134話 エルフ勇者の憂鬱その3
僕らは女王陛下の前で跪く。
「精霊王様から諸々の事情をお聞きすることができました。これより『
陛下の言葉に僕は僅かに口角が上がった。
エイドの言った通り、邪竜の背後には真の敵がいた。
しかも魔王だ。
古来より魔王退治は勇者にしかできない役割、そして、成し遂げた者は例外なく後世まで名が残る。
歴史に興味はないが、知名度がさらに上がりちやほやされるのは欲するところ。
盤石な地位を築き、最高にハッピーな余生を送れる可能性が高まる。
邪竜討伐が叶わなかった僕には大チャンスだ。
女王からの評価も、これで回復するだろう。モニカだって己の選択を悔いて僕のもとへ戻ってくるはずだ。くふふ。
そもそも漫遊旅団が邪竜を倒したのは、なにかの間違いだったのだ。
魔王を倒すことで全ての狂いは正されて、あるべき姿へと戻る。
「魔王討伐の旅に出るにあたり、伝えておくことがあります。ジグ、貴方には我が国の勇者としての顔があります。周辺諸国で発生している問題を率先して解決しなさい」
「目的は外交を有利に進めることですね」
「ビースト共とドワーフ共には必ず恩を売っておくのですよ。程度の低い野蛮な連中ですが、あれらの寄越す品々は魅力的ですからね」
野蛮人共のご機嫌取りを僕にさせるのか。
この高貴な僕に。
……まぁいい、それも勇者の役目というなら従ってやるさ。
「今度こそ貴方が偉業を打ち立てるのです。誰かに先を越されるようなことがあれば、その時は……公私共々見放されると覚悟しておきなさい」
「はっ、重々承知しております」
脅しているつもりか。ババア。
僕がいないと生きていけない身体のくせに。
どちらが上か、あとでたっぷり教えてやる。
◇
ベッドが激しく揺れる。
「ジグ! 許して!」
「黙れ、謁見の間でよくもあんなことを言ったな!」
「ひぎっ!」
何度も赤く腫れ上がるほど女王を叩く。
こいつは僕の豚だ。
嗜虐心を駆り立てる雌豚。
偉そうに玉座にふんぞり返ってあれこれ命令するが、裏では僕に跪いて床に額をこすりつける下僕。
腰には主従契約だってある。
こいつはババアだが、好きなところが一つだけある。
どうしようもなく僕に入れ込んでいて、何をしても喜ぶところだ。
ちなみにこいつには意識誘導は使っていない。
なんせ向こうからこの関係を持ちかけてきたんだから。
そう言えばこの前、こいつの旦那と廊下ですれ違ったが、今にも刃物を持って飛びかかりそうな表情をしてたっけ。
僕が現れてからとんと寝所への誘いがなくなったそうだしね。
ごめん、あんたの奥さん僕がいただいてるよ。
あははははっ、負け犬を見るのって最高だよな。
「ジグ、漫遊旅団を始末なさい」
「そのつもりだが、理由を聞いても?」
「精霊王様があのヒューマンのことばかりお話になるのよ。まるで親しい友人のような表情で。これがどれほど危ういことか、貴方なら理解できるでしょ」
精霊王様は言うなれば我が国の神だ。
精霊王が「この人を王様にします」などと言い出せば、この国は瞬時にその方向へと動くだろう。
法で精霊王に縛りをつけていたとしてもだ。
女王の危惧するところは、精霊王ではなく人心だ。
しかしながら、長い歴史で精霊王が政治に口を挟んだことは一度もない。
彼女の考えすぎではないだろうか。
だいたい精霊王が、まぐれで邪竜を倒したヒューマンに入れ込むはずがない。
きっとなにかの間違いだろう。
ましてやモニカを奪ったあの男になど。
「もし魔王を倒し漫遊を殺したら、僕の子を産むと約束しろ」
「もちろんするわ。あんな優しいだけが取り柄の愚図な夫より、貴方との子を産みたいもの」
「可愛いな君は」
「あ……」
僕は女王を抱き寄せてキスをする。
◇
都を出発した僕はダークエルフが治めるヨーネルンへと到着する。
魔王に関しての情報は皆無に等しい、まずは隣国で情報収集をしなければならない。
加えて勇者として評判を高める必要もあるだろう。
有名になれば情報収集もやりやすくなる。
