127話 戦士達は果樹園へと行く


 ダークエルフのウルティナ。

 ソロ冒険者として活躍しており二つ名は『落下姫』だそうだ。


 使う武器は二つの片手斧、近接を得意としているが同時に召喚魔法も使うそうだ。


「――ダークエルフはエルフほど精霊魔法は得意じゃないんダ。契約はできるんだけど、こう力を引き出すのが上手くないって言うカ。その代わり召喚魔法が得意なのサ」

「召喚魔法ってのは?」

「この『ブビット』とかそうサ」


 ウルティナは黒い球体を撫でる。


 現在、俺達は酒場に場所を移し話を聞いていた。


 ただ、酒場でも昼寝する人間が大勢いる。

 酒場と言うよりただの休憩室だな。


「召喚魔法、と言うのものがあることは知っていました。ですが、実際に見るのは私も初めてです」

「だろうネ。召喚魔法は魔力の消費が激しい、魔力が乏しい他種族では底辺ランクのコイツですら一日維持できたら上出来」

「触ってみても?」

「好きにしナ。寝ている時にしか、攻撃しないように命令してるからサ」


 カエデが恐る恐る黒い球体を触る。


 ブビットと呼ばれたソレは、光沢はほとんどなくつるりとした綺麗な球体だ。

 見た目からすべすべしていることが想像できる。


 召喚魔法は、異界より強力な存在を呼び出す特殊な魔法だ。


 呼び出せるものにはランクがあり、上に行くほど消費魔力も跳ね上がるそうだ。


 むこうにも使い手はいたが、非常に数が少なく、ウルティナの言う通り消費魔力の多さが原因で、役に立たない魔法として認識されていた。

 ただし、使いこなせれば相当に強力な魔法なのは間違いないそうだ。


「不思議な感触ですね。鉄のようですが、生物のように温かくもある」

「ほんと、異界の生き物って変ね」

「きゅう!」

「え? そんなばっちいの触るなって? いいいじゃない、召喚獣を触れる機会なんて滅多にないんだから。それに汚くないわよ」


 パン太は俺の背後に隠れて、ブビットから離れろと鳴いている。

 もしかすると眷獣と召喚獣は相性が悪いのかもな。


「それでだけどアタシを雇わないかイ。ダンジョンにしても街にしても、案内は必要だろうサ」

「ダンジョン? この辺りにダンジョンがあるのか?」

「あんたら知らないで来たのかイ。まぁいいさ、で、どうすル」


 カエデとフラウは無言で頷く。

 反対する者はいないようだ。


 俺はダークエルフについては無知だ。


 案内役がいるのは非常にありがたい。


「雇わせてもらう」

「商談成立♪」


 ウルティナはにっこり微笑む。



 ◇



 じゃぶじゃぶ、宿の裏庭でカエデとフラウが洗濯をする。

 俺はパンツ一枚でその様子を見ていた。


「うわっ、すっごい汚れね」

「ここしばらく、ご主人様の服を洗えませんでしたからね」

「主様もいい加減新しい服を買ったらどうなの」

「まだ着れるだろ。愛着があるんだよその服には」


 カエデやフラウには、しょっちゅう服を買ってやっているが、実は俺自身は一枚でやりくりしている。


 まだ冒険者になりたての頃、セインに冒険者なら良い服を持っていた方がいいってアドバイスされて買った服なんだ。


 セインと一緒に選んで買った服。


 あいつはクソ野郎だったが、やっぱり忘れがたい幼なじみなんだよ。

 嫌な思い出もあるが、楽しかった思い出だって沢山ある。


 多くの者はあいつのことを忘れるだろう。


 けど、俺だけは元親友として覚えていなければならない。

 リサだってそうだ。決して忘れはしない。


 それが元親友、元恋人として、最後にしてやれることだ。


「きゅう」

「励ましてくれてるのか?」


 パン太が頬をスリスリする。


 ほんとお前らがいてくれて良かった。

 俺一人だけだったら、ここまで来られなかっただろう。


 パン太を抱えて撫でてやる。


「きゅう~」

「お前にも構ってやらないとな」


 こいつも俺の眷獣なんだ。

 ちょっと自分勝手で言うことを聞かないが、役に立とうと頑張っていることは知っている。


 一際強い風が吹く。


 ぱしん、俺の顔になにかが飛んできて張り付いた。


 これは……パンツ?


