133話 戦士は姫君とデートする
遺物の陰にいたのは、やつれたルーナだった。
「……ルーナ?」
「トール……君?」
みるみる目に涙を溜め、彼女は俺に飛びついた。
どうしてここにルーナが。
ルーナは泣いてばかりで説明してくれる雰囲気ではない。
「転移魔法陣ですね。ルーナさんはこれを踏んで、飛ばされてきたのかもしれません」
「切り立った岩山の上にルーナが昇ったってこと?」
「例の転移魔法陣はまだ機能していません。私達の知らない新たな転移魔法陣が発見された。そう考えるのが妥当かと」
未発見だった転移魔法陣を踏んでしまったのか。
魔法陣はルーナを運んだ後、魔力が切れて機能を停止した。
運が悪かったと言うほかないだろう。
しかし、彼女はどれだけここにいたのか。
床には空き瓶が数十本転がっている。
遺物で辛うじて水分を補給していたようだ。
状況が飲み込めないウルティナは、腕を組んで眉間に皺を寄せていた。
「そろそろ説明してもらえるカ。なにがなんだかさっぱりなんだガ……」
「後で必ずするよ。まずはルーナだ」
ルーナを背負って地上へと帰還する。
◇
「あぐっ、はぐっ、んぐぐっ!?」
ルーナは喉に詰まりそうになり、グラスを掴んで水を一気に流し込む。
卓上には皿が積み重ねられ、カエデもフラウもウルティナも呆然と光景を見ていた。
猛烈な勢い、と呼ぶにふさわしい食事速度だ。
グレイフィールド王女の肩書きをかなぐり捨てている感がある。
食事処としては客の入りが少ないここも、ルーナの出現で店員はせわしなく厨房と席を行ったり来たりしていた。
「はぁぁ、たべたたべたー。満足だよー」
「それだけ食えばな」
「もうほんとマジで死ぬかと思った。トール君があと数日遅ければ、ルーナは天に召されてたよー」
「間一髪だったってことか」
お腹をさするルーナに安堵する。
俺としても彼女を助けることができてほっとしているんだ。
ルーナから大体の事情はすでに聞いている。
マリアンヌが暮らす屋敷の真下には、遺跡があってそこには未確認の転移魔法陣があったと。
そして、確実に転移されたとされるのがソアラ、ネイ、アリューシャ、リンの四人。
ピオーネとマリアンヌに関しては、ルーナが跳ばされてしまったのでその瞬間を目撃することはできなかった。
疑問なのは、どうしてルーナ一人だけなのかと言う点。
同じ転移魔法陣で跳んだなら、あの場所に四人もいなければならない。
「ずっと考えてたんだ。どうしてルーナ一人だけだったのかって。たぶん、あの魔法陣はランダムに人を飛ばすんだよ。魔法陣のある場所へ」
「じゃあ全員違う場所に?」
こくりと彼女は頷く。
不味いな。行き先が分からないとなると、どう動くべきか判断に困る
確実に言えることは、この大陸にも未確認の転移魔法陣があって、そこに仲間が跳ばされているかもしれないってことだ。
救いなのは全員それなりに戦える点だな。
また旅を続ける理由ができてしまった。
「とりあえず安心してくれ。拠点に行けば向こうに戻る船がある」
「えー、戻るのー?」
「不満なのか」
「そりゃあね。事故とは言えこうして異大陸に来て、トール君と再会できたのにさー。満喫もできずに早々に追い返されるなんて、ちょっとひどすぎると思わないかなー」
ルーナは「ひどい目にあったんだから、ご褒美くらいないとねー」などと、呑気に食後のデザートにフォークを差し込む。
返事に困った俺は仲間に視線を向ける。
「私からもお願いいたします。どうかルーナさんにしばらく付き合ってあげてください。あのような暗く冷たい場所で、幾日も孤独に過ごされていたことを考えれば、報われるような出来事があってもいいと思うのです」
「そうよね。下手したら死んでたんだし。助けたからさようなら、はフラウもどうかと思うわ」
「きゅ、きゅう!」
「事情はよく分からないけど、女の子の切なる願いを蹴るのは、男としてどうなんだろうネ。きちんと責任を取るべきじゃないのかイ」
まぁ、カエデやフラウの言うことも一理ある。
どちらにしろ現状、他のメンバーを探す手段はないに等しい。
まずはルーナの精神面の心配をするべきか。
「じゃあ一緒に観光をするか」
「もちろん、二人きりだよねー?」
「いいぞ」
「デート権、ゲット!」
デート、になるのか?
◇
とあるカフェに俺は訪れる。
まだルーナは来ていないようだ。
待ち合わせ場所を設定し、別々に出る必要があったのだろうか。
同じ宿に泊まっているのだから一緒に出た方が効率が良いと思うのだが。
コーヒーを注文して席に座る。
カエデとフラウが用意してくれた服が、妙にひらひらしていて気になる。
マントまで付いててこれじゃあどこかの貴族様のようだ。
デート……そう言えばいつぶりだろう。
少し緊張してきた。
「ごめーん、遅くなって」
「さっき来たところだ」
着飾ったルーナが到着し、彼女も店員に飲み物を注文する。
対面の席に座るとじっと俺を眺めた。
「その格好カッコいいねー」
「…………」
「どしたの?」
これがカッコイイ?
女の感覚は分からんな。
それに大剣を置いてきているから、どうも背中がすーすーして変な感じだ。
「これからどこへ行くのかな?」
「ウルティナによれば、大通りには良い店が揃っているらしい」
「トール君。そういうのを伝えずに案内するのがスマートな男性なんだぞ」
しまった、以前にもソアラに注意されたんだった。
デートとは難しいな。
軽く雑談した後、二人でカフェを出る。
大通りに到着したところで、お互いに興味のありそうな店を探した。
「トール君、寝具ショップとかどうかなー」
「そこまでこだわりはないんだが」
「あのさ、トール君の匂いが付いた枕が欲しいって言うか……新しいのあげるから、今の枕くれる?」
伏せ目がちにお願いするルーナに即座にYESと答えた。
「だめっ――もががっ!?」
「?」
後ろから声が聞こえたので確認する。
そこには誰もいない。
……気のせいか?
店に入り、フカフカ枕を買って貰った。
とは言っても出たのは俺の財布からなんだが。
寝具ショップの店内をぐるりと見渡す。
ダメになる高級クッション。
ダメになる高級枕。
ダメになる高級布団。
ダメになる高級寝袋。
どれもふわふわで触ると気持ちいい。
ダークエルフの眠りに対する情熱は想像を超えているようだ。
「ここの寝具すべすべしてていいなー、早くこっちと交易ができたらいいのに」
「欲しいなら買ってやるぞ」
「いいの!?」
「わざわざその日を待つ必要はないだろ」
「それもそだねー」
ルーナは立て替えを俺にお願いして、好みの寝具を探し始める。
「トール君はどのシーツが好みかな」
「どうして俺に聞くんだよ」
「いずれトール君も一緒に寝るじゃん」
「????」
意地悪そうな笑みを浮かべ、つんつんと指で脇腹をつつく。
なんのことだ?
どうして俺が一緒に寝る??
まさかそう言う意味で言っているのか。
いやいや、それはないだろう。
購入した寝具はマジックストレージに収納し、俺達は店を出た。
「綺麗な夕焼けだねー」
「この街一番の絶景スポットらしい」
郊外の小高い丘から見える街と夕日は、目に焼き付くような美しさだった。
二人で大木の足下に座り、寄り添って眺める。
少しずつ太陽が地平線へと沈み、後方の空は紫へと変化していた。
「このまま時が止まればいいなー」
「そうだな」
ルーナは頭を傾け、俺の肩に乗せる。
視線を夕日に向けたまま呟いた。
「トール君は鈍感だからちゃんと伝えておくよ」
「ああ」
「ルーナはトール君が好き。大好き。初めて会ったあの日から。一目惚れ、ってやつかな。だから帰りを待ってるから。ずっとずっと」
「ルーナ……」
彼女は俺の頬にキスをした。
お、おい!
不意打ちだろ、それ!
立ち上がった彼女はくるりと振り返って、いたずらっ子のようにはにかんだ。
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