128話 戦士と花園の迷宮1
賑やかな夜の街。
深夜も近いというのに煌々と明かりは灯り、ダークエルフ達は昼間が嘘のように活き活きとしていた。冒険者達も続々と仕事へと出る。
「本当に夜型なんだな」
「そう言っただロ。それにアタシらは夜目が利く、夜の方が感覚も敏感になる、あえて苦手な時間帯に活動する必要はないのサ」
「それはそうだが、日中活動する生き物の方が多いだろ」
「街の守りの話かイ? 問題ないサ、そこはアタシみたいに活動時間を調整している奴らがいるのサ。他の奴らも寝てても頭半分は起きてるからネ」
やっぱり変わってるな。
エルフとよく似ているが全然違う。
テーブルの上で酒を飲むフラウが、ぷはぁと息を吐く。
「この街の果実酒いけるわね。里の蜂蜜酒には負けるけど」
「とっても美味しいです。ご主人様もどうぞ」
「いつもありがとう」
「えへへ」
少し酔っているのか、カエデは褒められた子供のような反応をする。
飲んだ感じ度数は高めだ。あまり飲ませない方がいいな。
「ねぇ、この近くでなにか面白そうなものって見られない?」
「それならダンジョンがお勧めだネ。ここにあるのは比較的珍しい『地上型迷宮』なのサ」
お、それは興味あるな。
一度だけ地上型に入ったことがあるが、地下型とは違うワクワク感があった。
観光がてら挑戦してみるのも悪い話じゃない。
「踏破はされているのか」
「そこまで難しい場所じゃないないヨ。それでも、ここ二十年はクリアした者はいないそうだけどネ」
「明日はそこへ行くつもりだ。案内を頼む」
「任せナ。アタシがきっちりサポートしてやるサ」
ウルティナは自信満々に、拳を俺の胸に軽く当てた。
「ごしゅじんさま~、ごしゅじんさま~」
「水は飲まなくていいか?」
「スハスハ」
宿に戻った俺は、顔を火照らせたカエデを抱えて部屋に入った。
酔っ払った彼女は、俺の首に腕を回して何度も首の辺りの匂いを嗅ぐ。
その度に幸せそうな笑みを浮かべ、狐耳をぺたんと垂れさせた。
果実酒は口当たりが良すぎるから、ついつい飲み過ぎてしまう。
俺も酒に無知だった頃、それで痛い目を見た。
「カエデもまだまだお子様よね。このくらいで酔っ払うなんて」
「そのくらいにしてやってくれ、フラウさん」
「どうして『さん』付け!?」
「…………」
「おかしいなぁ、フラウも急に酔っ払っちゃった~」
俺は目をそらし「ソウデスネ」と返事をする。
脳裏に酒瓶から直接、美味そうに酒を飲むフラウの姿がよぎった。
「ごしゅじんさま~、だいすき~、ずっとずっと一緒ですからね~」
「わかったわかった。ほら、ゆっくり寝ろ」
「ごしゅじんさまも、一緒に~」
「じゃあ近くで見ているさ」
「えへへ~」
ベッドに寝かせて布団を掛けてやる。
近くの椅子に座ると、カエデは手を伸ばし俺の手を掴んだ。
それから自分の顔に擦り付けた。
「だいしゅきなにおい~、わたしのごしゅじんさまのにおい」
「完全に酔いが回ってるわね」
「きゅう……」
フラウもパン太も呆れている。
いいじゃないか。
たまには酔っ払ったカワイイ奴隷も見てみたい。
長い旅だ。羽目を外す時だってあっていい。
◇
「う゛ぅ~」
頭を押さえるカエデ。
眉間には皺が寄っていた。
当然ながらの二日酔いである。
「大丈夫か。無理なら休んでいていいんだぞ」
「このくらいなら問題ありません。水も沢山飲みましたし。それに……」
カエデはもう一人の仲間の様子を窺う。
「うぷっ」
「きゅう!?」
「ふう、白パンの上では吐かないわよ。でも、もうしばらく乗せて……うぷっ」
「きゅぅうううっ!?」
パン太の上で横になるフラウは、今にも死にそうな顔だ。
実はカエデを寝かせた後、フラウにねだられて別の酒場へと向かったのである。
そこでしこたま飲んであの有様だ。
ほどほどのところで止めたのだが。
「なんだい、二人は二日酔いかイ。これからダンジョンへ向かうってのに、気を引き締めないと死んじまうヨ」