「わた、わたしの、下着です」


 カエデが恥ずかしさのあまり、目をうるうるさせていた。



 ◇



「で、街には慣れたかイ」

「少しはな」


 ウルティナと合流した俺は返事をする。


 本日は観光する予定だ。

 一応ギルドから依頼を受けているが、そっちは急ぎではないのでのんびりこなす予定である。


「アタシのお勧めは果樹園サ。甘くて美味しい果実が食べ放題、今の時期なら葡萄だネ」

「食べ放題! ひゃっほー、最高ね!」

「きゅ、きゅ!」

「ご主人様、沢山狩りましょうね!」

「お、おお……」


 仲間が盛り上がっている。

 そう言えば甘いのに目がなかったな、ウチのメンバーは。


 しかし葡萄か、たまにはいいかもな。





「うわぁぁぁ! なにこれ、なにこれ!」


 フラウが目を輝かせて飛び回る。


 上からぶら下がった宝石のような果実、甘い香りに虫でなくとも引き寄せられてしまう。

 一粒一粒が大きく食べ応えもありそうで、これが食べ放題なんて贅沢だ。


 管理人であるダークエルフの男性は、眠そうな目で人数分の料金を受け取ると去って行ってしまう。


「みなさんどうしてあんなに眠そうなのでしょうか」

「言っただロ。ダークエルフは夜型なのサ。つっても中にはアタシみたいに、規則正しい生活をしている奴もいるけどネ」

「夜に何を?」

「仕事だヨ。そっちの方がはかどるからネ」


 夜に仕事するのか。変わっているな。

 しかしそれだけじゃないような気もするが。


 寝ることに対して強い執着を感じる。


「あっんまーい!」

「きゅう!」


 おっと、俺達も食わないと。

 食い放題と言っても時間制限があるようだしな。


「ご主人様、こちらの葡萄がとても美味しそうですよ」

「そうだな。俺が――」


 葡萄をちぎろうとして、カエデと俺の手が触れあう。


 彼女は慌てて手を引っ込め、恥ずかしそうに顔を伏せた。

 反対に尻尾はぱたぱた揺れていて、どことなく嬉しそうなのが分かる。


 俺は葡萄をちぎり、彼女に差し出した。


「ほら、先に食べろ」

「ですが私は奴隷です。ご主人様が先に」

「命令だ。先に食べろ」

「はい」

 

 なぜかカエデはうっとりとした表情をする。


 たまにだが、彼女の喜ぶポイントが分からなくなる。

 命令されて嬉しいのか??


 白く細い指で粒を取って、そっと口の中に入れた。


「甘い」

「お勧めだって言っただロ。アタシが定期的にこの街に来るのは、ここがあるからサ」

「ウルティナさんは、ここの出身ではないのですか」

「生まれは辺境の村だネ。今回はちょっとした用で来てるけド」


 カエデとウルティナが会話をしている間に、俺も葡萄を食べる。


 おっ、甘いな。

 風味も良く後味もさっぱりしている。

 果汁が溢れてジューシー。


「なにすんのよ、これはフラウが先に見つけたの!」

「きゅう! きゅ、きゅう!」

「え? フラウより早く舐めたって? あんたそんなばっちいことしたの!? あぁぁぁああああっ! よくも全部食べたわね!」


 もぐもぐするパン太に、フラウが髪の毛を逆立てる。


 こんなところに来てまで喧嘩をするのか。

 葡萄なんていくらでもあるんだ。争う必要はないはずなのだが。


 追いかけっこが始まり、パン太がウルティナの顔面へぶつかる。


「あ」


 べぎゃ。何かを踏み抜く音。

 彼女は次の瞬間、その場から消えた。


「伝え忘れてたけど、その辺りにはサメモグラが掘った大きな穴が……」


 戻ってきた管理人が、穴の開いた木の蓋を見て黙る。


 底の方からしくしく泣く声が聞こえた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします(*^▽^*)

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