135話 乙女達の受難その2
ガッキン、ガッキン、ガッキン。
ボクは今日も汗水たらして働く。
手に持つのはツルハシ一本。
顔に付いた土汚れにはもう慣れた。
隣で働くソアラさんも気にした様子はない。
ここはルドラ城建設現場。
円形の高い壁に囲まれた場所で、大勢の女性作業員がボク達同様に岩を砕き続けている。
ふぅ、疲れた。
水でも飲もっと。
「一人だけずるいですよ。少し寄越しなさい」
「これはボクのだよ。ソアラさんも今日の水はもらったじゃないか」
「ふん、そんなものはすでに飲み干しました。いいから寄越しなさい、そうすれば神のご加護がありますよ」
「聖職者を盾にボクから物を奪うのはやめてよ」
「人聞きの悪い。まるで私が人でなしのように聞こえるではありませんか」
「聞こえなくても人でなしだよ。もう、ほんとにちょっとだけだからね」
水筒をソアラさんに渡す。
ごくごくごくっ、と三口ほど飲まれてしまった。
「ぷはぁっ、貴方には神のご加護がありますよ」
返された水筒はやけに軽い。
ひどい、思ったよりも飲まれてしまった。
次の水の配給は夜なのに。
ソアラさんとボクがこの地に飛ばされたのは一週間ほど前。
森の中に沈んでいた遺跡の魔法陣へと転移した。
その後、魔法陣は機能を停止させ、ボクらは帰るすべを完全に無くしてしまう。
どうにか人のいる場所を探すべく、ソアラさんの示す方向へ森を進んだのだが、運悪く魔王ルドラの配下に捕まり現在に至る。
どうやらここは異大陸のようだ。
集めた情報から、ボクらはそう判断した。
「はぁ、いつまでこんな生活続くのかな」
「トール達がくれば、あんな奴らコテンパンです」
「でも居場所を教える手段がないじゃないか。だいたいここはトールがいる異大陸なのかな。複数ないとは限らないよね」
「もっともな疑問ですね。ですが神が私に教えてくださっています。この大地に我らが救いの主はいると。きたれりトール」
「はいはい、ソアラさんサボるとまた班長に怒られるよ」
作業を再開し、ツルハシを振り上げる。
ソアラさんは油断も隙も無い人だ。
本当に聖職者なのかも正直疑っている。
そりゃあトールが迎えに来てくれたらボクも嬉しいけど、夢ばかり見ていても現実は変わらない。
とりあえずここで働いていれば、食事も寝床も着るものも手に入るんだ。
生きて行く為にも頑張らないといけない。
「ピオーネは魔族のくせに真面目ですね」
「ソアラさんはヒューマンのくせに不真面目だよね」
「なんですって!」
「ふわへほっ!」
ソアラさんにはすでに正体を知られている。
ボクが以前、カエデさんの指輪をすぽっと抜いたように、ソアラさんに偽装の指輪を抜かれてしまったのだ。
彼女も最初こそ動揺していたが、五秒くらいでいつも通りになってしまった。
今では売り言葉に買い言葉を投げ合い、両手で頬をつねられている。
この人の方がよっぽど凶暴な魔族だ。
むしろもっとタチが悪いかもしれない。
頬から手が放され、ボクは両手でさする。
いたぁ、絶対に爪を立ててるよね、ボクの方がレベルは上なのにめちゃくちゃ痛いんだけど。
「こら、作業サボるな!」
「あらあら、班長さん。私にそんな口利いていいのかしら」
「ぐぬぬ」
班長が注意をするが、ソアラさんはニヤニヤしながら反抗的な態度をとった。
そして、班長は見ないフリをして背を向ける。
「あの班長が、なにをしたの」
「これですよ」
彼女は胸元から紙束を取り出す。
ここで流通しているお金だ。
すごい、ここへ来て千ルドラしか渡されなかったはずなのに、ソアラさんはどうやったのか三十万ルドラも持っている。
「賭けをして、あの女から全ての有り金をむしり取ったのです」
「もしかして態度を変えたのは」
「機嫌を損ねると、賭けに出てこなくなると思ったのでしょうね。あーやだやだ、神の御心を知らぬものときたら。金に執着してなんと哀れか」
「賭博に参加しておいてよく言えたね」
「このお金で頬をはたかれたいですか? ん?」
小さな声で謝る。
あの、その、ソアラさんのお金でちょっぴり贅沢なものを食べたいです。
◇
この建設現場では、売店が存在する。
そこで売られているのは配給では手に入らない、酒、肉、甘味、本など。
「おまち」
「うわぁぁぁあ! ソアラさんみてよこの泡!」
「これぞ待ちわびた黄金!」
ジョッキに注がれたビール。
取っ手を持つと分かる冷え具合。
ボクとソアラさんは、喉をゴクリと鳴らし、ぐいっと一気にビールを流し込んだ。
くふぅうう、美味しい!