「申し訳ありません。足手まといにならないよう頑張ります」
「あー、俺が二人の分まで戦うから問題ない。カエデもフラウも、無理そうだったらすぐに休んでくれ」
「ごしゅじんさま~」
カエデがうるっと目を潤ませる。
まぁ病気じゃないんだ。
昼頃には元気になってるだろう。
街を離れ、歩いて三時間の場所にダンジョンはあった。
通称『花園の迷宮』。
生け垣のような樹木の壁で構成された地上型のダンジョンだ。
地上型は地下型と違い、一定期間で内部構造が変わる。一ヶ月前の地図が一ヶ月後には役に立たないってのはよく聞く話だ。
ウルティナによると、ここは一週間ペースで内部構造が変わるらしく、難易度は中の上程度だそうだ。
「内部は変わったばかりだから一週間の猶予があるサ」
「これが絶景か?」
「いいや、アタシが見せたいのはこの先。花園の迷宮には美しい花を咲かせたエリアがあるそうでね、そこはまさしく絶景なんだそうダ。アタシも前々からそこを見たくて挑戦してんだが、未だに見つけられなくてサ」
ほー、ダンジョンの奥にある幻のエリアか。
ある意味ロマンだな。興味が湧く。
「そ、空から入れないの……うぷっ」
「上には見えない壁があって出入りはできないみたいなんだヨ。空を歩く、なんて貴重な体験をした奴がそう言ってたネ」
ウルティナは「行くヨ」とダンジョンへと入る。
歩き出そうとしたところで、服の裾を掴まれ足を止めた。
「少しだけ、どうか」
「好きなだけ掴んでていいさ」
「はい!」
カエデは表情を明るくする。
「きゅう」
「あう、あああ……」
反対にパン太に運ばれるフラウの顔は死んでいた。
◇
進み続けて一時間。
未だフラウは死んでいた。
カエデは癒やしの波動を使いながら、少しずつだが回復している。
一応、フラウにも回復は使っているが、ダメージが深すぎて復活する様子はない。
「でぇイ!」
ウルティナが片手斧で魔物を真っ二つにする。
さらに背後から近づく敵は、召喚した『ワンガー』と呼ばれる、犬のような生き物が噛みついて殺す。
彼女がなぜソロでやっていけるのかこれで納得できた。
召喚魔法を併用することで、万能型斧使いとも言える戦闘方法を確立しているのだ。
ワンガーはトカゲと犬を合体させたような見た目をしている。
ウルティナに頭を撫でられて尻尾を振っていた。
「よくやったネ。もうしばらく頼んだヨ」
「にゃん」
鳴き声は猫なのか。
しかも前足で顔を洗っている。
やはり猫、なのか?
「どう、アタシの戦い方ハ?」
「驚いた。他にも召喚できるのか」
「できなくもないけど、長時間の維持を考えるとこの子が限界だネ。無駄な消費はアタシみたいなソロには致命的サ」
そう、かもしれないな。
他の召喚獣も見せてもらいたい気持ちはあるが、お互いに信頼のない今の関係で無理は言えないだろう。
手の内を見ることにもなるからな。
それに彼女は案内役として頼りになる。
もうしばらく雇うと考えれば、いずれ見る機会も訪れるはずだ。
「にゃうん」
「よしよし、良い子だ」
足下でワンガーが身体を擦り付けてくるので、頭を撫でてやった。
見た目は厳ついがカワイイなこいつ。
「へぇ、ワンガーが召喚者以外に懐くなんて珍しイ。最初に会った時から思ってたけど、あんたアタシの知るヒューマンと何か違うんだよネ。毛色が違うっていうカ。だから声をかけたんだけどサ」
好奇の目となったウルティナがずいっと顔を近づける。
が、すかさずカエデが間に入った。
「必要以上に近づかないでください」
「ふふっ、ヤキモチかイ」
「そ、それは!」
「心配しなくても変な気は起こさないヨ。タイプじゃないからサ」
前を向いたウルティナは先を進む。
「みず……みずを……」
「きゅう! きゅ!」
やつれたフラウがこちらへ、震えながら手を伸ばしていた。
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