外伝:魔王リサ
――比較的、幸せな家族だったと思う。
読書が趣味な優しいお父さん。
料理が得意ないつも笑顔のお母さん。
賢くて良い子な私。
私が生まれたのは、都で暮らす男爵の家だった。
これといって不自由もなく育てられた。
下級貴族ではあるものの、お父さんの商売が上手くいっていて金銭面で苦労したことはなかった。
私の人生は順調だった。
ただ、強いて不満をあげるなら、ひどくつまらないってこと。
刺激のない毎日にすでに飽きていた。
それに本当の自分を偽るのにも。
蝶よ花よと大切に育てられてきた私は、常に笑顔を貼り付け両親や周りの大人達が望む姿を演じなければならなかった。
世の中にはウザい奴らが多すぎる。
いっそのこと全員殺せればすっきりしたのに。
しかしながら5歳児になにかができるわけでもなく、相棒のクマのぬいぐるみを抱いて、いずれくるどうでもいい結婚相手の為に己を磨かなくてはならなかった。
「※※※は、きっと素敵なお嫁さんになる」
「そうね、※※※は可愛くて賢いから」
「うん! 男爵の娘として立派な奥さんになってみせるね」
「はははっ、頼もしいな。13歳になれば侯爵様が娶ってくださる。それまでに貴族の女性らしくならないとな」
「ええ、裕福な方との結婚は女の幸せよ。※※※は私の子供だからきっと存分に愛してもらえるわ」
本当は分かっていた。
両親は私など見ていないことに。
容姿に優れ、要領が良く、政略結婚の材料にできるから大切にしていたのだ。
この世界はつまらない。
あんた達は、鳥かごの中の鳥の気持ちを考えたことがあるか。
己に羽ばたく翼があるのに、飛ぶことを許さず観賞用として生き殺される者の気持ちが。
力があれば自由なのに。
私はそんなことを考えながら、草原でお母さんが作ったサンドイッチをかじる。
我が家は週に一度、家族でピクニックに行く。
とは言っても都からすぐ近くの草原だ。
風で背の高い草が揺れ、トンボがふわふわ飛んでいた。
私はトンボになりたい。
感情なんて必要ない。
ひたすら自由に大空を舞い、どこへでも行くのだ。
突然、目の前に半透明な窓が開いた。
《報告:魔王のジョブを取得しました》
魔王……?
私はその文字をすぐには理解できなかった。
ザシュ。
直後に肉を斬る音と悲鳴が聞こえた。
後方の草むらから武装した男共が現れたのだ。
彼らは次々に警護の兵士を切り捨てる。
「なぜこのようなところに魔族が!?」
「貴方、どうするの!」
「お前は※※※を連れて都へ戻れ、時間を稼ぐ!」
「一緒に逃げましょ、あの数には勝てないわ」
私はお母さんに抱かれ、兵士が死んで行く光景を眺める。
不思議と胸が熱くなった。
ドキドキしている。
そう、こういう刺激を待っていた。
飛び散る赤い液体が綺麗。
悲鳴がすごく心地良い。
楽しい。すごく楽しい。
「あがっ……※※※……」
「いやぁぁあああああ、貴方!!」
お父さんが背後から剣で貫かれた。
お母さんは私を放り出しお父さんに駆け寄る。
「ふぐっ!?」
「……お母さん?」
お母さんも胸を貫かれた。
残された私は、周りを囲む男達を見上げる。
「陛下、お迎えに上がりました」
「へいか??」
男達は片膝を突き頭を垂れる。
一際体格の良い男が私をそう呼んだ。
「私をどうするの?」
「御身は新たなる魔王、魔族をまとめあげ全てを征服するのです」
「ふーん、じゃあみんな私に従ってくれるの?」
「この場にいる者達は貴方様の忠実な
歓喜が、私を包み込んだ。
お腹の辺りが熱くなったのを感じた。
自由の鐘が鳴った気がした。
籠は破られ、私は大空へと飛び立つ。
「あは、あはははははっ! 自由だわ! やっと、やっと解放された!! もう何をしても咎められることはない! さいっこー!!」
クマさんの手を掴んでぐるぐる回る。
自由を得られた。
力も手に入れた。
目の前にいるこいつらが、私の手足となる。
「で、私はこれからどこへ行くの」
「我らが用意した集落でございます。そこでひとまず身を隠し、御身の成長を待つべきかと」
「幼さを悟られると、ヒューマン共が攻めてくるからかしら?」
「いかにもでございます。それに加え反抗的な同族、さらに最も警戒すべき勇者の出現もありましょう」
「なるほどね。その勇者ってどこに現れるか分かる? 私を見つけたのも偶然じゃないんでしょ」
「陛下は聡明であらせられる。我らには占術師のジョブを有するものがおります。そのものの未来予測にて出現場所を絞り込むことができたのです」
私の中で一つの案が浮かんだ。
ようやく得た自由。
刺激に満ちた人生を謳歌するには邪魔者が多すぎる。
特に勇者。
こいつを早期に排除できれば、いえ、こっちに引き込むことができれば私を止める者などいない。
「勇者対策に妙案があるわ。でも、それを実行するには早すぎる。せめてもう少し成長しないとね。あと私に従う意思のない魔族――できるだけレベルの高い奴らを用意して」
「何にお使いで?」
「経験値にするのよ。魔王なんだから低いと困るでしょ」
私は魔族の男の肩に乗る。
「ところで御身の名をお聞きしておりませんでした」
「……リサよ」
「では魔王リサ、参りましょう」
私のクマさんには両親の血がべっとり付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます