137話 マフラーをもらった戦士
俺達は現在、暗道を通り都へと向かっている。
同行者はウルティナとギオ将軍。
二人とも都に用があるらしく、旅立つ直前まで同行すると言ってくれたのだ。
「ウルティナよ、本当にいいのか。暗道の踏破は大きな手柄だぞ」
「構いませン。漫遊旅団がいなければ、依頼を達成することはできなかったでしょうかラ。陛下へのご報告は彼らの名でお願いいたしまス」
「そこまで言うのならばそうしよう。しかし、漫遊旅団とはどこかで聞いた名だな。かなり最近耳にしたと思うのだが」
ランプを持って先頭を進む将軍は、顎をぽりぽり掻きつつ考え事をしているようだった。
「きゅう~!」
「ようやく外ね!」
暗道を抜けたフラウとパン太が、勢いよく飛んで行く。
遅れて俺達も暗道を出た。
ランプの明かりを消した将軍は、こちらへと身体を向ける。
「わたしは報告があるのでこれにて。例の約束も戻り次第進めるとしよう」
将軍と握手を交わし、彼はマントを翻して都へと向かう。
例の約束というのは仲間の捜索の件だ。
高出力ランプをタダで譲る代わりに、未だ行方不明の仲間を探してもらえることになったのだ。
ここでギオ将軍と知り合えたのは運が良かった。
「あんたらとの仕事楽しかったヨ。元気でネ」
「ああ、ウルティナも」
ウルティナとも握手を交わす。
彼女は本当に頼りになる案内役だった。
できれば正式な仲間として付いてきてもらいたかったが、ソロが気に入っていると断られてしまった。
「さようなら」
「げんきでねー!」
「きゅう」
ウルティナと別れ、俺達は西へと進む。
◇
俺達は国境の近くにある村へと訪れる。
先には遙か高い山脈が隔てており、あの山々を越えなければ西へ行くことはできないそうだ。
「どこにも家がありませんね」
「ねぇ、もしかしてあれが村じゃない」
「きゅう」
「まじかよ」
見上げた大木の上には明かりの灯る家々があった。
家から家には吊り橋が架かっていて、落ちないのだろうかとハラハラするような高い位置を住人が平然と歩いている姿を見かける。
「昔ながらの暮らしを送っている村だとは聞いていたが、木の上で生活なんて面白いな」
「なんだかこぢんまりとしていて可愛らしいですね。それに星のようにキラキラしていて素敵です」
俺達は足を止め、ダークエルフの集落に見入る。
「あるじさまー、はやくー」
「きゅ~」
おっと先に行ったフラウが呼んでいる。
みしみし踏み鳴る木製の階段を上り、狭い通路を住人とすれ違い、蔓で作られた吊り橋を通り過ぎ、ようやく広場のような場所へと至った。
「下から見るよりも広いんだな。店もけっこうあってさ」
「キラキラしてるあれはなんでしょうか。下からだと蝋燭の火のようにも見えましたが、よく見ると違いますね」
「ほんと、丸い葉っぱの塊が光ってるわ」
「きゅう」
俺は通りかかった住人らしきダークエルフの男性に光の正体を尋ねる。
「ありゃモリホシヤドリギだ。昼間に光を集めて夜になるとああやって発光するんだよ。この辺りにしかない植物で、唯一と言っていい観光資源さ」
モリホシヤドリギ、変わった植物があるんだな。
大木の枝にくっついている丸い塊が、ぼんやりとオレンジ色に光っている。
自然の作りだした装飾は見ていると時間を忘れそうになる。
「あんたらここは初めてみたいだな。酒場へ行くつもりなら案内してやるよ」
男性はこれから酒場へ行くらしく、気を利かせて誘ってくれる。
「お酒なんていいわね! 旅の疲れを癒やせるわ!」
「きゅう、きゅう」
「前回? なにそれ、なにかあったっけ?」
パン太は二日酔いの件を訴えているようだが、フラウは小首を傾げる。
しらばっくれているわけではなく本気で思い出せないようだった。
綺麗さっぱり忘れてしまったらしい。
反対にカエデは苦笑いをしながら飲酒を断る。
「私は、今回はお水だけで……しばらくお酒は遠慮したいかなと」
「それがいい。俺も一杯だけにしておくよ」
酒場なら情報収集にうってつけだ。
ここで白狼と行方不明のメンバーについて聞き込みしておきたい。
酒場のドアを開ければ美しい音色が聞こえた。
「吟遊詩人が来てんだよ」
