131話 戦士と花園の迷宮3
夜が明け、俺達は花園の迷宮をさらに進んだ。
ここまで来たんだ。
できるならクリアしたい。
以前、カエデは核石に触れるチャンスを俺に譲った。
今度こそ彼女に触れさせてやりたい。
入り組んだ生け垣の迷宮を抜け、広い空間に出た俺達は、鉄の柵に囲まれた核石を見つけた。
青く輝くクリスタル。
アレに触れればクリアだ。
門をそっと開け、カエデに向けて頷く。
「私が、触れてもよろしいのですか」
「もちろん」
「アタシもそれでいいサ」
「フラウは次の時にしておくわ」
「きゅう」
柔和に微笑むカエデは、石に近づきそっと指先で触れた。
《花園の迷宮の踏破おめでとうございます。それではクリア報酬をお受け取りください》
《報酬:クリア特典としてメモリーボックスが贈られます》
光の球が出現し、カエデの手にのった。
輝きが消えたそこには、白く四角い箱があった。
中央には丸いガラスのようなものがはめ込まれていて、珍妙と言うほかない外見をしている。
「なんでしょうか、これ」
「鑑定では?」
「そうでした! ふむふむ、シャッターボタンを押すことで、レンズの先にある景色を撮影することができる道具、とあります」
俺達は目で言葉を交わす。
全員の返事は『何を言っているか分からない』だった。
そうしている内にカエデが空に向けてボタンを押した。
「わっ、紙が出てきました」
箱の下部から一枚の厚めの紙が出てくる。
紙に精巧な青空の絵が浮かび上がった。
もしかしてこれは、そこにある景色を一瞬で描くことができる?
かなり前だが、そのような遺物があると聞いたことがあった。
もしこれがそうなら国宝級のアイテムだ。
「な、なぁ、それで俺達の姿を描いてくれないか」
「はい!」
俺、フラウ、パン太、ウルティナで並んで待つ。
カシャ。そんな音が響き、じーっと紙が出てきた。
急いでカエデのもとへ向かい、絵が出てくるのを待つ。
「おおおっ! これが俺か!」
「すごくリアルですね。ご主人様そっくりです」
「そりゃあ俺だからな! 次はカエデと一緒に描いてもらおう!」
「はいっ!」
ボタンを押すのはウルティナ。
二人で並ぶと、さりげなくフラウとパン太が入ってくる。
じーっ、紙が出てきた。
なんてすげぇ道具なんだ。
これがあれば、旅で見たものを残すことができる。
こういうのを待ってたんだ。
ありがとう、カエデ。
ぱきっ。
俺はぴたりと動きを止めた。
あれ、なんか聞き覚えのある音が聞こえなかった??
◇
街に戻った俺は、メモリーボックスのさらなる情報を求めてアイテム屋へと足を運んだ。
そこで聞いた話では、この道具は通称『キャメラ』と呼ばれていて、数は少ないが似たような物が大陸に出回っているそうだ。
ただ、予想通りそれらは非常に高額である為、一般人では手に入れられないと店主は教えてくれた。
「すごいよな、景色を切り取るんだぜ」
「ふふ、ご主人様に喜んでもらえて私も嬉しいです」
「よーし、カエデをもっと撮ってやるよ」
「私ですか」
下からぱしゃり。
お尻の辺りをぱしゃり。
胸元をぱしゃり。
「ああ、ご主人様の強い視線が……こ、興奮します♡」
「いいよいいよ、もっと大胆に」
「こんな、感じでしょうか」
「二人とも、なにしてんのよ。そろそろ出発の準備をしないと、ウルティナに怒られるわよ」
「きゅう」
おっと、そうだった。
そろそろ街を出るんだった。
「お待たせしました」
「アタシもさっき来たところサ」
街の入り口で合流したウルティナは、枕を抱え額にアイマスクをしていた。
まるで今から就寝するような雰囲気だな。
彼女はパン太に目を向ける。
「ところで、そのふわふわしたのって浮いたまま横になれるんだよネ」
「まぁ、そう言う眷獣だしな」
「一度で良いから、浮いたまま寝てみたかったんだヨ。必要だというなら金を払う、その子で寝させてもらえないカ」
「って言ってるけど、どうするの白パン」
「きゅう」
「オーケーだって」
ウルティナはごくりと喉を鳴らし。
恐る恐る円盤状に広がった、パン太の上に足を乗せる。
「ふわぁぁ、なんてふかふカ」
「きゅ、きゅう!」
「寝床だけなら右に出る者はいないってさ」
「その通りだネ。この子はもしかすると、ダークエルフキラーかもしれないヨ」
なんだその、ダークエルフキラーって。
響きだけならカッコイイんだがな。
心なしかパン太の目が輝いた気がした。
「で、あんたは街を離れていいのか」
「ここでやりたかったことは終えたからネ。それに漫遊旅団と言ったか、あんた達の強さを目の当たりにして俄然興味が湧いタ。もう少しだけ案内を引き受けるサ」
「それはありがたいな」
「実力を見込んで頼みたいこともあるしネ」
「頼みたいことって……もう寝てる」
ウルティナはスヤァと眠りに落ちていた。
◇
切り立った崖に沿って歩みを進める。
眼下には大きな街があった。
『暗道のスフロ』と呼ばれている街だそうだ。
すでに郊外ということもあって、この辺りでも住人であるダークエルフを見かけることができた。
「はぁぁ、パン太は最高の眷獣だヨォ」
「きゅうぅ」
「いい加減離れて! 白パンはフラウのものなのよ!」
「召喚獣にあんたがいたら良かったのニ」
ウルティナからパン太を引き離そうと悪戦苦闘するフラウ。
中心にいるパン太は嬉しそうな表情だ。
ただ、パン太は俺の眷獣だからな。フラウのものではない。
隣を歩くカエデはニコニコしていた。
「ご機嫌だな」
「はい! 私はご主人様と一緒にいられるだけで幸せなんです!」
「嬉しいことを言ってくれる」
「ところで、ですね、ご主人様お願いが……」
恥ずかしそうにモジモジするカエデは、ちらちら俺の左手を見る。
なんだ?
