魔剣とかないのか?


 考えてみればこっちに来て聖武具関連も聞かないな。

 当たり前すぎて話題にしないだけかと思ってたけど、もしかしてこっちにはないのか?


 いやぁ、まさかな。


「だぁっ!」

「でりゃ!!」


 俺とアーケンは衝突する。

 激しい金属音が木霊し、足下の雪が衝撃波で吹き飛ぶ。


 互いに押すようにして距離をとり、足が床に触れると同時に再び武器を交差させた。


「大炎舞!」

「!?」


 炎を纏った鉄棍が顔のすれすれを通過する。

 奴は勢いを利用してさらに強力な連撃を繰り出し俺を押し込む。


 まさか魔法剣士だったのか!?


「我がジョブは踊り子。魔力を込めた舞いによって攻撃は数倍の威力を発揮する。そらそらそら、踊れば踊るほど速度も威力も上がっていくぞ!」


 踊り子、そんなジョブは聞いたことがない。

 もしかするとこちらにしかない特殊なやつなのか。


 加速する炎の鉄棍。完全に向こうのペースだ。


 まともにやりあっても不利になるだけ。

 どうにか隙を作らせないと。


 アーケンが一際大きく鉄棍を振り上げる。


 ――ここだ!


 おりゃぁ!!


 俺は頭を振りかぶって鉄棍をで受け止める。

 次の瞬間、鉄棍は砕け散った。


「なっ!? 我が武器が!?」

「あばよ」


 大剣を頭から股下まで一気に切り下ろす。


 ずるり。


 アーケンの身体は真っ二つとなった。


 ふぅ、頭突きによる武器破壊は使えるな。

 上のレベルだからこそできる奇手ってところか。


「素敵でしたご主人様!」

「そうか」

「はい! やっぱりご主人様ご主人様ですね!」

「その主様ならなんでもオッケーって性格どうにかしなさいよ。どう見てもあの勝ち方は異常でしょ。連れて来た奴らがドン引きしてるじゃない」


 いつの間にかフラウが合流していた。

 その後ろには数人のダークエルフの兵士がいて、全員の顔が恐怖で青ざめている。


 大剣を鞘に収め駆け寄る。


「助けに来た。全員無事か」

「あ、ああ、ありがとう……そうだ、あんた回復薬とか持ってないか! まだ動けない仲間が沢山いて!」

「分かった。そこまで案内してくれ」


 兵士に肩を貸してやり、俺達は牢屋へと向かう。

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