「へぇ」
男性とは入り口で別れる。
俺は席に着きながらそれとなく視線を巡らせた。
店の隅で吟遊詩人らしきビースト族が、弦楽器を弾いているのが目に入る。
あの耳と尻尾、狼部族だろう。
彼は視線に気が付き手を止める。
「何か?」
「いや、探している部族によく似ていたからつい見てしまった」
「狼部族なんて、それほど珍しいものでもないだろう」
「違うんだ。俺が探しているのは白狼って部族で――」
演奏を再開しようとして、ぴたりと手を止めた。
「白狼を探している?」
「正確にはビースト族じゃないんだが」
「……目的を聞いても」
「母親の故郷を探している。彼らなら知っていると精霊王のエロフが」
「精霊王、ずいぶんな大物が出てきたな」
彼は俺のすぐ隣の席に座る。
それからテーブルをとんとんと指で叩いた。
酒を出せ、と言いたいようだ。
店員が彼の前に酒を置いた。
「情報を売ってやる。何が聞きたい」
「まずは白狼について」
「ふむ、ここから西へ進むと山脈がある。そのなかほどに狼部族の小さな集落があるんだが、そこでは白狼の部族を神として祀る風習がある。ただ、その白狼に直接会えるのは限られた者だけだそうだ」
金貨を一枚差し出す。
受け取った彼は口角を僅かに上げた。
「ネイ、ソアラ、アリューシャ、リン、ピオーネ、マリアンヌ、この中で聞き覚えのある名前は?」
「ないな」
俺は落胆する。
各地を旅する彼なら知っていると思ったのだが。
引き続き地道に捜索を行うしかないか。
「その集落へ行ってみるよ。情報ありがとう」
「待ちたまえ、どうやって向かうつもりだ」
「そりゃあ、徒歩で?」
「集落へ行くのは現状では難しいだろうな。魔族が砦で道を完全に塞いでいるんだ。一応、軍が排除しようと動いているそうだが、どうも状況は芳しくないらしい」
砦、だと。
しかも魔族。
「もしかしてもしかすると魔王ルドラの?」
「そこまでは知らん。だが、おかげで二週間以上足止めを食っている。あの山々は非常に寒くてな、できれば遠回りをしたくなかったんだが、この際贅沢は言っていられないようだ」
彼は「君達が片付けてくれてもいいぞ」と冗談を言った。
◇
翌日の早朝、俺達は村を出発した。
向かうのは白狼がいると言う山脈である。
寒さ対策としていつもより着込んで来たのだが……。
「さぶぅうううう!!」
「きゅう?」
山を登り始めて数時間。
あまりの寒さにフラウはパン太の上でぶるぶる震える。
まだ上り始めだと言うのに、すでに針で突き刺すような寒さだ。
地図のスクロールで確認するが、山脈は深く横断するだけでもかなりの時間を要しそうだった。
しかも山頂の方は雪が降り積もっているようで、さらに寒いことが予想される。
ふわりと首に何かが巻かれた。
「どうぞご主人様」
「もしかして作っていたマフラーか?」
「はい。まだ上手にはできませんが、少しでもご主人様に温かくなっていただけるようにとお作りいたしました」
初めて作ったからなのかかなり長めのマフラーだった。
上手いかどうかなんてどうでもいい、その気遣いが言い表せないくらい嬉しい。
「いいなぁ、フラウもマフラー欲しい」
「ちゃんとありますよ」
カエデはフラウの首にもマフラーを巻く。
「あったかーい、ありがとカエデ!」
「ふふっ、喜んでいただけて私も嬉しいです」
にこやかに微笑むカエデだが、自分のマフラーは用意していなかったようだ。
そこでふと、ある物のことを思い出した。
「そう言えば寒さ耐性の付いた外套とかあったな」
「アイナークで見つけた遺物ですね」
荷物からフード付きの外套を取り出し、カエデに着せてやった。
それからマフラーを軽く解き、彼女の首に巻いてやる。
長いので二人でも十分に巻くことができる。
「私のことは構いません! ご主人様が温かくなっていただければ!」
「いいから遠慮するな」
「あうっ」
軽くデコピンする。
それから手を握ってやった。
離れすぎるとマフラーがほどけてしまうからな。
「ご主人様の手、温かい……」
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