左手に何かあるのか??
「手をですね、繋いでいただきたいと」
「あー、手か。これでいいか」
すっと、彼女のすべすべした細い手を掴む。
その瞬間、小さかったカエデと手を繋いだ記憶が蘇る。
こうして直接触れると改めて実感するな。
すっかり大人の女性だ。
おや、カエデの様子が。
「ご、ごしゅじんさまと、手を、あふぅ」
「おい!?」
ぱたん、と顔を真っ赤にしてカエデが倒れる。
手を繋いだくらいでなんだって言うんだ。
今まで腕に抱きついたり散々してきただろ。
「ひぎゃぁぁぁ!」
悲鳴が響き、仲間を確認する。
フラウもパン太もいる……今の声の主はウルティナか!
困惑顔のフラウが崖の下を指さした。
「フラウは何もしてないわよ。勝手に落ちたのよ」
「足を滑らせたのか。おーい、無事か!」
崖の下からすすり泣く声が聞こえた。
「有名な占い師によると、アタシは足下に厄があるらしイ」
「だから何度も落ちる。落下姫なんて二つ名が付くわけだ」
「非常に不愉快ではあるけどネ」
ウルティナのレベルは380。
十五メートルの崖から落ちてもかすり傷程度だ。
その反面、精神的ダメージはデカいようだった。
「ウルティナさん、元気出してください。これどうぞ」
「ありがとウ」
水筒を受け取ったウルティナは、栓を開けて水を飲んだ。
俺達は現在、街に入ってすぐの噴水の縁に座っている。
ずいぶんと賑やかな街らしく、少し前にいた街よりも2、3倍人口があるようだった。
時折、首輪を付けたヒューマンやビースト族を見ることがある。
ここでもヒューマンは最底辺のようだ。
しかしながら同時にヒューマンの一般人も見かけるので、ペタダウスよりも扱いはまだマシなのかもしれない。
向こうは居住を認めている感じではなかったからな。
「ウルティナ」
どこからか声をかけられ、ウルティナは慌てて周囲を確認する。
離れた位置に一人の中年男性が立っていた。
騎士なのだろうか、装飾の施された鎧を着込み青いマントを風にはためかせていた。
腰には立派な片手剣が帯びられ、矢のような鋭い視線を俺達に向ける。
少なくとも下級騎士ではなさそうだ。
ウルティナはすかさず立ち上がり、彼の前で跪いた。
「お久しぶりです閣下」
「壮健でなにより。ようやく依頼を受けてくれる気になったか」
「それは……まダ」
言葉を詰まらせた彼女に対し、男性は頷くことで応じた。
「入念な備えは必要だ。挑戦のタイミングは貴殿に任せるとしよう」
「はっ」
マントを翻し、男性はこの場を後にした。
立ち上がって振り返ったウルティナは苦笑する。
どうやらただの冒険者、ではなかったようだ。
「トール、少し前に言ったことを覚えているカ」
「ん? んー、頼みたいことってやつか」
「そうだ。協力してくれればきちんと謝礼は払ウ」
個人的な依頼ってことか。
まぁ、受けるかどうかは話を聞いてみないとな。
一応、カエデとフラウにアイコンタクトをするが、返事は『ご判断に従います』だった。
「この街には『暗道』と呼ばれる地下遺跡が存在していル。そこはどのような光も吸収する、未だ全貌の掴めない闇の空間。そして、アタシは遺跡がどこに通じているか調べなきゃいけないのサ」
光を吸収する遺跡??
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