132話 戦士達は暗道を探索する


 暗道――このスフロの街に昔から存在する遺跡だそうだ。


 内部は闇に満たされ目視のみで進むことは困難であり、内部に入ったありとあらゆる光を吸収する、のだとか。


 おまけに魔物も生息し、永らく探索不能箇所として封鎖されていた。


「――閣下は暗道を、直通路として利用したい考えなのサ」

「どこに繋がっているか分からないんだよな?」

「都の近くにも暗道があって、恐らくそこと繋がっているのではと予想されていル。調査依頼というのは、つまりそれが事実であるかどうか確かめることダ」


 ウルティナお勧めのカフェで、俺達は話を聞きながら茶を啜る。


「で、閣下というのは?」

「ギオ将軍サ。昔のアタシは騎士団にいてね、あの方とは長い付き合いなのサ。この依頼も力を見込まれてのことなんだろうけど、どうにも達成できる自信がなくテ」


 暗道を調査する方法をどうにか探ってはみたが、結局見つからず現在に至っているらしい。


 断れば良かったじゃないか、なんて赤の他人が言うのはどうなんだろうな。

 俺なんかより数倍難しい依頼だってことを理解して、彼女は引き受けているのだ。それに達成の見込みはなくとも、関係上断れない依頼というのはどうしても出てくる。


 例えば恩義がある相手とかな。


「頼ム。どうかアタシに力を貸してくレ。達成できるのなら、なんでもすル」

「なんでも?」


 ぴくんと反応してしまった。


 目の前の美しいダークエルフが何でもしてくれる。

 なんでもだぞ。この言葉に興奮しない男なんて果たしているだろうか。


 カエデの目が潤んだ気がしたので、素早く返事をした。


「遺跡内で見つけた物の七割を俺達がもらう。依頼料は……いらないかな」

「それでいいのカ。もしかしたら何もないかもしれないんだヨ」

「なければないでいいさ。これも観光みたいなものだしな」


 立ち入りが禁止されている暗道に入ることができるんだ、その上で報酬なんてもらいすぎなくらいだ。

 それに遺物があれば十分に儲けられる。


 すでにWin-Winなのだからなにも問題はない。


「明かりが機能しない遺跡なんて、どうやれば攻略できるのよ」

「それなのですが、フラウさんの強い光量ならしばらく明かりを維持できるのではないでしょうか」

「発光スキルね。さすがに一瞬で全て吸い取られるってことはないと思うけど。あんた暗道のこと知ってんでしょ、どうなのよ」


 ウルティナはしばし沈黙し、納得したように頷く。


「いける気がすル。あれだけの光の強さなら、松明程度にはなるはずサ。さらにそれを維持できれば探索は可能となるだろうネ」

「じゃあ問題なしってことね。むしろを出せそうで安心したわ」


 おいおい、まさかあの光量でまだ手加減していたと。

 想像しているよりもヤバいスキルかもしれない。


 カエデもパン太もほんの僅かだが顔に恐怖が出ていた。



 ◇



 暗道は郊外にある。

 入り口は頑丈な金属の扉によって閉じられていた。


 ギオ将軍は鍵で施錠を解き、俺達へと扉を開いてみせる。


「気をつけろ。この下には厄介な魔物がうろついているからな」

「仕事は全ういたしまス」

「ふっ、その顔つき懐かしいな。お前が副団長だったあの日々を思い出す。何度穴に落ちたお前を助け出したことか」

「閣下! そのような話はここでハ!」

「すまん。仲間がいたのだったな」


 もしかしてこの仕事を断れなかった理由って……。


 ウルティナは目を合わせず「行くゾ」と先に階段を降りる。


「彼女を頼む」

「ああ」


 ギオの言葉に頷き、俺達も後を追いかけた。




「くらっ! なんにも見えない!」

「今、明かりを付けル」


 ウルティナがランプで明かりを灯す。

 だが、光は小さくなってゆき、ホタルの明かりレベルまで低下した。


 これが暗道か。今まで未探索なのも納得できる。


「ここからはフラウの出番ね。みんな目を閉じて」


 一瞬、目を閉じていても分かるほどに、前方が明るくなった。

 恐る恐る瞼を上げれば、フラウは松明ほどの光量で周囲を照らしていた。


 この様子なら探索はできそうだ。


「辛くないか」

「余裕よ。まだ半分くらいしか力を出してないもの」

「本気を出す時は事前に言ってくれ。絶対にだぞ」


 フラウとウルティナを先頭に通路を進む。

 すぐ後ろではカエデがマッピングし、最後尾は俺とロー助。


 パン太は刻印に戻している。


 ロー助は視力に頼らない眷獣だ。

 ここでもその力をいかんなく発揮してくれるに違いない。


「思ったのですが、偉大なる種族はどうしてこのような場所を造ったのでしょうか」