働いた後のビールは体にしみるよ!
「はいよ、串鳥だ」
目の前にほんの少し焦げ目が付いた串鳥が二本置かれた。
「ピオーネ、欲望とはきちんと開放してあげないといけないのですよ」
「そ、そうなの?」
「ええ、ここぞと言う時に贅沢をする。小さな喜びで自分を満足させようとしても、結局足りなくなって、むしろ前よりも気持ちが大きくなってしまう」
「なるほど……」
ビールを一口飲んでから、串鳥に手を伸ばす。
甘いタレがかかっていて見るからに食欲をそそる。
食べると最高に美味しい。これが欲望の解放、ボクはいま贅沢している。
「こんなところにいたのかい」
売店に班長がやってきた。
その後ろには二人の取り巻きの顔が。
ニヤリとしたソアラさんは立ち上がった。
「どうやら今夜もむしり取られたいようですね」
「てめぇ、調子にのるのも今だけだ。おいお前ら、きっちり負けた分取り返すよ」
「「うっす!」」
ぐびっ。ビール美味しい。
この串鳥もっと沢山食べたいなぁ。
売店のテーブルを借りて、ソアラさん達は賭博を始める。
詳しいことはさっぱりだけど、配られたカードの合計点で二十一にもっとも近かった人が勝ちらしい。
最初はソアラさんが立て続けに負けた。
そこそこ稼いだ班長はご機嫌。
だが、中盤から形勢が逆転してゆく。
終盤ではソアラさんの勝ちが続き、三人の顔はみるみる青ざめていった。
「最後の一枚はなんでしょうね」
「まさか、いや違う、でもそんな」
「はい。二十一です」
「うわぁぁあああああああああっ!!」
班長の負け越しが確定した。
所持金が八十万に膨らんだソアラさんは、札束を目の前に高笑いしている。
ボクが知らないだけで、聖職者って皆ああなのだろうか。
「ちくしょう、また負けた! 途中まで勝ってたのに!」
「私には神のご加護がありますからね。負け犬はさっさと尻尾を巻いてお逃げなさい。それとも最後の砦も賭けますか」
「う、うう、うわぁぁぁあ、おぼえてろ」
班長達は泣きながら逃げ出す。
隣の席に戻ってきたソアラさんは、追加のビールを注文した。
「最後の砦ってなに?」
「自分自身ですよ。ここで払えるものと言えば、お金か身体しかありませんからね。疑似的な奴隷としてこき使われるそうですよ」
「自己の所有権を奪われるってことか」
「奴隷商を通さないので口約束みたいなものですが、逃げ場の無い場所では主従契約なんてあってもなくても変わらないのでしょう」
こわいなぁ。
早く逃げ出したいよ。
一応、ソアラさんと準備をしながらチャンスを窺っているけど、警備の眼がきつくて上手くことが進まない。
はぁぁトールに会いたいなぁ。
今頃どうしてるんだろ。
ボクのこととか思い出してくれてるかな。
寂しいよ。
「暗い顔は貴方に似合いませんよ。ほら、もう一杯」
「ありがとうソアラさん。時々優しいよね」
「一言多いですね、あなたは」
「ふひはへん」
むにゅうと両頬を引っ張られた。
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