125話 邪竜退治に出発する戦士3


 デビルワームの全長はおよそ百メートル。

 幅は軽く十メートルを超える怪物だ。


 頭部らしき場所には巨大な口があって、周囲からは触手とも言える目を無数に伸ばしていた。


 端的に言えば気持ちが悪い生き物だ。


「見たところ亜竜の一種って感じだな」

「それにしては巨大ですね。全てのデビルワームがこのサイズなのでしょうか」

「しゃべる魔物なんて初めて見たわ。世界って広いのね」

「ワレヲメノマエニシテ、ワキアイアイト、ハナシヲスルナ」


 デビルワームが怒りを露わにする。


 猛スピードで突貫してきたので、俺達は素早くその場から離脱し、各々攻撃を開始した。


「フラワーブリザード」

「ム!?」


 ぴしり。

 胴体の一部が凍り付き、ワームは動きが止められた。


「ブレイクハンマァアアアア!」

「フゲッ!?」


 フラウのハンマーが、ワームの頭部を強烈に弾く。


「がうっ!」

「ぐるうっ!」

「あむあむっ!」

「イダァアアアア!?」


 三頭のベヒーモスが胴体に噛みつく。

 ワームは痛みに悶えた。


 最後に俺は高く跳躍、真下にいるワームを一刀両断にした。


 どずん、巨体が地面に落ちる。


「これで終わりか?」

「グッ、グッ、グッ、コノテイドデ、ワレハシナヌ」


 頭部を二つに裂かれたワームが、ゆっくりと身体を起こす。


 ぼこぼこ、泡が発生し、ワームの頭部は元の形へと癒着した。


 さすが化け物。

 再生能力も桁違いか。


「いかがいたしますか、ご主人様」

「あんなの反則じゃない」

「うーん、とりあえず細切れにしてみるか」


 俺の言葉にワームは「エ」と声を漏らす。


 大剣を背中に戻し、俺はワームの身体を両手で掴む。


「どりゃぁあああっ!」

「バカナ!??」


 奴の長い胴体を力任せに引っ張り、真上へ振り上げた。


 百メートルもある胴体が、高々と宙を舞う。


 ここだ。


 大剣を再び抜き跳躍、胴体を上へ上へと走りつつ、再生できないほどのサイズに斬って斬って斬りまくる。


 着地すると、肉片が雨のように降り注いだ。


「さぁ、これでも復活するか」

「あ、鑑定できなくなりました」


 な、んだと?

 俺はまだ本気を出していないのだが??


「あのおっそろしい邪竜が、肉片に……」


 ジェシカは青ざめた顔で俺を見ていた。



 ◇



 デビルワームを倒した後、俺達は街の中心部へと向かった。


 世界樹を間近で見る為だ。


「これが世界樹、近くで見ると感覚がおかしくなりそうだ」

「遠近感が狂いますね」

「こんな近くで世界樹を拝めるなんて。オラ、いつ死んでもいいだ」

「なんだか懐かしい空気ね。里に戻ったみたい」

「きゅう!」


 刻印からパン太が飛び出す。

 パン太は世界樹へ飛んで行き、しきりに匂いを嗅ぐような仕草をする。


 俺とカエデはフラウに目を向けた。


「えーっと、すごく懐かしくて落ち着く匂いって言ってるわね」

「確かに私もそんな感覚があります」

「そうそう、世界樹ってほわっとして、ぽかぽかってするわよね」

「分からん」


 二人の言っていることが全く分からない。

 何も感じないのだが。


 ふわっ、世界樹の幹に光が宿る。


 光は人間の形となって、その輪郭がはっきりとする。


『こんにちは、ヒトの子よ』


 現れたのは神々しい絶世の美女。

 彼女は静かに地面に降り立ち、その胸をゆさりと揺らす。


 身に纏うのは白い布のみ。


 俺は布が透けて見えないか目を細めた。


「ごしゅじんさま~」

「ちがっ、違わないが、違うぞ!」

「くっ、またなの? また胸なの? ぐぬぬぬ」

「きゅう~」

「大きい胸だ。羨ましい。オラに少し分けてもらいたいだ」

『あの、私の話を……』


 おっと、まずは彼女が何者か聞かないとな。


 俺の意識が向いたところで、彼女はきりっと顔を引き締めた。


『私は精霊王エロフ、風の精霊をとりまとめる管理者の一人です』

「ははーっ! 精霊王様! オラは、ジェシカという者でございますだ!」

『ペタダウスの者ですね。よくぞここまで来てくださいました』

「ありがたきお言葉ですだ。オラ、小さな村から都に出て、おっかあとおっとうを楽させようと思ってたんだが、どうにもこうにも、上司にも同僚にも恵まれずこうして仕事を押しつけられて、気が付けば恐ろっしい邪竜と戦うことになって、オラもう生きた心地がしなかっただ。それから――」

『貴方のお話は後で聞かせてください。まずはそこの彼と』


 精霊王の顔が引きつっていた。

 ジェシカはハッとした様子で、自身の口を手で押さえる。


『よくぞ邪竜を倒してくださいました。おかげでこうして表に出ることができました』

「表って、今までどこにいたんだ?」

『世界樹の中です』


 精霊王は世界樹を指さす。


『あの樹は大地のバランスを整え、魔脈の乱れを正す役割を持っているのです。ですが、邪竜が現れ、世界樹のエネルギーが奪われ始めたのです。私はその補填と補修を内部で行っていました』


 なるほど。さっぱりだ。

 何を言っているのか理解できん。


 エロフがなんとか保たせていた、くらいしか分からん。


 とにかく聞きたいことを聞くとしよう。


「天獣の居場所を聞きたいんだ」

『もしや同族、をお探しですか?』

「話が早くて助かる」

『それならば、そこの――いえ、わざわざ聞くのですから案内はできないのでしょうね。ここから西の方角に『白狼』の天獣がいます。彼らならば、貴方の望む情報を提供してくれるやもしれません』


 西か。もしかして天獣って一種類じゃないのか。

 本で見たのは狐だったし。


 聞きたいことも聞けたし、帰るとするか。


『お待ちください』

「ん」

『まだお伝えしなければならないことがあります。あの邪竜は魔王ルドラの配下なのです。恐らく狙いは私を封じ込めること』

「魔王……悪いが聞かなかったことに」

『待って! 話を聞いて!』


 エロフは俺の腕を掴んで引き留める。


 おお、精霊王って人に触れられるのか。

 さすが王様。驚いた。


 しかし、どう考えても面倒事の臭いしかしない。


 聞けば助けたくなるだろうし、個人的には魔王とはもう関わりたくない。


 勇者にしても、魔王にしても、セインとリサでもう十分だ。


『ルドラは比較的若い魔王です。ですが、その勢いは――耳を塞いでも無駄ですよ! 声に魔力をのせて話していますから!』

「くっ、めちゃくちゃはっきり聞こえる。なぜなんだ」

『ルドラはここ数百年で急速に勢力を拡大している強力な魔王です。いずれ各国の英雄に加え、古い魔王達が動き出すはずです、しかしそれまでに多くの人々の血が流れることとなるでしょう』

「あー、あー」

『偉大なる種族の血を引く貴方が、ルドラを倒すのです。いいですね、必ず倒すのですよ』


 くそっ、しっかり全部聞いてしまった。


 どうして俺が。

 あれか、邪竜を簡単に倒したからなのか。


 もう少し苦戦しておけばよかった。


「ご主人様……」

「何も言うな」


 精霊王エロフは満足そうな表情で、鼻の穴を大きくしていた。



 ◇



 ペタダウス首都に戻った俺達は、ヤバルに会いに行く。


「――邪竜を倒したのか!」

「まぁな」


 ヤバルは我がことのように飛び跳ねて喜ぶ。

 一方のエルツーは無表情だ。


「マスターツーはマスターワンのご子息です。当然の結果」

「素直に喜べんのか! このポンコツ!」

「本機は無能なマスター(笑)とは違い、高度な演算処理を行うことができます。マスターツーの勝利も本機には、すでに確定されたも同然の未来でした」

「仮にそうだとしても、喜んでくれる人がいることは嬉しいだろうが。メイドのくせにそんなことも分からんのか」

「な、なんと、本機としたことが、諭されてしまうとは」


 エルツーは俺の手を取って「まことにおめでとうございます」と笑顔となる。


 照れくさくなって頬を掻いた。





「またなじいさん。エルツーも」

「時間ができたら会いに来い。儂も歳だ、あと五十年ほどしか生きられんからな」

「マスターツー、お元気で。貴方様のご活躍が疑似鼓膜に届くのを楽しみにしております」


 なんだよ疑似鼓膜って。


 俺達はジェシカにも別れを告げる。


「オラ、トール達に勇気をもらっただ。小さな人でも、あんなに大きな魔物を倒せるって教えてもらった。今は下っ端兵士でも、いつかトール達みたいに強くなる」

「頑張れよ。応援している」

「そうだ。これ、オラの故郷で作ってる野菜だ。さっきおっとうが来て置いてったんだ」


 籠一杯に入った野菜を受け取る。


 どの野菜も大きくて瑞々しい印象を受けた。

 このジャガイモなんか、食べ応えがあって美味そうだ。


「その野菜『漫遊野菜』って言うらしいだ。村の新しいぶらんど?らしい」

「漫遊野菜??」


 へー、偶然だろうけど、俺達のパーティーネームと同じ野菜なのか。


 あれ……何か忘れてるような。

 まいっか。


 カエデ達に視線を送り、俺達は街を旅立とうと……後ろでジェシカの声が聞こえた。


「なしてなして!? オラのレベルが600台になってるだ!」


 やべっ。

 ジェシカに経験値が流れこんだんだ。


 面倒事になりそうな予感がする。


「トール、これは!」

「じゃ!」


 ベヒーモスに飛び乗り、急いで出発した。




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