「さぁ? まぁ、何か隠すには良い場所だよな」

「主様、やっぱりここにお宝が?」


 俺のグランドシーフが反応している。

 お宝はある。嗅覚に似たなにかがそれを捉えていた。


「レアアイテムがあれば、またオークションに――お?」


 ぱきっ。ぱきぱきぱきっ。


 俺の中から例の音が響いた。

 とうとうこの時が来てしまったようだ。


 《報告:ジョブ貯蓄のLvが上限に達しましたのでランクアップとなって支払われます》

 《報告:スキル効果UPの効果によって支払いがランクアップとなりました》


 《報告:幻想奏士のジョブを取得しました》


 《報告:ジョブ貯蓄が破損しました。修復にしばらくかかります》

 

 幻想奏士?

 これだけなのか??


 すげぇジョブが得られるかもと、ちょっぴり期待していたのだが。


 いや、これくらいでいいのだ。


 ただでさえ今の俺は力を持て余している。

 沢山あっても使い切れなければ宝の持ち腐れだ。


 そこで視界に不穏な文字が現れた。


 《報告:ジョブの第一限界層を破壊しました》


 ひぇ、なんだよ。

 まさかまだ先があるのか。


 もう止めてくれよ。



 ◇



「始末しロ。ワンガー」

「にゃう」


 召喚獣であるワンガーが噛み殺したのは、マッドスネークだった。


 蛇は熱を感知するそうなので、このような場所でも行動可能なのだろう。


 その先で、通路が二方向に分かれていた。


「向こうから風が吹いてきてますね。それに草花のような香りもします」

「てことはあっちが都に通じる道か。どうするウルティナ」

「先に都への経路を確認させてもらいたいサ」


 だよな。

 目的はそこだし。


 この街は都からそこそこ離れているらしいが、走れば今日中にここまで戻ってこられるだろう。

 障害となるのは魔物くらいだ。





「明かりが見える」


 走り始めて五時間が経過した頃。

 前方の斜め上に、小さな明かりが見え始めた。


 階段を上がればそこは草原。


 暗道の入り口は森の端で草に埋もれるようにしてあった。


 地下道に魔物がいるのはここが原因のようだ。

 扉を造り、中の魔物を一掃すれば、暗くても安全は確保できそうだ。


 ひとまず俺は周囲の草を剣で刈り、これ以上魔物が入らないように内側から木の板で出入り口を塞ぐ。


「これでよし。後は中の魔物を片付けて依頼は達成か」

「感謝するヨ。これで閣下に少しばかりの恩を返すことができただろウ」

「礼ならフラウに言ってやってくれ。この数時間、ずっと明かりを維持してくれているんだ」


 俺がそう言うと、フラウはふんっと鼻息を荒くする。


「そうそうフラウに感謝しなさい。フラウがいなければ、探索なんてできなかったんだから。もう『飛ぶだけが能のまな板』なんて馬鹿にさせないわ」


 いや、そんなこと言った覚えはないのだが。


 ウルティナはフラウの胸の辺りを一瞥し、微笑みながら感謝を述べた。



 ◇



 再び分かれ道へ戻ってきた俺達は、休息を挟んだ後に探索を再開する。


 もう一方の道はさらに地下へと続いているようで、幾度となく階段を下った。


「はぁっ!」


 ウルティナの斧が敵を切り裂く。

 疲労が蓄積しているのか、彼女はふぅと息を吐いた。


 そろそろ交代するべきか。


「ウルティナは後衛に回ってくれ。先頭には俺が行く」

「すまないネ。少し疲れタ」

「いいさ。ゆっくり休んでくれ」


 俺はデコピンだけで魔物を排除する。


 そして、ようやく一枚の扉へと行き着いた。


「これだけ広いのにドア一つだけ?」

「途中に隠し扉があったのでしょうか」

「いや、俺のグランドシーフには何も引っかからなかった。あればほぼ確実に見つけていたはずだ」


 ドアノブを掴み回してみる。


 鍵がかかっているな。

 こんな時は超万能キーだ。


 針金を取り出し施錠を解く。


 ぎぃいいい。ドアがゆっくり開いた。


 おおおおっ!

 これは、お宝!!


 部屋には多くの遺物が保管されていた。


 床には機能の停止した魔法陣が一つある。


 がさっ。


 部屋の隅で黒い影が走る。

 それは遺物の陰に隠れ息を潜めた。


「ご主人様」

「分かっている。全員戦いに備えろ」


 俺は背中の大剣を抜いた。


 正体を見せろ。


 強く床を蹴り、遺物の陰へ駆ける。

 素早くその姿を確認した俺は、動揺から完全に足が止まってしまった。



 そこにいたのは、やつれたルーナだった。




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