眷獣シルクビアは国境を越え、隣国へと入った。
これから向かうのはヨーネルンの都だ。
ダークエルフの女王には、一度だけ会ったことがある。
そこで名を売れそうな仕事を手に入れるとする。
「うぇ、ジグから女王の臭いがする。またあのおばさんと寝たの☆」
「どうだっていいだろ。文句があるなら今すぐ降りろ」
「地上まで何百メートルあると思ってるのよ☆ ほら、エイドもなんとか言ってよ☆」
「……あまりセルティーナをいじめてやるな」
「さすが! エイドはいつもミーの味方だよね☆」
腕を組んで遠くを見つめるエイド。
奴の剣は柄も鞘も隙間なく包帯に巻かれている。
まるで剣を誰にも見られたくないかのように。
「前々から気になっていたんだが、どうして剣に包帯を巻いているんだ」
「……単なる趣味だ。この方がカッコいいだろ?」
「ぶふっ、エイドもそんなこと考えるんだ☆ 可愛い☆」
「へー、趣味ね」
それにしてはずいぶんな念の入れようだ。
包帯を解いた剣を僕らは一度も見たことがない。
「……スキル破りの件だが」
「それは前にも断っただろう」
「…………そうだったな。すまない」
彼は申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
都に到着し、僕らは女王に謁見をすることとなった。
「久しいわね。勇者ジグ」
「陛下もご壮健であらせられなによりです」
「挨拶はいいわ。何しにここへ来たの」
ダークエルフの女王は、玉座――と呼ぶには大きすぎるほぼソファのような椅子に、だるそうに寝転がって応対する。
猫の刺繍がされたハート型のクッションが、あまりにも場違いでシュールな空気を生んでいた。
「魔王ルドラの情報をお持ちではないでしょうか」
「ルドラ……ね。情報提供しても良いけどタダではできないわよ」
ちっ、やっぱりそうきたか。
ダークエルフの女王はなにかと条件を付けるのが好きだ。
いや、人を試して遊ぶのが好きなのだ。
「どのような条件でしょうか」
「暗道の調査をしなさい。あそこは未だ未確認の遺跡、内部構造おろかどこに繋がっているのかさえ把握できていない。最低でもこことスフロの街の行き来が可能なのか、調べてきて」
暗道だと。ふざけるな。
あそこがなぜ未探索のままなのか僕が知らないとでも思っているのか。
くそっ、やるしかないか。
そこへマントをはためかせながら鎧姿の男性が入室した。
確かこいつは将軍だったか。
なぜこのタイミングでやってきた。
彼は跪き報告する。
「陛下、急ぎの報告がございます」
「いいなさい」
「はっ、漫遊旅団なる冒険者が暗道の探索調査を終えました」
「それはまことか! して、どうだった!」
「予想通り最短でのスフロへの行き来が可能かと」
「でかした! これでいつでもあっちに遊びに行けるわね!」
「どうかお慎みを、ここには部外者もおりますゆえ」
僕は漫遊の名を聞いた瞬間に、猛烈な怒りがこみ上げた。
また邪魔するのか。
一度ならず二度、三度と。
なんなんだあいつらは。僕に恨みでもあるのか。
はっ、不味い。このままだとなにも情報が得られない。
新しい条件を提示してもらわなければ。
声を発する前に陛下が先に発言する。
「そうなると貴方には、別のお願い事をしてもらわないといけないわね。一応聞くけどまだルドラの情報は欲しいかしら」
「無論です」
「そ、だったら素敵な条件を用意してあげないとね」
陛下は鋭く口角を上げた。
「いつまで続くんだ……」
「まだやるのこれ☆」
「…………」
三人でひたすら回転する棒を押す。
なにかの装置だと思うが、詳細は伏せられていていつまで続けるのかも不明だ。
時々陛下がやってきて、ニヤニヤしながら僕らを眺める。
彼女は頑張ってと言い残しすぐに去ってしまう。
この作業は何の意味があるんだ。
誰か教えてくれ。
僕はひたすらに棒を押し続けた。
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